魔王軍制服会議録
「えー本日は、よく集まってくれた」
威儀をととのえて、魔王は20名あまりの出席者たちを見渡した。
いずれも魔王軍に在籍する有力者たち、最高幹部だ。
「先頃、一部女性兵士から提議があり、みなの意見も聴いてみたく、臨時本部会を招集することにした」
部屋の隅に控える兵士を見て、なるほどそのためにいたのかと出席者たちは納得した。
「はて、それほどの懸案がありましたかの?」
ゆったりと首をかしげたのは、魔王軍一の長老として知られる老竜人。
魔王は鷹揚に片手をあげて、控える兵士たちに合図した。
「説明を」
「はい」
前に進み出たのは、2名の美女だ。
「わたくしは淫魔のダリア。本日は、魔王軍の最高幹部であられるみなさまへのご説明を担当させていただきます」
「わたしはダークエルフのロべリア、ダリアの助手をいたします」
ダリアの目配せに、ロべリアはすかさずをパ○ポ――超メジャープレゼン用ソフトウェアで作成した――を映写した。
「みなさまも見慣れているでしょう、こちらは魔王軍女性兵士の制服です。ただ今わたくしとロべリアが着用しているものでもあります」
ダリアは手の中の資料を握りしめた。ことの成否は、このプレゼンにかかっている。
「ご存知の方もおられるでしょうが、この制服、なんと50年間変わっていません!」
「はて、そんなに経っておったか」
「年を取るとどうも1年が早くてのぅ」
ぽそぽそと小声をかわす老幹部たち。
「今や時代は昭和~平成~令和と移り変わっているのに、この制服は、一切変わっていないのです!」
ダリアは、できるかぎり冷静な声を出そうと努力した。
「およそバブル前夜ともいうべき、昔ながらのヘソ出しと谷間のアピール。わたくしたちは、いつまで昭和の悪役スタイルの制服でいれば良いのでしょうか?」
ロべリアは打ち合わせどおり、すかさず次のスライドを表示させた。
「みなさま、こちらのスライドは他業界における制服の変遷を追ったものです」
ダリアの声はよどみない。
「まずは例1をごらんください。これは、超大手ファストフード店М社の制服ですが、数年ごとに一新されていることがわかります」
「おぉ、当時はずいぶん世話になったが」
「ハンバーガーとポテトを食べてから出陣したら、匂いですぐに勇者に気づかれてしまってのぅ、難儀したわい。わっはっは」
ダリアは、聞こえなかったことにした。
「次に例2、こちらは大手コンビニ店ですが、こちらの制服も変更されてきたことがわかります」
「おぉ、こちらも世話になったなあ」
「勇者の張り込みに、24時間営業はまったくありがたいもんじゃった……」
「わしゃ、今でも世話になっとるぞ。こう見えてスイーツ男子じゃから」
ダリアは、ワイワイやっている老幹部たちを視界に入れないようにした。
「よろしいでしょうか?このように、現代において、制服とは変更があってしかるべきものなのです。魔王軍においても、ここで新しい制服を採用すべきではないでしょうか?」
「と、まあそういうわけなので、みなの意見を聞いてみたいと思う」
魔王は後を引き取った。
「何か意見のある者は?」
はい、と挙手があり、視線が集まる。
「スケルトンキングか、発言を許す」
「はい。ワタクシメが愚考しますところ、あえて変更する必要はないでしょう」
「なんだと!」
急にキレたロべリアを、ダリアは必死で取り押さえた。一応、相手は最高幹部なのだ。
「ヘソ出し、谷間のアピールは正義!これは誇るべき悪役の伝統ですぞ。年若き少年たちが、どれほどこの伝統に救われてきたか。古きをないがしろにするような改悪は認められませんな」
「何が正義だ!そこの骨っ!そもそも我らは悪だ!」
ダリアは慌ててロべリアの口をふさいだ。そこに横から声がかかる。
「妾はダリアとロべリアに賛成するぞ。スケルトンキングよ、お前に少年の心が分かるのか?とうに腐りおちて、どんな制服だろうと勃てられんお前に?」
「女王蜘蛛さま……」
突如スケルトンキングが血塗れの短剣を投擲、女王蜘蛛はそれを危なげなく糸で絡めとったが、隣にいたクラーケンが巻き添えをくった。
「もぉー脚が増えちゃったじゃーないですかー」
多数ある脚のうち、1本が縦に斬れて2本になったらしい。
しかし誰も気にしない。
「ワシも制服変更には反対じゃ」
今度は老竜人が発言する。
「今どきの若者は、元祖であるド○ンジョ様への敬意が足りぬ」
「異議あり!!!」
比較的若い人狼が立ち上がって指を突きつけた!
