7 魔王との対面
テルシーに連れられ、アリシアは豪華な廊下を歩いて行く。
魔法陣で移動してきてから、魔王のいる場所まで歩いているのだが、ここまで誰ともすれ違うことがないことをアリシアは疑問に思った。
「あの、ここまで誰とも会わないのですが、これはいつものことなのですか?」
「ん?あぁ、そうだね。いつもだよ。今ここにいるのは、七色騎士くらいだからね」
「七色騎士……それは魔王様直属の騎士とか、そういう類の?」
「そう。よくわかったね。ちなみに、私も七色騎士の一人なんだけどね」
「でしょうね。そのレベルなら、おかしくないですから」
「あれ?私のレベルって言ったっけ?」
「いえ、さっき森の中で見かけた時に、こっそりステータスを覗かせていただきました。すみません。今後は無暗には覗かないようにします」
アリシアが軽く頭を下げると、テルシーは苦笑しているようだった。人族から見て魔族の表情の変化もわかりづらいが、それは種族の違いであって、慣れればわかるようにはなる。
しかし、アリシアはほとんど無表情か微笑のどちらかしかないので、誰が見てもわかりづらい。
今もアリシアは謝罪しながらも表情に変化はないため、謝罪の意が相手に伝わりづらいのだ。
とは言え、それだけで不快になるほどテルシーは気は短くはない。ただ、癖が強い子だな、という感想を抱いただけだ。
「まぁ、私は良いけど、他の七色騎士とかだったら怒るかもしれないし、魔王様にしようものなら、私でも黙ってないからね」
「私もそこまで考えなしではありませんよ」
そう話しながら歩いていると、一際目立つ扉が目の前に現れた。
「ここに魔王様がおられるはずだよ。心の準備はいい?」
「はい……あ、いえ。少し待ってください」
アリシアがその場で目を閉じると、テルシーはその行動を不思議に思って見る。すると、一瞬アリシアの体がぶれ、二つに分裂したように見えると、すぐに一つに戻り、目を開けた。
「これで分身から本体へと入れ替わりました。さすがに魔王様に初めてお会いするのですから、分身では失礼かと」
「まぁ、そうだね。では、いいかな?」
アリシアが頷くと、テルシーは扉をノックした。
(あれ?そういえば、扉の前に兵士すらいない。何で?)
疑問に思いながらも、今気にすることではないと無視した。
「《黄》のテルシー・イフシュ、入ります」
誰も手を触れずに、扉がひとりでに開いていき、その向こうに執務室のような場所が見えた。部屋の方にも扉には誰も触れていなさそうで、何かしらの魔力で開いたことがわかる。
「テルシーか。戻ったのだな」
執務室の中には一人しかいない。服は普通に来ているものの、その本体はまるで黒い霧のようで、実態が掴めない。霧が人型を取っているようだ。
「はい、魔王様。魔法陣は正常に作動しておりました」
「そうか。それは良かった。で、後ろの子どもは何だ。人族に見えるが」
アリシアは視線が自分に向くのを感じて、頭を下げ、テルシーが何かを言う前に自分から言った。
「お初にお目にかかります、魔王様。私は人族のアリシア・ラインセル。本日は魔王様にお願いしたいことがありまして参りました」
「……テルシー、どういうことだ?」
「魔法陣の動作確認をし、周辺の状況を確認していましたところ、こちらの少女に遭遇しました。すると、いきなり魔王様にお会いしたいと言いましたので、少し試して連れてきました」
「試した、とはどういうことだ?」
「レベル350の土竜を召喚しました。ですが、特に手間取ることもなく、あっさりと倒してしまいました」
「ほぉ、人族が土竜を単独で、か。もしや、見た目に反して随分と年を重ねているのか?」
「いえ、間違いなく五歳ですよ」
魔王の言葉にアリシアは口を挟んだ。さすがに五歳の子どもに年老いた老人と同じ扱いをされるのは、アリシアは少しだけカチンときた。
だが、それも一瞬。そう言われても仕方のないことだ、とアリシア自身が理解していた。それが《叡智の書》というスキルの結果なのだから。
「私は生まれてから五年しか経っていません。それは事実です」
「ふむ。なら、いいか。で、この俺に願い事とは一体なんだ?」
「私を魔王様の配下に加えていただきたいのです」
帰ってきたのは、沈黙。
テルシーは呆れてため息を吐き。魔王は表情がわからないが、呆気に取られているようだ。
アリシアはそれ以上は何も言わずに、魔王かテルシーのどちらかが何か言うのを待っていた。
すると、魔王が覇気を強めてアリシアに尋ねた。
「それは本気で言っているのか?魔族は他の全ての種族と敵対している。その魔族の王である俺の配下になるということは、人族を裏切るということだが、わかっているのか」
魔王が当たり前のことを言うが、そのことに関するやり取りをすでにアリシアはテルシーとしている。答えは変わらない。
「もちろんです。その問答はすでにテルシーとしています。私がわかっていなければ、テルシーも連れてきたりはしないでしょう?」
「それもそうだな」
魔王はしばらく考え込むようにしていた。こういう時人族が相手なら表情をうかがうのだが、魔王は表情が全くわからないので、アリシアはその分ドキドキしていた。
しかし、結論はアリシアが思っていたよりも早く出た。
「いいだろう」
「ありがとうございます」
「ちょ、魔王様!?本当によろしいのですか?」
「あぁ。そもそも、お前が連れてきたのだろう。お前も少しは認めていたのだろう?」
「……わかりました」
テルシーが納得したのを見て、魔王はアリシアに向き直った。
「アリシア・ラインセルと言ったか?お前のレベルはいくつだ?」
「370です」
「ほう。たった五年でそこまでのレベルになるのか。一体どういうわけだ?」
「私は分身を作り出すことができるのですが、今その分身たちを百体ほど世界各地に散らばらせてレベリングをしております。そのおかげで、彼女たちが得た経験値は全て本体である私に集約されますので、レベルの上がり方が圧倒的に早いのです。400に届くのもそう遠くはないかと」
「ふむ、なら、しばらくはお試しということで、それなりに強くなったら本格的に採用するか。場合によっては私の騎士に加えてもいい」
「騎士というのは、七色騎士のことでしょうか?」
『私の騎士』と言われれば直属の騎士ということで、アリシアの頭には先ほど聞いた七色騎士が浮かんだ。
「あぁ。もっとも、お前が加われば八色騎士となるがな」
「ありがとうございます」
アリシアは表情では何でもないようにしているが、魔王に認められたことに心底ほっとしていた。
「それで、寝返ったとはいえ、人族の家族の方は良いのか?」
「それなら大丈夫です。向こうには分身を残し、死なせておきました。両親はその死体をもう発見していますので、向こうでは私はすでに死んだことになっています」
「準備が良いな」
「さっきの分身はそういうことだったんだね」
魔王とテルシーはアリシアのしたことに感心していた。そこまでの行動をして外堀を埋めてしまっていた五歳に、空恐ろしくなった。
「なら、この王城にお前の部屋を用意しよう。幸いなことに部屋は余るほどにある。テルシー、連れていけ」
「はい、ありがとうございます」
「そう言えば、しっかりとは名乗っていなかったな。これからお前の主となる、魔王のアレスト・ヴィンドルだ。よろしく頼むな」
「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」
この時から、アリシアの魔族側での生活が始まる。過去の戦争でも、魔族側に寝返った人族はいないという。
つまり、アリシアが史上初めて魔族に寝返った人族となったのだ。
そのことに人族は何も気付かぬまま、静かに時が流れる。