思い出話は地雷原
「珍しいですね」
殿下が帰ってほっと一息。
珍しく付き合ってくれるというので二人でお茶を飲んでくつろいでいると、マシュウがぼそっと呟いた。
「え、なにが?」
「姉上が他家のご令嬢に興味を持つのは、珍しいなと思って」
「ああ……そうね、今回だけは特別」
申し訳ないけれど、そのへんのご令嬢と必要以上に仲良くするつもりはない。
私に近づいてくるご令嬢は、数人の例外を覗けば公爵家の権力が目的、さもなくばマシュウ目当て。ぶるぶるぶる、絶対許さん!
「殿下の頼みだからですか?」
「いいえ、殿下は関係ありません」
レナード殿下とヘレナ嬢に繋がりがあったのには私もびっくりしたけどさ。
なるほど最初から妙に好感度高いのも納得。むしろどうしてゲームでこの設定をもっと生かさなかったのか、謎だ。
「関係ない?」
「そうね。どちらかといえば――、」
あなたのためよ、と言いそうになってあやうく口を噤む。
まずいまずい、そんなことを口走って理由を聞かれたら答えられない、気を付けなくちゃ。
「どちらかといえば?」
「ヘレナ嬢に興味があるから、かしら」
これは半分本当。
だって乙女ゲームのヒロインって、半分はプレイヤーの分身みたいなものだし、興味あるじゃん? まあ“花冠のプリンセス”の主人公はキャラが立っていて自己投影しにくいタイプではあったけど。
ゲームのままの主人公なら、素直でちょっと抜けてて元気、前向きな可愛いタイプ。自己主張強めなので好き嫌いは分かれたけど私は好きだった。だからあの“ヘレナ”が現れるなら、話をしてみたい。
そんなわけで楽しみな一方、ヒロインの登場は人生の一大イベントだ、気持ちを引き締めないと。うっかり悪役令嬢化して処断イベントが発生したら笑えないもの。
「お母様が亡くなって、伯爵家に迎えられて、はじめての舞踏会でしょう。きっと戸惑うことばかりだわ。できれば力になってあげたいの」
その上でヘレナとはできるだけ仲良くなりたい。
むしろマシュウを巻き込んで仲良くなれば、力技でハッピーエンドに持ちこむことも可能かも、という下心ももちろんアリアリですわ。
思わずぐっと拳を握った私に、マシュウはやれやれと言いたげに首を振った。
「なあに、何か言いたいことがあるの?」
「姉上、なにをたくらんでいるんですか?」
「え?」
「これでも弟ですからね。姉上がろくでもないことを考えている時はピンと来るんです」
「人聞きが悪いことを言わないで。心配しなくてもなにもたくらんでなんかいないから、大丈夫よ」
にっこり笑ってみせると、マシュウはすうっと目を細めて私を見据えた。
あれ、なんだろ、妙な迫力があるんですけど?
「……大丈夫?」
うわ、声、低っ。
しまったなんか地雷を踏んでしまったっぽい?
「そういえば」
と、マシュウは低音ヴォイスのまま話を続けた。
「小さいころ農場で牛に近づこうとしたときも、庭で焚火をして栗を焼こうとしたときも、湖畔に咲いた花を摘もうとしたときも、姉上は“大丈夫大丈夫!”と笑顔で言っていましたが、」
「あら、ええと、いつのお話かしら」
えっ、こういうときに昔話はズルくない?
「牛に舐められてべしょべしょになったのも、額に爆ぜた栗の直撃を受けたのも、転びかけた姉上を引っ張ろうとして湖に落ちたのも、俺でしたよね」
あらやだ、ほほほ。
「ずいぶんと懐かしいことを覚えているのね、マシュウ」
「忘れたくても忘れられないんです」
思い当たるフシだらけだったので、私はマシュウから視線を逸らした。
だってさー、乳しぼりをしてみたかったし、焼き栗を食べたかったし、湖畔のお花は押し花にしたかったんだもの、仕方ないじゃない。
「おかげで姉上の“大丈夫”ほど危険なものはないと学習しました」
「や、やだわ、子供のころの話でしょ。私だって成長しているもの、もう無謀なことはしません」
「そう願います」
くー、なにこのドヤ顔!
前世の記憶が戻ってすぐのことだもん、色々やらかしたのは致し方ないと思うんだ。
あの頃の私はかなり混乱していた。
転生先が悪役令嬢だという絶望と、最推しの姉になれたという喜びに翻弄されていたと言っても良い。
だって異世界転生だもんテンション上がるよね?
しかも悪役令嬢だもん普通混乱するよね!?
「なんか全然可愛くないわ、マシュウ」
「もともと俺は可愛くはありませんよ、姉上」