表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

ヒロインの登場


 レナード皇子にご挨拶をすると、マシュウは飲み物を取りにいくと言い残して離れていった。もしかしたら私とレナード殿下に気をきかせたつもりかもしれないけど、お姉様は可愛い弟がどこぞの女にひっかからないか心配です。


 しかし、大変遺憾ながら今はマシュウの心配ばかりをしていられない。

 今宵の主役こと、ヘレナ・ボーフォートがまだ姿を見せないからだ。


「来ないね」

「来ませんわね」


 レナード殿下と一曲踊るついでに広間をぐるりと見回してきたけれど、それらしきご令嬢は見当たらなかった。現時点で『シェリー』はヘレナの姿を知らないけれど、前世の『私』はゲームのシェリーを知っている。だから見れば絶対わかると思うのに、おかしいなー。


「私、外の様子を見て参りましょうか?」

「いや、君が動くのはまずい、目立つからね」

「でも、ヘレナはじめてのお城でしょう? もしかしたらどこかで迷っているのかも」


 だって今夜は(ゲームの)オープニングイベントだよ?

 ヒロインが現れないなんて、そんなのあるわけない。あるとしたら、何かあったとしか思えない。ほら、根性の悪いご令嬢に虐められているとか。女好きのご令息に絡まれてるとか……、ありえる!


 悶々と考えていると、新しい招待客の到着を知らせるラッパが鳴った。

 反射的に私も殿下もそちらをうかがう。


「ラズボーン家ご令息、ご到着」


 なーんだ、ジェロームかあ。ま、奴も来るのは知ってたけどね。


 ジェローム・ラズボーンは殿下や私の幼馴染で、今や名うての女たらし、そして一応チャラ男枠の『攻略対象』でもある。つまり、さきほど頭に浮かんだ『女好きのご令息』そのものだ。色々と問題のある男で、個人的には距離を置きたいところなのだけど、何故かマシュウと仲が良いので切るに切れないのが辛い。


 しかし続くラッパのあとに呼ばれた名前をきいて、ジェロームのことなんてどうでもよくなった。


「ボーフォート家ご令嬢、ご到着」


 ボーフォート家! 

 ヘレナだ!

 思わずレナード殿下と顔を見合わせる。


 来た!

 ついに来た!

 

 首を伸ばして入り口のほうを伺うと、目立つ銀髪にエスコートされた小柄なご令嬢。

 ああ、間違いない。よりにもよってジェローム・ラズボーンと一緒って、やっぱりロクでもない男に引っかかってんじゃん、ヘレナちゃん……!


「殿下、来ましたわ!」

「ああ、僕たちも少し移動しようか」

「はい」


 いや、ここは良い方へ考えよう。

 ジェロームならばまず間違いなく殿下に顔を見せに来るだろうし、彼にエスコートされているなら、ヘレナが他の誰かにちょっかいをかけられる心配はない。

 貴族の子女たちの挨拶をあしらいつつ、じりじり入り口のほうへ移動していくと、案の定ジェロームも気付いてこちらへ近づいて来た。エスコートされている亜麻色の髪の少女は場慣れしていないのがあきらかで、ふわふわした足取りだ。


 ああ、どうしよう、本当にヘレナだ。

 “花冠のプリンセス”のヒロイン。

 わずかに頬を上気させて、キラキラした目でこちらを見て――――、目が合った。


「……!」


 可愛い!

 じゃなくて、だ、第一印象、気を付けなきゃ。

 私は悪役令嬢ではありませんよー、できればうちの弟と仲良くして欲しいな!

 うん、その気持ちを忘れずに推していこう。 


 ああ、こんな大事なときに、マシュウはどこに行っちゃったのよ!


「やあレナード、ごきげんよう。良い夜会だね」


 人の気も知らず、今夜もジェロームはへらへらと満面の笑みだ。

 いつも思うんだけどさ、殿下に向かって不敬じゃない?

 社交界いち軽薄なジェロームがレナード殿下とも仲良しなのは、バルティア社交界の七不思議のひとつだと思うの。


「君にしてはゆっくりのお出ましだな、ジェローム」


 ジェロームのフランクな挨拶に落ち着きはらってそう応えると、レナード殿下はごく自然に隣の女の子に視線を移した。


「そちらのご令嬢は? はじめて見る顔だ」

「ああ」


 何故かドヤ顔で頷いて、ジェロームが頷く。


「彼女はヘレナ・ボーフォート嬢。さっき中庭で運命の出会いを果たしたところさ」

「ジェローム……お前また抜け道を通ってきたな?」


 うん、お城は広いからね。私だって抜け道のひとつやふたつは知っている。

 だけどおかしい。今夜はは中庭まで解放していないはずだから、明かりも少ないし、普通迷いこむことはまずないと思う。なんだか嫌な感じがするから、あとで確認おかなきゃ。


「まあまあ、初対面なんだからまずはご挨拶だろ……、さ、ヘレナ」


 ジェロームはとびきり優しくヘレナを促した。

 女癖は悪いけど、こういうときに気が利くというところだけは数少ない美点だ。


「は、はじめまして。ヘレナ・ボーフォートと申します。あのっ、大変おそくなってしまい、申し訳ありませんでしたっ」


 そう言って、ヘレナはペコ―ッと頭を下げた。

 うふふ、下げすぎ、そして速すぎ、優雅さの欠片もない。

 でも、仔リスみたいなかわいらしい動きだ。きっとめちゃくちゃ緊張しているのだろう。


 レナード殿下はそんなヘレナを見て、ふいと柔らかく目を細めた。


 ああこれ、ゲームでも見たなあ。

 ちょっとシチュエーションは違ったけど、やっぱりレナード殿下とシェリーの前でペコーっとお辞儀してたっけ。で、それが殿下にうけちゃって、シェリーに目の敵にされるきっかけになったんだよね……。


 いやいや私はそんなの全然気にしないからね!

 むしろ微笑ましく思ってるからね!


 悪役令嬢なんて、この場には存在しませんからね!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