第一章 王都ギルス 2-1
ひったくりに間違えられて投げ飛ばされたアルスは、近くの交番でその投げ飛ばした男に頭を下げられていた。
「いや、すまねえッ!」
男は、苦笑を浮かべながらそう言って軽く頭を下げた。年齢は、五〇代から六〇代くらいで、ずんぐりとした体つきをしていた。髪は薄く、さながら絡まり合う銀糸のようだった。
「別に……」
アルスは、そう言った。彼は、汚い床の上に置かれた木製の折り畳み式の椅子に座っていた。
「ハハハ、相変わらずですね。ウェストフィルドさんは、」
交番に勤務する若い警官がヘラヘラと笑いながら他人事のように言ったので、アルスは彼をジロリ、と睨みつけた。
「相変わらずってなんだよ?あ?まあ、しかし、ボウズに怪我がなくてよかったよ。ガッハッハッ」ウェストフィルドは豪快に笑いながらそう言った。その言葉は何処か他人事というか、中身のない上っ面だけのように感じた。「……へっへっへ、随分とがっしりしてんな。ええッ⁈」
ウェストフィルドはアルスの肩や腕、腰の辺りを触りながらそう言った。
「冒険者やってるもんで」
アルスはそう言った。
「なるほど、なるほど」
アルスがそう言うとウェストフィルドはうんうん、と頷きながらそう言った。
「でも、よかった。バッグが無事で。キミが取り返してくれたんでしょ?」ウェストフィルドの隣にいた銀髪の女性はそう言うと軽く微笑んだ。彼女はアルスよりも背が高く、年齢も少し上のように思えた。青い瞳が印象的なくりッとした大きな目、鼻と口はくっきりはっきりしていて、それが丸い輪郭の中にぽん、ぽん、ぽんっと配置されていた。まるで、絵の中から抜け出したような印象の女性で、アルスは、こういう女性が好みだった。「ありがと」
女性はそう言うとアルスの頰に軽く口づけをした。
「べ、別に。じゃあ、俺、もう行くから……」
アルスが照れながらそう言うと同時にぐぅ…っと腹の虫が鳴った。
「ふふ、お礼にご馳走してあげる。ウエストフィルドのおじさんもどう?」
「へっへっへっ。悪りぃけど、勤務中なんでよ……」
ウェストフィルドは笑いながらそう言うと立ち上がった。「あら、残念」
女性はふふっと軽く笑った。
「すまんかったな。ボウズ。まあ、何か困ったことがあったらなんでも言ってくれや。相談に乗ってやるからよ」
ウェストフィルドはそう言うとアルスに名刺を手渡した。彼の名前はグライト・ウェストフィルドといって、ギルス中央警察署の重犯罪課に勤務する刑事だった。
「ああ、それと」ウエストフィルドは、そう言うと若い警官を睨みながらそう言った。「セルトアよ。なんで、ちゃんと片付けねえんだよ。床も汚ねえしよ」
「あっ、と……。あの、ですね」
「前に言ったよな。掃除と片付けはちゃんとしろって。なんで出来ねえんだよッ!あッ?」そう言うとウエストフィルドは、しどろもどろになるセルトアを厳しい口調で叱りつけた。「出来ねえんなら、やめちまえッ!」
「……後から、」
「今すぐにやれッ!」
「ひ、ひいッ」
セルトアは、悲鳴を上げると慌てて片付け始めた。
「まったく、世話の焼ける……。それじゃあな。シェーラ」
ウェストフィルドはそう言うと、だっぽ、だっぽ、と歩きながら外に出ていった。その姿は刑事というよりは、その背中には哀愁が漂っていた。
「……偉そうにしやがってッ!クソジジイッ!」
ウェストフィルドが出ていくとセルトアは、舌打ちをしながらそう言って、机を蹴り上げた。その音に女性とアルスは、体をビクッと震わせた。
「あのオッさんが嫌いなのか?」
「はっ⁉︎当たり前だろ?ったく、あのジジイ。うぜえんだっての。何様のつもりだよッ!」
セルトアは、苛つきながらそう言った。
「ちょっと、何よ、その態度はッ。あの人がああいうふうに言うのはね、あなたの為を思って言ってるからなのよ?そりゃ、確かに口は悪いけど……」
女性が、ムッとした表情でそう言うとセルトアは鼻で笑った。
「ハハ、あの正論ジジイに限って、それは、ないないまず、言葉に厚みがねえんだよ。厚みが、」
そう言うとセルトアは、人差し指と親指をコの字型にした。厚みを示しているようだった。
「でもさ、言われるって事はアンタが悪いんじゃないの?」
アルスがそう言うとセルトアは、アルスを睨みつけながら舌打ちをした。
「いいか、ガキんちょ。よく聞け、正論もな、行き過ぎれば毒でしかねえんだよッ」
「えっと、どういう意味……です?」
「自分の正義や考えを他人に押し付けるなって事だよッ。おら、仕事の邪魔だ。帰った、帰ったッ。しっしっ……」
「わわっ……」
アルスと女性は、セルトアに追い立てられながら交番から出ていった。