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スフィアナを保護してから翌日、彼女の家の者がアレステル公爵家まで迎えに来た。
馬車から降りて来たのは短めの赤髪で緑の瞳の少年とその従者の様だ。
「お兄様!!」
馬車から降りて来た少年に駆け寄るスフィアナに、シュナイアは頭痛を覚える。
(まさか攻略者の一人が我が家に来るなんて…)
げんなりしているシュナイアを心配そうにクレイグが声をかけてきた
「お嬢様?顔色が優れていませんがどこか具合でも?」
「いいえ、なんでもありませんわ。それよりもスフィアナ様のお兄様をもてなす準備を」
「…かしこまりました」
そう返事をし、クレイグは素早く行動に入った。
そしてスフィアナと共にシュナイアの元にやって来た人物が礼を取り、シュナイアへと挨拶をする。
「お初にお目にかかる、シュナイア嬢。私はマグルド侯爵家長男のグレン・マグルドです。この度は妹をお救い下さりありがとうございました。本来ならば父か母が挨拶に来るべきなのですが父は仕事で遠くへ出ており、母は病弱な為領地から出られず私が参った次第です。」
「ご丁寧にありがとうございます。外でもなんですし先ずは中へどうぞ。美味しい紅茶を用意しておりますの」
そう言ってシュナイアはグレンとスフィアナを屋敷の中へと促す。
(たしか攻略者のグレンの性格はわんこ系だったわよね。まぁ初対面だからっていうのもあって肩苦しくなっているのね…こちらまで肩苦しくなってしまって少し疲れてしまいそうだわ)
内心苦笑しながらも二人を客室へ案内し、席をすすめる。
それからスフィアナに起こった出来事をシュナイアはグレンにわかりやすく説明し、昨夜スフィアナから詳しく聞いた護衛の名前や特徴を言い処分する様に求めた。
するとグレンはため息をつき
「何故俺や母上に何も言わずに外へ出たんだ?しかもこんな距離の離れた場所へ」
「…絵を…お母様に美しい鳥の絵を見せたくて描きに来たんです。お母様は野鳥が大変お好きだから」
「だからといって何も言わずに出る事はないだろう」
「困らせたくなかったのです。…結果困らせる形になってしまいましたが」
スフィアナは俯き、鼻をすする。
俯いている為シュナイアから彼女の顔を伺う事は出来なかったがきっと泣いているんだろうと思った。
シュナイアは立ち上がりスフィアナの元へと歩み寄る。そして彼女の両肩をポンと掴み
「たしかにスフィアナ様は危険な目に遭いご家族を心配させはしましたが、不謹慎ではありますがわたくしはとても嬉しく思っておりますの。こうしてスフィアナ様とお友達になれたんですもの」
ね?とシュナイアがスフィアナに微笑むと、彼女は顔を上げキラキラとした涙を零し
「シュナイア様ぁ!!」
そう嬉しそうに声を上げ、シュナイアに抱き着いた。
そんな妹を驚いた様に見ていたのはグレンだった。
それからたわいも無い話をし、スフィアナが落ち着きを取り戻した頃
「では私達はそろそろ」
「そうですわね、暗くなってしまうと危ないですしそろそろ出た方が良いかもしれませんわね」
グレンが立ち上がり帰る支度を始める。
スフィアナはシュンとし、ジッと寂しそうにシュナイアを見つめる。シュナイアはその視線に気付き
「スフィアナ様、またいつでも遊びに来てくださいませ。今度はご家族に報告してから」
「はい!シュナイア様も是非私の家へ遊びに来てくださいませ!我が家の庭園をご案内したいです!」
こうしてまた会う約束を交わし、スフィアナは先に馬車へと乗り込む。そして続いてグレンが乗り込もうとしていたのだが一度止まり
「シュナイア嬢、出来れば妹だけではなく私とも仲良くしてください」
「グレン様、はい是非」
「かしこまった感じが苦手なので出来れば楽に接しても?」
「かまいませんわ、わたくしも苦手なので」
「そうか、なら良かった!ではシュナイア、また会おう!」
「ええ、グレンもスフィアナ様と遊びにいらしてね」
ふふふ、と微笑みグレンとスフィアナの乗った馬車を送り出す。
すると少し走り出した馬車の窓からスフィアナが顔を出し
「シュナイア様!!!私のことも是非スフィアナ…いえ、フィアと呼んでくださいませー!!!」
可憐な彼女の雰囲気からは想像出来ない声の大きさで叫ぶ様に言うスフィアナにシュナイアは淑女らしい笑顔を忘れ満面の笑みで
「わたくしの事もシュナとお呼びになってねフィア!!」
と大きく手を振るのであった。
そんな子供らしい一面を久々に見せる我が娘を屋敷の柱の影から母、レイチェルがハンカチを片手に涙ぐんで見ていたのをシュナイアは知らない。
「旦那様に報告しなくしゃ!」
レイチェルは王都にいるアレステル公爵に馬を飛ばすのであった。
そしてマグルド兄妹の乗る馬車では
「もう!お兄様ったら抜け駆けしないで下さいませ!シュナ様は私が先にお友達になったのですよ!」
「いいじゃないか!しかし引っ込み思案で泣き虫のお前に友達が出来ただなんて父上や母上が知ったら驚くだろうな」
「泣き虫は余計です!…でも本当にシュナ様はかっこよかったのですよ。私を魔物から救い出して下さった時のシュナ様のお姿といったら」
スフィアナはうっとりとしながらシュナイアの姿を思い浮かべる。
グレンはそんな妹に呆れつつ
「まさかそこまでシュナイアが魔法を使いこなしているなんてな」
「従者のクレイグ様も素晴らしい剣さばきでしたわ」
「従者のクレイグ…シュナイアの後ろに控えていた男の事か?」
「ええそうです。クレイグ様もかっこよかったのですがやはりシュナイア様には及びませんわね!」
普通のご令嬢ならあの顔の整った男に助けられたとあればときめいたりするものだろうに、とグレンは実の妹を残念な物を見る目で見つめた。
(アレステル公爵家のシュナイア…殿下の言っていた通り面白そうな人物だったな…)
一人妄想の世界へ行ってしまった妹を放置し、グレンは先ほどまで顔を合わせていた令嬢を思い出す。
まるで夜空に浮かぶ月の様にキラキラとした銀髪、そして透き通る様なラベンダーの瞳。
「綺麗な上に強いなんて…なんて面白そうなんだ」
クツクツと静かに笑い、グレンはまた彼女に会いに行こう。そう思ったのだった。