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背後に何者かの気配を感じながらシュナイアは相手が先に動くのを待ちつつ森の中を歩き続けた。
天気は快晴で風も穏やかな散歩日和なのだが今シュナイアの陥ってる状態はとても穏やかとはかけ離れているものだった。
(相手は複数みたいだけれどわたくしには人数を当てられる程の実力はないのよね…こんな時、クレイグが居てくれれば…まぁクレイグを置いて飛び出して来たのはわたくしなのだけれど)
ふぅ、とシュナイアが溜め息をこぼすと背後に居た何者か達は四方に散らばりシュナイアを取り囲む様に姿を現してきた。
その見た目はゴロツキと呼ぶのが妥当だろうとシュナイアは冷静に思う。
服や武器、またはその人物達の構え方でシュナイアはそう判断したのだ。
「急に取り囲んで一体わたくしに何の御用が?」
「お前、公爵家の令嬢だな?おとなしく俺達に付いて来るんだ。抵抗したりしたら怪我だけじゃ済まなくなるぞ!」
シュナイアの正面に立ち塞がる男が武器であるナイフを構え、ニヤリと嫌な笑みを浮かべそう言い放つ。
左右、そして背後に1人ずつ。計4人の男達はそれぞれナイフを手にし、ジリジリとシュナイアに詰め寄る。
普通の令嬢ならばこの状況に恐れを抱き悲鳴を上げ震えるのだろうがシュナイアは物怖じせず胸の前で腕を組む。
「身代金目的なのかしら?」
「それ以外の何があるってんだよ」
(わたくしには膨大な魔力が秘められていると知っている者は実験台や奴隷にしたがっても不思議じゃないけれどこの男達は単純に身代金目的なのね…ならば魔封じの道具や武器は持っていなさそうね……アレ高いもの)
「さぁ、俺達と一緒に来てもらおうか!こんなに綺麗なお嬢様だったとは…パパが迎えに来るまでおじさん達と遊ぼうじゃないか」
黙ってあれこれ考え込むシュナイアに男達は怖がっていると勘違いをし、背後の男がシュナイアの肩に手を伸ばす。
しかしその伸ばされた手がシュナイアの肩に触れる直前何かが風を切る様にシュッと音を立てた。そして
「うぎゃあああああ!」
その男は悲鳴を上げ、崩れ落ちたのだ。
その手には何故か見覚えのあるクッキーが刺さっている。
「何故クッキーが刺さっているのよ!?しかもそのクッキー、わたくしが作ったクッキー!?」
シュナイアが信じられない物を見たと目をパチパチさせていると、背後から腕を引かれ誰かの腕の中へ収められる様な感覚に心臓が飛び出る程驚いた。
「ひゃっ!」
「お嬢様、ご無事ですか?お怪我は?」
シュナイアの腕を引いたのはシュナイアの従者であるクレイグだったのだ。
彼は左手でシュナイアを支え、右手には剣を構えていた。
「クレイグ、どうしてここへ?」
「お探ししましたよ、お嬢様。せめて屋敷を出る時は一言仰って頂かないと皆が心配します」
「し、心配かけてしまってごめんなさい…だけれど何故…何故わたくしのクッキーが武器の様に扱われているのかしら?」
「申し訳ございません。緊急事態な為、クッキーの威力を試させて頂きました」
「待って!緊急事態じゃなくても試したかったという顔に見えるのだけれど?」
「とにかく、早急にこの者達を片付けますのでお嬢様は下がってお待ち下さい」
涼しい顔をしてクレイグはシュナイアの問いを誤魔化しながら残り3人のゴロツキ達をなぎ倒していった。
シュナイアが加勢するまでもなくゴロツキ達はクレイグの手によって地面に転がったのだ。
大人相手に立ち向かう勇敢さにシュナイアはクレイグを誇りに思った。そして彼にも怪我が無くて良かったとホッとしたのだった。
「取り敢えず気を失わせましたのですぐ屋敷に戻って兵を出して確保してもらいましょう」
「そうね、クレイグ…助けに来てくれてありがとう」
「いえ、本当は私が手を出すまでもなくお嬢様お一人でも大丈夫な相手でしたがお手を煩わせるのもいかがかと思い手を出させて頂きました」
クレイグは主人を立てる。
しかしシュナイアはそんな事では流せないツッコミを内に溜めていたのだ。
「さて、帰り道にどうしてわたくしのクッキーをあの様に武器として扱ったのか説明してもらえるかしら?」
「…全てはマティルドの指示です」
クレイグは目を泳がせた後何処か遠くを見つめ答えた。
そんな様子がおかしくなったシュナイアはクスクスと笑い
「ならば帰ったら先生にクッキーをお見舞いしてあげないとね」
こうして屋敷に戻ったシュナイアはマティルドに向かって手作りクッキーを思いっきり投げつけたのだ。
それを目の当たりにしたクレイグは、まるでサーカスのナイフ投げの様だとクッキーを投げるシュナイアに向かって拍手を送った。
結局記念日に送るクッキーは公爵家自慢の料理長のマルクスに作ってもらい、シュナイアがラッピングをしてクレイグとマティルドへ、そしてフィアやグレンには手紙と一緒に使用人に頼んで届けてもらったのだ。
『本当は手作りのクッキーを二人に贈りたかったのだけれどのっぴきならない事情で公爵家自慢の料理長お手製のクッキーを贈るわね。いつかちゃんとしたわたくしの手作りクッキーを二人に食べてもらえるように日々精進しますわ』
そんな内容の手紙を見ながらグレンは手紙と一緒に送られてきたクッキーを頬張る。
「そこは普通なら自分が作った〜とか見栄を張るもんだろうが…本当にシュナは面白いな。お前もそう思うだろ、クリス?」
「ああ、たしかに普通の令嬢のように媚びたりしない面白い令嬢だ…しかし何故お前が彼女からクッキーを貰っているんだ?」
グレンの自室でソファーに座り優雅に紅茶をすするのはこの国の王子、そして勇者として覚醒したクリスティアン・レシュガルド。
グレンとは幼馴染で気の知れた友人だ。グレンも彼を愛称で呼ぶ事を許されている。
「少し前にシュナが妹のフィアを魔物から助けてくれたんだ。そして俺が彼女の家までフィアを迎えに行って仲良くなった。」
「…愛称で呼んだり、クッキーを送られたりするほど?」
「まぁ、お互い肩苦しいのが苦手って事で打ち解けたんだ」
そういってグレンはご機嫌にクッキーをまた1枚、口へ運ぶ。
そんなグレンをクリスティアンはジト目で見つめ
「お前ばかりずるいじゃないか…私もシュナイア嬢を気に入っているのに」
「俺ばかりじゃないぞ、フィアもだ」
「…私なんて王宮で会った時挨拶程度しか言葉を交わせなかったのに…」
しかも普通の令嬢ならクリスティアンが微笑みを向ければ、頬を染めとろける様な眼差しになるのにシュナイアは何も感じないという風にクリスティアンは見て取れたのだ。
幼い頃から周りの反応で自分の顔が整っている事は自覚している。ナルシストという程ではないがクリスティアンは自分が微笑めば女性は喜ぶものだと思って育ってきたのだ。
なのにシュナイアの反応は初めてでそれがどれだけ彼に衝撃を与えただろう。
「なら今度一緒にシュナの家に遊びに行くか?」
などとお気楽に提案したグレンの言葉にクリスティアンは目を輝かせ顔を上げた。