「元祖はキューティー○ニーではないのかッ!?」
「あれはヘソ出しではないだろう」
「いやッ!服など作中で裂けるではないかッ!」
「待った!!!貴様、肝心なことを見落としているぞ!キューティー○ニーはヒロインではないか!」
がやがやがやがやがやがや
ダンダンダン!
「静粛に」
魔王が戦槌を叩きつけると、円卓の一部が粉砕され、床にもヒビが入った。
静まりかえる室内。
「ダリアに、ロべリアよ。このように反対意見もあるが、どうか」
しかしダリアはめげない。これくらい、準備運動のようなものだ。
「それでは、みなさまにはまた別の角度からお考えいただきたく、これからあるデータをお見せしたいと思います」
ダリアは、ロべリアに頷いてみせる。
ロべリアは、再び超メジャープレゼン用(以下略 を映写した。
「みなさまご存知のとおり、近年、魔王軍志願者は減少の一途をたどっております。このように」
右肩下がりの線グラフが表示される。
「理由には少子化や上がらない賃金など、様々な要因が考えられますが、1つには就職を考える若者にとって魔王軍のイメージが悪いことが挙げられるでしょう」
次のスライドに切り替わる。
「これはアンケート会社マク○ミルに依頼して集計した結果です」
Q.魔王軍のイメージは?
という設問に対して、どのような回答が寄せられたか、円グラフにまとめられている。
様式美、安定感がある、という回答の割合に続いて、目新しさがない、ダサい、格好悪い、と回答した人の割合が占めている。
「このとおり、我が魔王軍に対するイメージは、やられ役だからということを考慮してもネガティブだと言わざるをえません」
ざわ……
ざわ……ざわ……
圧倒的っ……!
目に見える数値は、出席者たちにとってまさに圧倒的であったっ……!
ダリアは動揺を見逃さないっ!
これは好機っ!たたみかけるっ……!
「一般に、印象というものは視覚情報。つまり、見た目によるところが大きいのです」
ダリアはずいっと身を乗り出した。
「見た目!これが大事です。よろしいですか?つまり、制服を一新することで、見た目が変わり、魔王軍のイメージチェンジが可能になるのです!」
ロべリアが深く同意して頷く。
「今ここに、全国の女子大生1000人を対象としたアンケートの結果があります」
すかさず、ロベリアが次のスライドを映した。
「Q.アルバイト先を決めるときの決め手になったポイントは?という複数回答可の設問に対して、制服という回答を行った人は、およそ8%!人手不足と言いながら、我々はこの志願者の卵というべき8%を完全に取りこぼしています!」
ダリアは熱弁をふるった。
「女性の社会進出が叫ばれる中、これではいけません。制服を一新するだけで志願者増が見込めるのです。ここは思いきって制服を変更するべきではないでしょうか」
しーん。
静まりかえる部屋の中、魔王が重々しく発言する。
「では決を採りたいと思う。制服変更に賛成と思う者は挙手」
いくつもの手が――種族によっては足が――あがる。
「1、2……13、14」
あがった手の数は14。
ダリアとロベリアはプレゼンの成功を確信した。
「過半数を越えたので、制服の変更を行うものとする」
拍手がおき、ダリアとロベリアは手を取り合った。
「次に、制服の発注先であるが、これは予算等の問題があるので、後日、財務担当たちと協議する。しかし、希望のデザイン等があれば要望として伝えるので、この場で案を出してもらえればありがたい」
しずまっていた部屋は再び議論の渦に包まれた。
「ヘソ出しと谷間は絶対にナシです!もう50年も出してきたのだから、令和の時代には不要!」
「両方とも切って捨ててしまうにはあまりに惜しい。片方だけでも残さないのか」
「それではイメージが完全に変わるとは言いがたい!」
「しかし、だとすればどうするのだ。露出が少ない悪役など、何の需要もないぞ!」
「貴様ッ!由緒正しきショッ○ー様がたに喧嘩売っとんのかッ!」
「しかしショ○カーの方々は男性だろう。女性の全身黒タイツは、アリかナシかで言えば……アリだ!」
「しかり。ただし、顔は見えたほうが良い」
「同意である。全身のラインが出るのは良きかな。見えそうで見えない透け気味素材ならなお良し。戦闘中にきわどいところが破れればさらに良い」
「待ってくれ!それではパンチラのロマンはどうなるのだ!」
「ワシとしては絶対領域を死守したいのじゃが……」
「ジジイは古いんだよ。黙ってろ」
「なんじゃと!?セーラー○ーンの昔から、太ももは神聖なものと決まっておるじゃろう!」
「これだからジジイは」
会議は踊る、されど進まず。
古い格言はそのままに、新しい時代の制服というテンプレはまだできそうもない。
お読みいただきありがとうございました。