神川の決意
飲み会が行われている居酒屋に神川、田島が到着すると、早速酔いが回った部長のダル絡みに襲われた。
部長『お前らぁ何でこんな遅いんだー?もう飲み会も終盤だぞー?あ!まさかお前らそういう関係なのかなぁ?そうなんだろぉ〜?ねーねー??』
神川は引っ叩いてやろうかと言わんばかりの右手を左手で必死に押さえていた。
何を思ってそんな考えになったのかわからずにいる2人だったが、部長は部長。
失礼のないように可愛げを出しながら田島が丁寧に対応する。
田島『部長そんなわけないじゃないですかー、そんなことよりお酌させてください!僕は部長と呑み明かしたいです!呑みましょう部長!』
田島持ち前のコミニケーション能力を全力で発揮したことにより部長はさらに上機嫌に。
飲みの席はより一層活気に満ちた。
田島のコミニケーション能力は目上の人から歳下まで惚れ惚れするほど多種多様に使い分けられており、神川も田島のその部分には一目置いていた。
そうこうしているうちに時間は経ち、皆の終電のことを考慮して、呑み会は0時で切り上げることとなった。
部長『田島〜お前は次期部長だぁ!お前ほどの人材は2度と出てこなーい!準備しておけよー!俺もそう長くないからなぁ〜』
田島『何言ってるんですか部長!俺たちの部長は永遠ですよ!』
部長『たじまぁ〜』
部長は何故か泣いて喜び、田島にハグをしていた。
その様子を神川は引いた目で後ろから見ている。
そして社長の一本締めで飲み会は終了し、皆はそれぞれの帰り道へと歩き出していた。
帰る皆に対して、部長の魔の手から上手く抜け出してきた田島が神川に話しかける。
田島『神川、俺たち立川住みだしもう一軒飲んで行かね?神川も飲み足りないっしょ?』
神川『俺は十分飲んだ感じしてるけど。』
田島『冷たいこと言うなってー!もう一軒行こうぜ!な!』
田島の猛烈なアプローチに根負けした神川はもう一軒付き合うことにした。
そうして2人は5分ほど歩き、いつも行きつけにしてる居酒屋へ到着し入店した。
大将『いらっ、おー!優樹君に涼介じゃねぇか!最近顔見ねぇから心配してたよ!どうだい会社は?』
神川『大将ご無沙汰です。僕は変わりなく平凡な毎日を過ごしてます。』
田島『大将ごめんねなかなか来れなくて!この時期うちの会社繁忙期だからさぁ、でも父さんは来てるでしょ?』
大将『2人とも元気そうで何よりだ!涼介のお父さんは暇さえあれば来てくれるからありがたいよ。』
この居酒屋は2人の行きつけでもあるが、もともとは田島の父親が長く通ってるお店で、大将と顔馴染みだった田島が神川を連れてきたのが始まりだ。
大将『2人とも今日はもう一杯やってきてるのか?』
神川『さっきまで会社の飲み会がありまして、田島がどうしてももう一軒行きたいって言うので。でも大将にも会いたかったのでちょうど良かったです。』
田島『こいつはやっぱり優しい奴なんですよ大将ー』
大将『2人とも変わらずだなぁ。一杯やってきてるなら飲みすぎないようにな。はいビール。』
店には時間が遅いこともあって田島、神川しかお客は居なかった。
お客の対応に追われることのない大将と2人の最近の状況や昔話をしていると、1人のお客が来店してきた。
大将『いらっしゃい』
現時刻は0時50分。
この居酒屋は一応深夜2時まで営業しているが、見ない顔がこの時間に1人で来店するのは珍しいという。
『ウイスキーのロック…一つお願いします…』
神川と田島が座る席を一つ空け、その人もカウンター席に腰をかける。
