4 魔族
ステータス開示の日に、アリシアはその儀式は受けるつもりでいた。元々魔眼さえあれば必要はないことではあるが、不必要な行動をすることもないと考えている。
もうすでに正装には着替えていて、声がかかるまで窓際から外を眺めていた。辺境ということもあって、空気はおいしく、すぐ近くには森が広がっていた。
森には魔物が数多く生息していて、ガルドやミリアがたびたび討伐に向かっているのをアリシアは何度も目にしている。そのため、ガルドたちが分身と出会わないように、アリシアはこの森で分身を放ったことはなく、森に住む魔物たちがどの程度の強さなのかを把握していない。
しかし、たかだか数人の冒険者に森の魔物の管理が任されるということは、そこまで強力な魔物はいないのだろうと、アリシアは考えている。
(それにしても、普通の子どもたちはこのステータス開示の日が楽しみなんでしょうね。ここまで空気が騒いでいるのがわかります)
アリシアと違って、普通は魔眼など持っている人はいない。そのため、ステータス開示できるようになるのは、子どもたちにとっては一大イベントなのだ。
もしここで隠れた才能があれば、という淡い期待を込めているのだ。
隠れた才能という意味では、今のアリシアのステータスは才能だけでは済まされない化け物っぷりだが、アリシアはそのステータスをそのまま晒すつもりはなかった。
アリシアの持つ《隠密》のスキルは、《ステータス隠蔽》を含んでいて、それを使えば教会でのステータス開示くらいなら問題なく回避できる。
そのため、アリシアにとっては何もドキドキはなく、むしろとっとと早く終わってほしいと思うものだった。
早く呼びに来ないか、と待っていると、アリシアは不意に不思議な気配を感じ取った。
(これは……この辺りでは珍しいですね。一体どういう用なのでしょうか?)
その気になったものは、ステータス開示などよりもアリシアの興味を引くもので、すぐに《隠密》を発動して、誰にもバレずに屋敷を抜け出して森に入って行った。
メイドが部屋に入ってきて、アリシアがいなくなっていることに気付いたのは、それから五分ほど経った後であった。
隠密を発動させたまま森の中を歩いて行くアリシアは、ここまでに何度か魔物とすれ違った時に《時の魔眼》を発動させ、図らずもこの森に住む魔物の強さを測ることができていた。
ほとんどの魔物のレベルが50前後で、高いものでも100には届かない。この分なら、魔物には大しては隠密すら使う必要もなく、向こうから避けていくだろう。強者の匂いをかぎ分けるのは、獣の方が得意分野だ。
ただ、問題なのは今森の中に入っている相手。気配が人族とは異質で、アリシアはそれを面白いと感じていた。
レベルが300を越えたあたりから楽しめそうな相手に巡り合えてなかったので、久しぶりの強者の匂いに、アリシアはいつもの無表情からうっすらと笑みを浮かべた。
森の中心部分に近づくにつれて気配は強くなっていって、それに従ってアリシアの中に、すぐに会いたいと焦る気持ちが表れていった。
そして、ついに杖を持つその人物が視界に映り、すぐさま《時の魔眼》を使ってステータスを覗き見た。
すると、アリシアは嬉しさのあまり笑みを浮かべていた。しかし、それは獰猛な笑みではなく、どこか安心するような笑みだった。
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テルシー・イフシュ
年齢:276
種族:魔族
性別:女
ジョブ:地術士
属性:地、無
レベル:405
体力:20013/20013
魔力:30098/45689
物攻:50
物防:10098
魔攻:20987
魔防:25609
俊敏:4765
スキル:地に愛されし者
物防上昇10
魔攻上昇10
魔防上昇10
体力自動回復10
魔力自動回復10
魔力上昇10
魔力察知10
魔力隠蔽10
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(……種族が魔族なのは良いとして、ステータスが異常ですね、これは)
基本的には魔法職は耐久力がないと思われており、だからこそ前衛の助けなしには戦いづらいのだ。
しかし、魔族のステータスを見る限り、テルシーという魔族は単独で要塞のような防御能力を誇り、魔攻も純粋な魔法職と言えるほどに高い。
少なくとも、アリシアが同じくらいのレベルに到達したとしても、テルシーほどの魔攻にはならないだろう。
それに比べて物攻が異常という言葉では生温いほどに低いのだが、それはおそらくスキルのせいだと考えられる。
『地に愛されし者』
地属性を持つものに稀に与えられるスキル。物防と魔防を大きく上昇させ、魔攻も上昇させる。その代わり、物攻が大幅に下がる。
物攻がいくら低いとはいえ、それを補って余りあるほどに強いことは一目瞭然。その強さはアリシアが感じる気配に偽りなく、そのことに安心していた。
アリシアはこそこそと隠れるのはやめ、《隠密》を解除してテルシーの元へと近づく。
元々、テルシーに気付かれているのは《気配察知》で何となくわかっていた。テルシーから視線のようなものを先ほどから感じていたのだ。
テルシーは目を閉じて天に顔を向けているが、ステータスの魔力が減っていることから考えて、探査系の魔法を使っていたことが推測できた。
アリシアがちょうどテルシーと話ができる程度にまで近づくと、テルシーは目を開けてアリシアの方へ向き直った。
アリシアは初めて魔族を見て、その姿が異形の者だと言われる訳がわかったような気がした。言葉通り異形で、人よりも魔物の方に姿が近い。
ある書物では魔族のことを人型の魔物と書かれているが、事実かどうかはともかく、表現はその通りだと、アリシアは思った。
「おやおや、まさかこんなに小さな子どもがこんなところまで来るなんて。本当にあなたは人族なの?」
「種族上は人族で間違いないですよ。ただ、そう単純なものでもないでしょうけど」
「ん?それはどういうこと?」
テルシーの瞳が怪しく光り、アリシアは変な回答をしたら殺そうとしてくることを察した。しかし、それでも言うことは、変なことなのだ。
「単刀直入に言わせていただきます。あなた方の主、魔王に会わせていただきたいのです」