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皇子の依頼

 

 マシュウの幸福な未来には、ヒロインとのハッピーエンドが絶対条件である。

 そしてマシュウがヒロインに心を開くには、メインヒーローであるレナード皇子とヒロインの親愛度が低くなければならない。(原作ゲームより)


 もしもゲームの攻略方法がこの世界でも適用されるなら、けっこうやっかいな縛りだよね。皇子とヒロインの親愛度が一定以上になると、マシュウは決してヒロインに心を開かない。ちなみにヒロインと皇子がくっついた場合、私のみならず、ハーヴェイ家を巻き込んだバッドエンドにまっしぐらである。


 そもそも私自身がバッドエンドを回避するだけなら、逃げてしまえばいい。それは何度も検討した。だけど私がいなくなったら、マシュウはどうなる? 予測はできない。近くで見守ることも、助けることもできなくなる。

 遠く離れて不安に過ごすくらいなら、断罪エンドの可能性があってもマシュウの傍にいたい。それほどに出会ったころのマシュウは可愛すぎた。いえ、ここに留まろうと決めたのはマシュウの将来を思ってですよ、最推しと一緒にいたいという欲望に負けたわけではありませんから!


 そんな私の葛藤などつゆ知らず、レナード殿下は今日もキラキラをまとって現れた。本人に一度でも会えば、無責任に『人気投票4位』なんて言えなくなる完璧な皇子様だ。


「やあシェリー。今日は一段と可憐だね」

「ありがとうございます、レナード殿下。わざわざお越しいただいて光栄ですわ」

「僕も君の顔が見られて嬉しいよ」


 ちなみにレナード皇子はいつも護衛の騎士を3人連れている。私の護衛役はたいていマシュウである。バルティア帝国では身分のある若い男女がちょっと会おうというだけでもいろいろと面倒なしきたりがあるのだ。


「マシュウも、元気そうでなによりだ。また背が伸びたようだね」

「殿下もご健勝なご様子、安心いたしました」

「ああ」


 うーん、どこからどうみてもソツのない二人の応酬、目の保養ですわ。

 しかし私は公爵令嬢、心の中の萌えなどおくびにも出さず笑顔をキープしてみせます。


「そういてば、君たちは知っているかな」


 ご挨拶と当たり障りのない世間話を経て、一杯目のお茶を飲みほした殿下が


「今度の舞踏会に、ボーフォート家のご令嬢が出席することになった」

「ボーフォート伯爵家、ですか?」


 なんでもなく切り出された話題に、私は飛び上がりそうになった。

 だってボーフォート伯爵家だよ?

 ついに。

 ついに来た!


「確か、最近養女を迎えたとか」


 絶句している私のかわりに、マシュウが応える。


「さすがはハーヴェイ公爵の跡取り。話がはやい」


 ああもう、どうして二人とも平気でいられるの!?

 いやいや、現時点では二人ともヘレナを知らないんだから当たり前か。そう、何を隠そうボーフォート家の養女こそ、『このゲーム』のヒロインなのだ。これから二人とも彼女にメロメロになる予定なんだよ~とは言えませんけど、ちょっと楽しい。


「そこでシェリー、君にお願いがある」

「はっ、はい」

「ボーフォート伯爵令嬢のことを気にかけていてほしいんだ」

「え、私がですか?」

「君にしか頼めない。貴族の間では、既に色々と噂が流れているからね。舞踏会に養女になったばかりの女の子が来るなんて、野獣の群れに肉を放り込むようなものだろう?」

「まあ」


 一応口元を抑えたりしてみたけど、殿下に完全同意。

 基本舞踏会って未婚のご令息、ご令嬢の集まりで、みんな刺激に飢えていますからね。

 伯爵家に養女として迎えられた“成り上がり”について、色々噂がたっているであろうことは想像にかたくない。


「立場上、おおっぴらに僕が動くと逆効果だ。だから君ににお願いしたい」


 もちろん望むところです!

 と私が請け合う前に、隣のマシュウが口を開いた。


「殿下はその伯爵令嬢をずいぶんと気にかけているようですが」

「ああ」

「理由をきかせていただけますか?」

「もちろん」


 マシュウの口出しに気を悪くする風もなく、殿下が笑う。


「ただ、内々の話になる。ここだけの話にして欲しい」


 否と答える理由はなく、私たち姉弟は揃ってコクリと頷いた。


「実は、くだんの伯爵令嬢ヘレナの母親はアンといってね、昔、母上付の侍女だったんだ」

「まあ」


 うっそ、まじで? つまり、皇后様の侍女だったってこと?