風貌はこの小汚い居酒屋に合ってない、茶色のタキシードにハットを被り、高そうな杖を持った30代中盤ぐらいの男性だった。
2人は少し違和感を覚えるも、特に気にすることもなく話し込んでいた。
それから30分が経ち、神川と田島はこの辺りで切り上げることにした。
田島『大将お会計で!いやぁやっぱりここはいつ来ても落ち着くよ。俺の実家みたいだからさ。』
大将『涼介は小さい時から来てるからなぁ。またいつでも気軽においで!優樹君も待ってるよ!』
神川『大将今日も美味しい料理ありがとうございました。また来ます。』
そうして2人はお勘定を済ませて店を出た。
神川と田島はいつも通り行きつけの居酒屋を楽しんでいたのだが、やはり同じことが気がかりとなっていた。
神川『なぁ田島、俺たちの隣にいたあのお客さん絶対あの店に合わないよな?』
田島『それ俺もずっと気になってたんだよ。だってあの時間に1人で、しかもあんなにしっかりした服装で、杖まで持ってたよな?まだ若いのに。それでもって30分何も喋らずにただお酒を呑んでるってなんか変だよな。』
神川『まぁ俺たちが知らない色んな飲み方があんのかなぁ。』
気にしたところで何があるわけでもないことから、2人はモヤモヤしながらも足早に自宅へと歩いていく。
会話があまりない中歩くこと10分。
先に田島の家に到着した。
神川『田島今日は仕事手伝わしちゃってごめん。ほんと助かったよ、ありがとう。』
田島『だから気にすんなって!嫌だったらやってねーし、友を助けるのは当たり前だろ?また遠慮なくお節介するよ。まぁ帰りは気をつけてな神川〜』
そうして神川は田島と別れ、ここからあと10分ほどの自宅へと向かっていった。
酔い覚ましには丁度良いと思いながら歩き始めて5分が経った時、神川はちょっとした違和感を覚え始める。
それは、誰かに跡をつけられているという違和感だ…
確信的なことは何もないが、なんだか背後に嫌な気配を感じていた。
早く帰ろうと早歩きをしたのだが、その気配はしっかりと背後についてきているのがわかった。
怖くてやりたくなかったが、神川は意を決して後ろを振り返ることにした。
【1.2.3で振り返るぞ…1…2…3!】
立ち止まり振り返ったその先には…誰もいなかった。
神川は勘違いとわかり安心してもう一度前を向いたその時、
『こんばんは。』
突然目の前に人が現れた。
神川は驚きのあまり後ろに倒れ、尻餅をついた。
『急なご挨拶になってしまいましたね、驚かせてしまいすみません。』
神川『あ、あなた誰ですか!?…って、さっきお店にいた…』
驚いて始めはわかっていなかったが、よく見ると目の前に立っている人物は、先程神川の隣に座っていた30代半ばの男性だった。
『神川さん、少しお話しよろしいでしょうか?』
神川『どうして僕の名前を!?』
『まぁまぁそこはあまり考えずに…ね?』
何故か神川の名前を知っている見ず知らずの怪しい男にいきなり話をしようと言われたところで応じる奴はまずいない。
しかし神川は男が隙を見せるその時を狙って上手く話をさせることにした。
神川『話って、何を話すんですか?世間話ですか?それとも好きな鬼滅のキャラは誰ですかとかそういう話ですか!?』
『神川さん、あなたは頭のいい人だ。私がそんなお話をしに来てないことはわかっているのでは?』
神川『僕は頭良くないですよ。あなた僕の何を知ってるんですか?何も知らないくせに知ったように言うのはどうかと思います!』
『神川さん、私はあなたのこと…なんでも知ってますよ…』
男が不気味さを増していくその時…
ジリリリリリリリーン!ジリリリリリリリーン!
