フキノトウの味 ~ 小グマのさがしもの
「あれえ、外はまだまっ白だ」
夜明けが近いのでしょうか。
お日様の薄明かりが、森を照らし始めています。
その明かりに目を覚まされて、ねぐらにしている大きな木の洞から、一匹の小グマが顔を出しました。
小グマの名はトット。黒い瞳がまん丸で、母親ゆずりの紅茶色の毛並みをした男の子です。
白い息を吐いたトットの瞳には、一面の雪景色しか映るものはなく、季節はまだ冬のようでした。
森はしんと静まり返り、冬眠している動物たちの寝息がすやすやと聞こえてくるようです。
「ぼく、少し早く起きてしまったのかな」
お母さんグマに教わった通り、たくさんのどんぐりや、果物でお腹をいっぱいにして、寝床には木の葉をしきつめて温かくして、春が来るまではぐっすり眠るはずだったのに。
「ああ、お母さんに会いたいなぁ」
トットは、辺りを見渡してみましたが、探しても、探しても見つからなかった母グマのことは、もう心の奥にしまっておかねばならないことに、少し気づき始めていました。
* *
トットが生まれたのは、1年前の冬のことです。
その頃は、そばにはいつも母グマがいました。母グマはトットの体を優しくなめてきれいにしてくれたり、寒い夜には大きな体の胸元にトットを抱いてくれました。ふわふわの毛はとても温かくて、トットは母グマが大好きでした。
その年の春に、雪を割って顔を出したフキノトウの芽をトットが珍しそうに眺めていると、母グマは、その芽を小さく噛んで、トットの口に入れてくれました。
最初は苦かったのですが、その後にはほんのりと甘い味が口いっぱいに広がります。うふっと顔をほころばせたトットに、母グマはいいました。
「春の声を聞くと、フキノトウは、こんなに小さくても重い雪を押し上げて外に芽を出してくるの。トットも、そんな強い子に育ってね」
トットは元気いっぱいの声でいいました。
「うん。ぼく、フキノトウよりずっと大きいし、何倍も何倍も強くなれるよ。雪になんて負けないよ」
それを聞いて、母グマはうれしそうに微笑みました。
夏になると、母グマは、川で魚の取り方や、森にあるヒノキやスギの木の皮を剥いで、木の中にある甘い樹液を飲む方法を教えてくれました。
「木の皮を剥ぐ時は、片側だけにするのですよ。剥いだ木の痕には、洞やコブができてリスや鳥たちの住家になるのだけれども、両側を剥いでしまうと、その木は枯れて、やがて森も死んでしまうから」
「はい、お母さん。森が死んでしまわないように、ぼく、ちゃんとやれるよ。」
トットは母グマに色々なことを教わって、秋になる頃には、どんぐりや、森の木の中にいる虫を一人でも上手く取ることができるようになりました。
「お母さん、見て! ぼく、一人でも、こんなに沢山、どんぐりの実をを集めれたよ!」
「トットは本当にえらい子。ずいぶん、体も大きくなったし、もう立派に森の中でも生きてゆけるわね」
そういって、頭をなでてくれた母グマの笑顔が、とても誇らしげだったことをトットは今でも覚えています。
その母グマが突然、トットの前から姿を消してしまったのは、次の冬が巡って来る少し前のことでした。
* *
トットはもう一度、外の景色に目を向けると、まぶしそうに目を細めました。ちょうど東の空に昇ってきたばかりのお日様の光が、雪の上できらきらと輝いて、とてもきれいだったからです。
「ちょっとだけ、外に出てみようかな」
きれいな雪景色に誘われ、トットは木の洞から外に出てゆきました。
お日様に照らされてオレンジに染まった東の空には、明けの明星が美しく輝き、まだ、夜の色をしたままの西の空には銀の弓のような三日月が姿を残しています。
ぴりりとした冷たい空気が満ち、それが身を切るように冷たかったのですが、顔にあたるお日様の光は温かく、歩くとサクサクと鳴る雪の感触が心地よく思えます。
常緑のヒイラギの葉っぱの間から、宝石のようにきらきらと輝く木漏れ日が零れています。
その時、トットは、真っ白な雪の中に、ひときわ鮮やかに映える緑の色を見つけたのです。
「フキノトウだ!」
辺りを見渡してみると、あちらこちらに、小さなフキノトウの緑の芽が雪の上に顔を出していました。
トットは、その中の一つを食んでみると、口の中に最初は苦くて、それから、ほんのりと甘い味が広がりました。大好きだった母グマが、小さくして口に入れてくれたフキノトウの芽。去年、一人では食べることのできなかった芽も今のトットは一人でも、採ることができます。
凍えるような冬の森に少しだけ春の温かさが舞い降りてきたような気持ちがして、トットはお日様が差してくる方へ顔を向けました。
その時です。トットの黒い瞳の中に、少し小高くなった丘の上にいる大きなクマの姿が映し出されたのです。
お日様の光を背に受けて、そのクマの顔まではよく分かりません。ところが、そのクマは、一声、鳴き声をあげたかと思うと、くるりと背を向けて丘の向こうに姿を消してしまいました。
トットの口の中には、フキノトウの懐かしい味がまだ残っていました。それは、重たい雪を押しのけ、春に向かって芽吹きだす強くて新しい命の源でもありました。
「大丈夫、ぼく、一人でも、ちゃんとやれるよ」
トットは大きなクマのいた丘の方向に向かって一声鳴くと、再び、自分がねぐらにしている木の洞の中へ入ってゆきました。そして、いっぱいの木の葉で作った寝床の中で少し大きくなった体を丸くして、また、眠りだしました。
『トット、あと少しだけ寝ましょうね。起きたら春がきていますよ』
トットの夢の中には、優しい母グマの声が響き、それは温かな光が溶かす淡雪のように、小グマの心の中へと消えてゆくのでした。
~ 完 ~