 それは初耳なんですけど……、ああ、やっぱり公式設定集は買っとくべきだった! 


「あのころ皇家には幼い子供が多くて、アンは僕たちの世話をよくしてくれた。その働きを認められ、母上の遠縁のボーフォート家に仕えることになったんだ。ボーフォート伯爵は、奥方を失くしてからひとりぼっちで生活していたから」


 そこまで一気に話すと殿下はわずかに言い淀んだ。


「では、そこでボーフォート伯爵のお目に止まったというわけですね」


 私が言葉を引き取ると、殿下がほっとしたように頷く。

 貴族のあいだでは珍しい話ではないし、ボーフォート伯爵ははやくに夫人を亡くしている。倫理的には全然問題ないと思うの。

 問題があるとすれば、年齢の違い身分の違い、そのあたりだろう。


「そう。やがて二人は心を通わせ、アンは身籠った。しかし立場が立場だ。身重のアンは田舎に戻り、一人でヘレンを産んで育てた」


 伯爵が未婚の娘、しかも侍女を妊娠させたというのは外聞の良い話ではない。

 おそらく内々にことを運んだのだろう。


「けれどアンは3月ほど前、病に倒れて亡くなってしまった。天涯孤独になったヘレナを、伯爵は養女として引き取った、というわけなんだ」


 実の娘を養女として、かあ。

 まわりくどいことを……、とは思うけど、これがわりとよくある話なのだ。

 しかしよくある話だからといって、許せるというわけではない。


「ずいぶんと勝手なお話ですわ」

「姉上」


 マシュウに牽制されるのはわかっていたけど、ちゃんと意見しておかないと気持ちが収まらない。


「結局娘を引き取るつもりなら、最初から一緒に暮らしていればよかったのでは?」

「まあまあ。伯爵にもいろいろ事情があったんだ」

「そうですよ、姉上。落ち着いてください」

「私は落ち着いています」


 コホン、と咳払いをして私は背筋を伸ばした。

 殿下は少し困った顔で私を見ている。横目でマシュウを見ると、弟は微かに首を振った。

 はいはい、わかったわよ。ここは空気を読みます。


「お話はわかりました」


 個人的にはボーフォート伯爵のヘタレぶりをもっと罵ってやりたい気分だけど、身分の低い愛人の所在と近況を常に気にしていたあたりはギリ評価しても良いか。貴族の火遊びは火遊びとして、わずかな手切れ金のみで縁切りというパターンが圧倒的な世の中ですからね。

 私たち貴族の娘も例外ではなく、良い縁談を掴むには“身持ちが良い”ことが重視される。


「それで殿下はヘレナ嬢のことを気にしておられるのですね」

「ああ、アンにはずいぶん世話になったから、できるだけのことはしてあげたい」


 なんのかんの言って、殿下も優しいよね。

 ヘタレ伯爵の話をきいたあとだから、ことさらその優しさが身に染みます。

 前世では“キラキラしているだけが取り柄の皇子”とか思っていてすみませんでした。

 殿下のために気持ちを切り替えて、私は頷く。


「もちろん、私もお手伝いさせていただきますわ」

「シェリーならそう言ってくれると思っていた。ありがとう」


 お礼には及びませんわ、私には私の思惑がある。ああ、殿下の信頼を得ていてよかった。

 面白くない裏話のあれこれは置いておくとして、これはチャンスイベントになる予感。

 ぶっちゃけマシュウとヘレンの仲を近づける最初のチャンスじゃない?


「貴族の模範たるべき公爵家の娘として当然の務めです」


 そう言いきってから、隣のマシュウ見る。

 一瞬目が合ってからそっと視線をはずされたけれど、絶対逃がさないから。ここは素直に巻き込まれておきなさい。


「マシュウ、あなたも協力してくれるわよね?」

「それは心強いな」


 姉と皇子。

 二人分の視線を集めて断れるほど強情ではない弟なのだ。

 案の定マシュウは、小さくため息をついて頷いた。


「善処させていただきます」


 よおし貰った!

 舞踏会ではヒロインとの最高の出会いを演出してあげるから、絶対に幸せになってね!





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