第一章 王都ギルス 3-1
アルス達は、建物を雑多に積み上げたような貧民街の中を進んでいた。辺りは薄暗く、チカチカと点滅を繰り返す街灯が幾つかあるだけだった。上を見上げると黄金色に輝く空が広がっていた。
「荷物、取られねえように気をつけろよ?」
「ったく、もう少し、マシな所なかったのかよ?」
アルスは辺りを見回しながらそう言った。
「悪りぃな。勘弁してくれ。もう少ししたらそれなりの所を探すからよ」
その後、ランゼに付いてしばらく歩いていくと開けた場所に出た。
「おー、ついた、ついた。ここが俺たちの家、六角館だよ」
ランゼは、そう言うと目の前にある木造三階建ての六角形の建物を指差した。かなり古いようで、外壁の塗装が所々剥がれていたり、割れた窓の内側から板が当てられていたりしていた。
「これ、人、住んでんのか?」
「さあ、どうだろうな」
「おいッ!」
「ハハ。冗談だよ、冗談。そんなに怒んなって」
ランゼはそう言いながら軋む扉を開けた。外と違って、中は綺麗な円形で、天井には等間隔でぼんやりとした光を放つ頼りない照明が取り付けられていた。真ん中には、螺旋階段があり、それを囲むように各階に一〇の部屋が等間隔に並んでいた。
二人は螺旋階段を三階へと上がっていった。静かな六角館の中に二人の足音と短い乾いた金属音が寂しげに響いていた。二人の部屋は階段から見てすぐ正面にある三〇九号室だった。
鍵を開けようとすると扉が内側から開いた。
「わっ!」
「なんだい、帰ってきていたのかい?」
開いた扉の中から老婆が顔を出した。
「なんだ、脅かすなよ」
ランゼはホッと胸を撫で下ろしながらそう言った。
「そりゃ、こっちが言いたいね」そう言うと老婆は、アルスの方を見た。「ああ、この子がアンタの相棒って訳かい?」
「まあな」
「ああ、そうそう。言われた通りに掃除はしといてやったからね。感謝しな」
そう言うと老婆は、階段を降りていった。
「今のは?」
「ここの大家だよ」
ランゼは、そう言って部屋の扉を開けた。中は大家の言った通り、キレイに掃除されていた。物は少なく、埃除けの布がかけられた家具がまばらに配置されていた。
「ずいぶんと物が少ないんだな」
アルスは、部屋を見回しながらそう言った。
「まあな。向こうに行ってからは、ろくに帰れてなかったからな」
「に、してはキレイだな」
「さっき、大家が掃除をしたって言ってただろ?頼んでたんだよ。掃除をしておいてくれって、な」ランゼはそう言いながら雨戸を開けた。「まっ、ここまでキレイにしてくれているとは思ってもみなかったけどな」
「なあ、なんで引き払わなかったんだ?」
「さあな、」
「さあなって……。あのな、」
「悪いか?人には他人に言いたくない秘密の一つや二つ、あるもんなんだぜ?」
ランゼは、そう言うと軽く笑った。
●六角館
ギルスの貧民街にある低所得者向け住宅。部屋数は二十八部屋。家賃は月一八ギルスで、水道とトイレは付いているが、台所と風呂はついていない。その為、料理は別棟の専用の調理室で行う。
風呂は近所の公衆浴場を、洗濯は街中の洗濯場かランドリーを利用する。