最初の記憶
その日私は不機嫌だった。
お父様もお母様もそわそわしていたし、召使たちも妙に浮足立っていたのを覚えている。
私はお気に入りの白いドレスを着せられ、居間のソファでじっとしているようにと言いつけられた。お茶とお菓子は用意されていたけれど、誰もが私に関心がないように思えた。
だから私は不機嫌だった。
「ねえ、エル。わたし、お部屋に戻りたいわ」
「もう少しここでお待ちください、お嬢様」
「いつまで待てばいいの!?」
王家に次ぐ公爵家で蝶よ花よと育てられた私は、我慢を知らなかった。
あやうく癇癪をおこしかけたところで、家令のセバスチャンが部屋の扉を開け、続いてお父様とお母様がにこにこしながら現れた。
「やあ可愛いシェリー、待たせてしまったようだね」
「お父様!」
「今日はお姫様に、新しい家族を紹介するよ」
「かぞく?」
そう言われて、私ははじめてお母様の後ろにたつ少年に気付いた。
新しい家族?
まさか、この男の子が?
どうして?
「マシュウ、彼女はシェリー。数か月違いだが、君の姉になる」
お父様は男の子の背中をそっと押して、私の前に立たせた。
私はびっくりして、彼をみつめていたと思う。
だってまったくの初対面、知らない子なのだ。
いきなり弟だとか言われて、飲み込めるはずもなかった。
やがてふつふつと怒りが沸いてくる。
こんな子知らない。
弟なんて要らない。
はやくどっかへ行ってよ、近寄らないで!
だけどその感情が言葉となって爆発する寸前、お父様がにっこりと笑った。
「彼はマシュウ。今日からシェリーの弟だ」
マシュウ。
マシュウ・カルバート・ハーヴェイ?
ちくりと目の奥が痛んで、両手で顔を覆う。
「シェリー……?」
お母様の声が遠く聞こえた。
けれど私の身体と心は乖離して、ゆらりと世界が歪んだ。
知っている。
私は彼を知っている。
マシュウ・カルバート・ハーヴェイは、私の推しだ。
彼を幸せにしたくて、何度も何度も周回して、最適解を見つけた記憶。
「シェリー!」
ぐらりと揺れる。
誰かが近づいてきて、私を支えてくれた。
「だいじょうぶ、ですか?」
幼い声。
ああ、そうだ思い出した。
ここは私が死ぬほど遊んだゲームの世界だ。
可憐で純心なヒロインが、貴族のイケメンを落としまくるいわゆる乙女ゲームの世界。
「花冠のプリンセス……、」
「え?」
しかしプリンセスになるべきは“私”ではない。
私はしがない脇役。ヒロインの邪魔をする、悪役のひとりなのだ。