第一章 王都ギルス 2-3
二人は昼食を食べ終え、会計を済ませると店の外に出た。ちょうど昼時になったのか、食堂街には先程よりも多くの人がいた。
「ごちそうさま」
アルスは満足げな表情でそう言った。
「こちらこそ、バッグを取り返してくれてありがとう」マリアンヌは財布をしまいながらそう言った。「それじゃ、私はこれで失礼するわ」
「あ、待って」
アルスは、くるり、と後ろを向いてその場から去ろうとしたマリアンヌを呼び止めた。
「何?」
「えっと、ここに行きたいんだけどさ。俺、こっちに来たばかりだからさ、分からないんだ」
そう言ってアルスは、ポケットから紙を取り出してマリアンヌに見せた。
「ああ、ここ?知ってるわよ」
マリアンヌは地図をしばらく見た後、そう言った。
「本当?」
アルスがパッと顔を輝かせる。
「…….ねえ、さっき、こっちに来たばかりって言ったわよね?」
「そうだけど?」
「なら、私がこの街の観光名所を案内するついでに連れて行ってあげる」
「え、いいの?」
「もちろん」
アルスは、彼女の案内で市内の観光名所を回りながらアパートに向かう事になった。
最初は、一番近い市役所の本館に案内された。
国王が所有していたと伝わる時計をモチーフにした外観は、絵になるらしく、フルビルタス王国の四季を描いた連作版画にも取り上げられているギルスのランドマークともいえる建物であった。
「わぁ、綺麗……」
アルスは、市役所の一階ロビーのステンドグラスを見ながらそう言った。描かれているのは、ギルスの守護聖人である聖ヨシュアの生涯だった。
観光客に解放されているのは一階ロビーと右側にある市民画廊だけで、市民画廊では、年に数回、絵画同好会の主催する展覧会が開かれていた。
「でしょ?」
マリアンヌは得意げにそう言った。
「でしょって……。作ってもいないのに得意そうにしちゃって」
「な、何よ?悪い?それよりも、ほら、さっさと次行くわよ」
マリアンヌはそう言うとアルスの手を引っ張りながら市役所を後にし、中央病院近くにある小さな商店街へと向かった。そこは、ギルス中央聖堂の門前町だった。
「なんだか寂しい所だね」
アルスは辺りを見回しながらそう言った。商店街は活気がなく、店も所々閉まっていた。
「ここは、奥にあるギルス中央聖堂の門前町として発展したんだけど、ドラッズ街に客を取られてからはこんな感じなの」
「ふーん」
二人は商店街を歩きながら奥に見えるギルス中央聖堂に向かって歩いていった。
商店街にはさまざまな店が軒を連ねていて、門前町らしく飲食店や菓子店が多かった。
「ほら、見えてきた。あれがギルス中央聖堂よ」
マリアンヌはそう言うと橋の向こうに建つ石造りの門を指差した。周囲には淡い桃色の花をぎっしりと咲かせた桜が生い茂っていて、門の向こうには小さな建物が見えていた。
「あれは、聖ヨシュアの聖人堂でしょ?」
アルスは目を細めて門の奥の建物を見ながらそう言った。
「知ってるの?なーんだ。残念……。ええ、そうよ。あれはギルスの守護聖人である聖ヨシュアに捧げられた聖人堂よ。そもそもギルス中央聖堂は……」
「この他に建つ医学、農業、学問、武術の四人の守護聖人に捧げられた聖人堂と中央に建つ神と創造主、それに初代国王に捧げられたギルス礼拝堂。この六つを引っくるめてギルス中央聖堂って呼んでるんだよね?」
「何よ、結構詳しいじゃない」マリアンヌは残念そうな表情を浮かべながらそう言った。「まあ、いいわ。さ、中も案内してあげる」
そう言うとマリアンヌは、一番最初に聖ヨシュアの聖人堂にアルスを案内した。
「奥に見えるのが、ギルスの守護聖人聖ヨシュアに捧げられた聖人堂よ」
アルスは石造りの門の奥に見える建物を指差しながらそう言った。聖人堂は、赤や緑、青などの色とりどりのタイルと金で華麗に装飾されていた。
「たしか、商人の守護聖人だよね?昔、護符を見たような気がする」
アルスはそう言った。
「そう。そして、ここは、ギルスの商業の発祥の地と言われてるの。その理由は……」
「……露天商達がここで商売を始めたから、でしょ?あと、その縁で、ギルスの守護聖人になったってのも知ってる」
「なんだ。知ってるんだ」
マリアンヌはつまらなそうに言った。
その後、アルスは、マリアンヌに案内されて煌びやかに飾られた他の聖人堂や突き出た尖塔が特徴的な礼拝堂、礼拝堂前に建つ小さな野外劇場、そして最後に山頂にある初代国王のものと云われる古代墳墓とその向かいに建つ聖人堂を見て回った。
全てを見終わった頃には、すでに日も暮れかけていて、辺りは物憂げな黄金色に染まっていた。