男の持っていたスマートフォンが鳴った。
『まったくこんな時に。神川さんごめんなさい、少しお待ちいただけますか?すみません…はい、もしもし?』
この時を見逃さなかった。
神川は男が電話を始めた瞬間、全速力で走り始めた。
神川『待てって言われて待つ奴がいるかよ!っていうかこれどういう状況だ!?』
神川は今起こっている状況が理解できないものの、この怪しい男からとにかく逃げようとした。
全力で男から離れるようにダッシュし、T字路の角を曲がった瞬間…神川は不思議な現象に遭う…
神川『な、なんで…』
『もうすぐ終わりますから、ちょっと待っててください。もしもし、今彼とお話の最中でして…』
確かに男から離れるように走り、違う場所へ来たはずなのに、何故か神川は元の場所に戻って来ていた。
さらに状況が理解出来なくなっていたが、神川は再び無我夢中で走り出した。
神川『どうなってんだよ!?』
電話をしながら横目で神川のことを見た男は、はぁーとため息をつきながら手のひらを神川に向けて…
『だからもうすぐ終わると言ったのに…まったく話が通じない方ですね…フリーズショット』
男が言葉を発した瞬間、手のひらから細長く青白い光が神川に向け放たれた。
その光は目にも止まらぬ速さで神川を捉えた。
神川『な!?』
光が神川に当たると、眼球と瞼以外は全く動けない状態、身体がフリーズした状態となった。
『…そうですね、わかりました。そうしましたら今現在何が起こっているのか、そして彼に協力して頂き、これからやらねばならないことを共有させて頂きます。またこちらの方で進展があり次第連絡させて頂きます。それでは…』
走り出したその姿勢のまま、神川は微動だに出来ずに視線だけを男に向けていた。
『神川さん、出来ればこんな街中で魔法は使いたくなかったんですが、あなたが逃げ出そうとするので致し方なく使ってしまいました。手荒な真似をしてしまい申し訳ありません。それでは話の続きをさせて頂きますが…』
神川は動けぬまま、男の話を淡々と聞かされることとなった。
男が話す内容とは、現実味を全く帯びていないもの。
ラノベ小説の異世界転生もの、もしくは週刊少年ジャンプに連載されている漫画のような話で、どれも嘘くさいものだった。
男が話す内容を簡単にまとめると、この世界をカシュパラゴという団体が守っているのだが、敵対している悪の組織シドマが今攻撃を仕掛けてきており、その攻撃からこの世界を守り、シドマの悪を消し去っていくという話だ。
そしてシドマを倒す戦いに神川も加わって助けてほしいというのが話の本題となっている。
『…ということなのですが、神川さん理解して頂けましたか?もし理解出来たなら瞬きを3回してください。』
神川は話自体の根本的なところは全く理解出来ていなかったが、概要自体は理解した為瞬きを3回行った。
『ありがとうございます。では身体の自由を戻しますね。』
パチンッ!
男が指を鳴らすと、神川の身体に自由が戻った。
彼はこの瞬間また逃げ出すことも可能だったが、この男からは逃亡することはまず出来ないと判断した為、どうせならと男から詳しい話を聞くことにした。
神川『話自体の構想は理解しました。でも未だに現実味がないというか…理解はしたけど全く意味がわからないというか…そもそもこれってなんで僕なんですか?』
『それは…あなたが我々の探している器を持っているからです。』
神川『器って…何の器ですか…?』
『器というのは、私たちカシュパラゴの騎士たちがあなたの魂、心に入る為の器です。』
神川『はぁ…つまり僕は身体を乗っ取られるってことですか…?』
『それは違います。私たちはあくまでサポートをするだけ。力を使い、実際に戦うのは神川さん…あなた自身なのですよ。』
神川『戦うのは僕自身…』
そう言って男は神川に詳細を話し終えると、ある言葉を発し、その言葉の後に起こる事象に神川は驚くのだった。
『リゾリューション…』
その言葉を放つと男が持っていたただの杖が、光を放ち出した。
光の輝きが落ち着いてくるとそこにあったはずの杖は無くなっており、男の手にはいかにもな剣が握られていた。
神川『な!?…何が起こったんだ…』
『今私が見せた、これがあなたの手にしていく力。そして…』
男が500円玉は空中へ投げる。
スパーッン!…
目にも止まらぬ早さで500円玉を持っている剣で斬りつけた。
