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月明かりで刃が光っている。
「大人しくして」
奈央が言った。
栞里が動かなくなると、今度は友紀が突きつけられる。
2人は大人しくなった。
「あたし、昨日も夢を見たの」と奈央。
「亜美が落ちたときの夢を」
「………」
「………」
「あのとき、あなたたちが、あたしを押したよね?」
奈央の言葉に、2人は何の反応もしなかった。
いや、出来なかった。
ただ、両眼を大きく開いて、奈央の動きを見つめる。
「栞里、押したよね?」
包丁が栞里を向く。
栞里は、ゆっくり頷いた。
「友紀、押したよね?」
友紀も頷く。
「あなたたちのせいで…あたしは…あんなこと、したくなかったのに」
奈央は泣きだした。
涙が頬を、伝い落ちる。
「でも、あたしも捕まりたくなかったから、ずっと黙ってた」
奈央が交互に2人の顔を見る。
泣いたため、眼が赤くなっていた。
「あれから、あなたたち、亜美のことも忘れて、のびのびやってたんでしょ? 栞里は親の会社に就職して贅沢三昧。友紀はエリートと結婚して、幸せなのよね」
2人は動かなかった。
奈央が何を言おうとしているのか、まったく分からなかった。
「しらばっくれてもダメよ! ちゃんとSNSを見てるのよ! 2人とも毎日、楽しくて楽しくて、しょうがないんでしょ!」
奈央が激昂した。
栞里に顔を近づける。
栞里が激しく頷いた。
とにかく、奈央を刺激するのは良くない。
奈央の眼が完全に、おかしい。
怒られれば、本当に刺しかねない。
「あたしも最初のうちは良かった」
奈央が包丁の刃先を、左右に振る。
「高校を卒業して大学に入って…2年のときに親が経営してた工場が倒産した」
奈央の声は再び、冷静なものになっていた。