有能な執事は真夜中にダージリンを淹れる
「ほんとうに大丈夫?」
「ああ。ありがとう。君もくれぐれも気をつけて」
パーティー会場の屋敷に着く頃には気分もだいぶ落ち着いていたが、ポーリーンは心配して何度も振り返りながら、明るく照らされた屋敷の中に入っていった。
ジョシュアはしばらくその後ろ姿を見送っていたが、招待客が次々と訪れるので、帽子を深くかぶり直した。妙な噂が立っては、ポーリーンの立場が悪くなるかもしれない。御者に家に向かうよう命じると、座席に深く腰掛け、コートの襟を立てて顔を隠した。
濡れたシャツが背中に張り付いて、酷く冷たい。
家に帰るなりふらつく脚で階段を登り、ベッドに倒れ込む。ジャックは主人を洗いたてのシャツに着替えさせ、熱いお茶を淹れた。
「夕食はまだですか?ビスケットとコールドビーフくらいならご用意できますよ」
「ありがとう。ビスケットだけでいい」
「どうしてわざわざ屋根付きの馬車を借りて出ていって、そんなに濡れて帰ってくるんですか」
ジョシュアはベッドから上半身を起こし、紅茶を飲む。インドから届いたばかりのダージリンのストレートティー。力強い香りとコクのある味わいに、頭がすっきりする。乾いたシャツが肌に心地いい。
「ジャック、君は地獄を信じる?」
「なんですか急に」
「昼間シャーロットが言っていただろう。地獄の遣いがなんとかって」
「ああ、そういえば。それがどうか?」
「遭ったんだよ。さっき。化け物に」
「え?」
「顔と胴体が長くて足が短い、毛足の長い獣だ。牙があって、醜悪な……それが、テムズの泥の中から這い上がってきて、道を横切って、どこかへ消えていった」
「まさか……今朝の死体……」
「まだそうだとはわからない。ここからだいぶ離れているしね。ただ昼間あんな話をしたあとで、タイミングよく化け物が現れたので、驚いてしまったよ」
「そりゃ驚きますよ。よくご無事で戻られましたね」
「こちらには見向きもしなかった。……腹が減っていなかったんじゃないか」