その瞬間、500円玉は真っ二つとなった。
『あなたはこの力を使い、シドマを倒す使命を与えられた1人なのです。』
神川は目の前で起こる全てのことに頭が追いつかず、混乱を隠せずにいた。
神川『使命って、これは現実か…それとも夢…もう僕にはさっぱりだ…』
『理解出来ないのも無理はありません。なにせ急な話ですし、壮大なこと過ぎる。今のあなたの心境はよくわかります。ただ神川さん、あなたも大切な人がいるでしょ?』
それを言われた時、神川の頭には家族や友人の顔が思い起こされた。
『大切な人がいるこの世界を守りたい。我々カシュパラゴの騎士達はその思い一つです。それに私にも家族がいます。大切な人達のために戦うのは、使命を与えられた者にとって当然のことではないですか。』
男が言っていることは間違いなく正しい。
しかし、神川はこの世界でそんなことが現実にあるのかとどう考えても疑わずにはいられなかった。
そして何より気になっていることは…
神川『あなたの言うことはごもっともだと思います。大切な人達を守りたい、当然のことですよね。でも僕がこの戦いに参加するということは、もしかしたら命を落とすことも考えられる…死ぬ可能性があるってことですよね…?』
男は目をつぶり、問いに対して答えずらそうに深く頷く。
神川『なるほど…死ぬかもしれないそんなデスゲームはっきり言ってやりたくない…僕はただ平凡な毎日を送りたいだけなんです!』
神川の訴えに、男はすぐに問い返す。
『でもシドマに立ち向かわなければ平凡な毎日どころか、この世界自体がなくなってしまう。それでもあなたはそこから目をそらすのですね?』
男の言葉に神川の心は揺らいでいた。
『では神川さんにお聞きしますが、あなたが生きる意味って何ですか?何の為に生きているのですか?』
神川『僕が生きる意味…そんなこと考えたこともなかった…』
神川がそう答えると、男は人の生きる意味について語り始めた。
『神川さん、人というのは面白い生き物で、自分が嬉しい、楽しい、と感じることの幸せよりも、自分が大切に想う人が喜んでくれることの方が何倍も自分が感じる幸せ、幸福感というのは大きいものです。あなたはどうですか?』
神川『言われてみれば確かにそうかもしれない…』
『全てこの考えを押し付けるのは良くないかもしれませんが、あなたの生きる意味はきっと、大切な人の笑顔を守る為にあるのではないでしょうか…?』
神川『…』
この男と話しているとつくづくどこか表面上ではない、何か深いものがあると神川は直感的に感じていた。
そうして少しの間沈黙が続く。
神川は今まで男との会話を頭で考えていたが、次第に彼はあることに気づき始める。
それは頭ではなく自分自身の気持ち、心で思うこと。理屈ではなく、魂で答えを導き出すということ。
神川『僕が…僕がこの戦いに加わることで、その未来は変えられるんでしょうか…?』
『あなたの覚悟で未来はきっと変わる…あなたにしか出来ないことがある。私はそう信じています。』
神川のぐちゃぐちゃな心境で、どれが答えで何が正解なのか、何も見えてはいなかった。
しかし彼は、世界が求めている答えを小さいながらも大きな覚悟でみせた。
神川『正直今はよくわからないっていうのが本音です。一体何が本当で何が嘘なのか、いくら頭で考えてもこの状況を理解するのはまず出来ない…でも!…大切な人を守りたいって気持ちだけは納得したというか…あーもう!わかりましたよ!騎士でもなんでもやってやりますよ!』
神川の答えに、待ってましたと言わんばかりに男の口元がニヤッと緩んだ。
『あなたの覚悟…頂きましたよ神川さん…それでは私たちと共に行きましょう!この世界を救う騎士の1人となって!!』
男はそう言うと、持っていた剣を高々と振り上げ…そして…
バサッ!…
神川『え?…』
神川の右腕は男によって斬り落とされた。
あまりの激痛に叫び、倒れ込み、次第に意識が薄くなっていく。
神川『あ、あんた…嘘を…騙しやがった…な…』
出血性ショックにより神川の呼吸がさらに弱くなってきたところで、男は語りかける。
『あなたの覚悟は選ばれる…私はそう確信しています…大丈夫…あなたは我々の希望なのです…神川優樹さん…』
男の言葉を最後に、神川は底の見えない真っ暗な意識の中へ沈んでいくのだった…




