5 土竜
アリシアの言葉で、テルシーから漏れる気配が一気に濃密になった。周囲にいたはずの魔物たちが一斉に遠ざかっているのを感じながら、アリシアは気配に含まれる殺気を正面から受け止める。
「あなたは、一体何を言っているのかな?」
見た目が五歳の子どもに向ける殺気ではない、とアリシアは思いながらも、それだけのことを言ったのだということを理解した。
「言葉通りです。魔王に会わせていただきたいのです」
「それは一体何故?」
「……今から言うことは冗談ではないのですが」
と、一つ入れておく。アリシアは自分の発言がどれほど馬鹿げているのかわかっているが、それでも冗談ではなく、本気でそうしたいのだ。
「……私は魔族側へと寝返ろうと思うのです」
「は?」
「いえ、そもそも人族側という認識は初めからありませんでしたから、主観的には寝返りとは違うのでしょうか。言うなれば、魔族側に合流したい、ということですね」
「それは本気で言ってるのかな?」
テルシーは拍子抜けしたのか、発せられる殺気が少しだけ弱まった。
「本気に決まっているでしょう。あなたほどの相手に冗談でこのようなことを言う人はいませんよ。私の言ったことは、全て本気です」
「……私も目が曇ったのかしら。五歳の女の子の言ってることが冗談に聞こえないんだよね」
「冗談で言っていませんから」
「そう。なら、少し試してみていいかな?」
「ん?」
発せられていた殺気の圧力が、広く重いものから鋭く突き刺さるようなものへと変わった。
(まぁ、こうなりますよね)
アリシアは先手を取るべき、テルシーを中心に十体の分身を出した。
『《加速》』
十体のアリシアが全て急加速し、テルシーへと襲い掛かった。まずはテルシーを抑え込むために接近戦を仕掛ける。
しかし、アリシアたちの拳や蹴りが命中しようとも一切ダメージが入っている気配がない。《時の魔眼》で体力を確認してみると、思わず笑みを浮かべてしまった。
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体力:20013/20013
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体力が減っていない。全く通っていないわけではないが、防御力が高すぎてあまりダメージにならず、その分は《体力自動回復》で全て回復されてしまう。
(これは、近接攻撃では話になりませんね)
アリシアたちはテルシーを中心に一定の距離を取り、魔力を使った弾丸、魔弾を連射する。
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体力:19678/20013
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テルシーは物防よりも魔防の方が高いとはいえ、アリシアも物攻よりも魔攻の方が高い。そのため、少しはダメージが入っていることに内心でホッとするアリシアだが、テルシーがこのままやられっぱなしなわけがない。
「《土竜降臨》」
テルシーが杖をカツンと地面に打ち鳴らすと、周囲の地面が盛り上がる。そのせいでアリシアたちはテルシーから退けられ、さらに距離を取らざるを得なくなる。
その間に、盛り上がった大量の土や岩で形作られて行く。
作られていくそれがあまりにも巨大で、アリシアたちは驚きの表情で見上げる。大きな影を作りながら完成したそれは、まさしくドラゴンの姿だった。思わず《時の魔眼》を使ってステータスを見る。
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土竜
主:テルシー・イフシュ
種族:土竜
属性:地
レベル:350
体力:20000/20000
魔力:5000/5000
物攻:10000
物防:15000
魔攻:7500
魔防:13000
俊敏:30
スキル:ダメージ軽減10
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(こんなものをあっさりと作り出すのはおかしいのでは……いえ、厳にできているのですから、これが魔族の実力ということですか)
アリシアはさらに二十体の分身を出し、全部で三十一体で取り囲む。
その瞬間、土竜の体が回り、それに一拍遅れて尾が振られてきた。
最初のアリシアは一番遠くにいたために距離を取ることはできたが、残り三十体はそうもいかない。一人がもう一人を空中に放り投げて範囲から外すものの、残りは尾の攻撃をくらってしまい、霧散する。
だが、そのことは気にせず、残った十六体は魔弾を放つ。
『《レギオン》』
無数の魔弾を一斉に放つ。しかも、放ちながらさらに次々と分身を作り出し、その分身たちも《レギオン》を放ち続ける。
止まるどころか勢いは増していくばかりで、仕舞いには百を超える分身から攻撃を受ける土竜の体力は凄まじい勢いで削られて行く。
そんな中でも土竜は攻撃を仕掛けるが、また同じ方法で半分以上は生き残り、そこからまた分身を増やして先ほど以上の攻撃数となる。
アリシアは別に土竜に対して何かの対策を取って何かを考えながら攻撃しているわけではない。ただ純粋に数の力で押していく。
その数の力に対して土竜は何もできず、体にヒビが入り、そのヒビは広がっていき、最後にうめき声を上げて体は崩れた。
「……こんなやり方で勝利するなんて……想定外だね、これは」
土竜が崩れるさまを見ながらそう呟くテルシーに、アリシアたちは魔弾を構える。
(この数の分身から攻撃を受けると、さすがに本気でやらないとまずいかな)
テルシーはため息を吐いて、放出していた殺気を仕舞い込んだ。
それを確認すると、アリシアは百以上の分身たちを霧散させる。
「これで私は合格ですか?」
「……実力は認めないとね。まぁ、魔王様に会うことになっても、その魔王様が君を気に入らなければ、君はそれまでなんだけどね」
「ありがとうございます」
ここで合格にしてもらわなくても、アリシアは無理矢理にでも魔王に会いに行くつもりだったので、ラッキー程度に思っていた。
アリシアは分身を一体だけ森の中に出して、踵を返して歩き出すテルシーの後ろから付いて行く。
分身を一帯だけ残すのは保険のためだ。
テルシーはアリシアへ振り返ると、不意に尋ねた。
「そう言えば、君は本体なのかな?それとも分身?」
その質問に、アリシアは意味深な笑みを浮かべる。
「さぁ、どちらでしょう?」
ドスッ!
何の前触れもなく、地面から打ち出された杭にアリシアの体が貫かれると、その体は後ろへと倒れ、霧散した。
「いきなり過ぎますよ」
テルシーが振り返ると、そこには無表情のアリシアが立っていた。
「どうせ、君も分身でしょ?本体を決して晒さないんだね」
「それが私ですから」
テルシーはアリシアに気味の悪さを感じながらも、何も言わずにまた歩き出す。アリシアは黙ってその後ろから付いて行った。