閑話 《不老》のダンジョン3
「ここが終点のようですね」
アリシアはこれまでよりも大きく豪華な扉を見上げる。ここは百二十層目。霧が良いのは百だったが、その時は最後の感覚はしなかった。
しかし、今回は気配が言っている。今までのボスと比べて、明らかに桁が違う。
「さて、初攻略を目指しますか」
扉に手を置き、ゆっくりと押し開く。これだけ大きな扉でも、開くのに力はいらない。厳かに開くその向こうから見せる光に、アリシアは一瞬目を細め、中に入って行く。
そして、見た。
その部屋に居座るラスボスを。
「これは……部屋に飾りたいですね」
部屋の中で待っていたのは漆黒の竜。その姿の勇ましさに思わず声が漏れるが、竜が動き出したことでアリシアは気を引き締めた。
「さぁ、もう一仕事しましょうか」
先に仕掛けたのは竜が先だった。
噴き出してきた黒いブレスを横に避け、反撃する。
「《スドドン》」
魔弾の連射が竜の鱗に直撃するものの、虚しく弾かれる。固い防御力にアリシアは感心するように目を見開いた。
このダンジョンに入ってから、アリシアは《時の魔眼》を一度も使っていない。別に使えなくなったわけではないのだが、魔眼に頼り過ぎな戦い方をすると、数値上での戦いしかできなくなる。
元々、この世界では相手のステータスを覗ける人は相当少ない。その中で戦うたびにステータスを覗く癖がついてしまうと、ステータスだけで全てを決めてしまいかねない。
誰かに言われたわけではない。アリシア自身が考えたことだ。
アリシアは魔法が強力であるため、その分レベル500にしてはステータスは低い方だ。だからこそ、ステータスの差だけで全てを決めるようなことはしてきていないが、弱点になりそうなことは作りたくはなかった。
ただ、ステータスを覗かなくても、以前テルシーが出した土竜よりも明らかに強いことはわかる。
(一筋縄ではいきませんか……)
先ほど地面に吹き付けられた黒いブレスは地面に残り、ゆらゆらと揺らいでいる。
「黒い炎……嫌な予感しかしませんね。早めに決着させましょうか」
アリシアはこのダンジョンで使ってこなかった《時分身》を使い、竜の周囲を分身で固める。
『《バン》!!』
連射ではダメージは与えられない。そのため、一点集中の魔弾を使う。それが全方位。急に分身が現れたことで動揺したのか、竜が周囲を見渡している間に魔弾は命中した。
「ギシャァァァ!!」
今度こそ鱗にひびが入り、そこから血が噴き出す。
だが、痛みに暴れ、尻尾を振り回す竜の攻撃に分身たちは悉く散る。以前の土竜の時は分身同士の連携で躱せたが、ボス部屋は狭いし、土竜に比べて漆黒の竜はスピードが速い。
残っているのは本体のアリシアだけだ。
「くっ……分身だけでどうにかなるほど、今回は楽ではありませんか。まぁ、それくらいでなければ攻略し甲斐がありませんしね」
数をそろえれば攻略できるダンジョンに挑んでいたわけではなく、アリシアは安心した。
そして、なかなか使うことのなかった《時の魔力》を全開で使うことにした。その魔力にアリシアの服が反応し、体全体がうっすらと虹色に輝く。
「《クロックダウン》、《ダウンフォール》、《エリアドロップ》」
《クロックダウン》、《ダウンフォール》で竜の速度を下げ、《エリアドロップ》で部屋全体のアリシア以外の生物、つまり竜の速度を下げ、対照的にアリシア自身の速度を上昇させる。
この三つだけで、竜の速度が十分の一以下にまで下がる。そしてそこにダメ出しをする。
「《アクセル》、《クロックアップ》」
二つの時の魔法でアリシアの速度を、素の状態から五倍ほどに上昇する。その差はもはや圧倒的。竜の動きは見てから余裕で反応できるほどに遅く、アリシアは攻撃してくる竜への反撃は何十倍にもなる。
「《ズドン》、《ズギャン》、《バン》、《ズガン》」
分身で攻撃するよりも、手数が増え、しかも先ほどよりも攻撃の威力が上がっている。それは本気を出したこともそうだが、アリシアの着る服も関係がある。
服に使っている糸は体全体に纏うことで、体全体の魔力の通りを良くし、魔法を強力にしている。
ここから分身を使って攻撃手数を十倍以上に増やすこともできるが、分身を使うのを先ほど封じている。
そもそも、本気を出した今、わざわざ分身を出して集団戦しかできなくなってしまうのは、アリシアが個人戦に弱くなる。
「まぁ、これ以上は負ける気がしませんがね。そろそろ決めに行きましょうか、《クロックバレット》」
アリシアは自分の体にエンチャントする。
「《バン》、《ズガン》、《ズガガガン》、《ズドン》、《ドカン》」
アリシアの高速の攻撃が命中するたびに、ただでさえ遅くなっていた竜の動きがさらに遅くなっていく。そして遅くなるから攻撃は当たりやすくなり、そしてまた攻撃は当たり、竜の動きは遅くなる。
そして、遅かった竜の動きは遅く、だんだん止まっていき、仕舞いには竜の動きは止まってしまった。
「ふう……ようやくですか。百二十発。やはり竜というだけあって、停止するまで時間がかかりましたね。人族なら三発、魔族なら十発くらいで済むんですが。とは言え、同じ八色騎士の彼らなら百二十発でも停止することはないでしょうけど、っ!?」
竜が吐き出した黒い炎はいつの間にか部屋の三分の二を覆いつくしていた。
問題なのは、その黒い炎が接触している尻尾の先が動いているように見えた。アリシアの魔法は一ヶ所に当たれば、体全体に作用する魔法だ。どこか一ヶ所だけ効果がないということはない。
つまり、魔法の効果が一部だけ解けている。
「もしかして、あの黒い炎、魔法を無効化する効果があったり……それだけとは思えないですけど、実際に魔法が無効化されかかっているのは事実。これは速攻で決めないといけませんね」
アリシアは竜の頭に人差し指を向けると、魔力を集中させる。ここまで使ってきた『魔銃技』の中で最高の威力。
「《ドッガン》」
これまで鱗にひびを与える程度の攻撃だったが、この攻撃は喉元から竜の頭を突き抜け、天井にぶつかり、穴を開けた。
そして、アリシアは竜の時間が終わったことを感じ取り、この戦いの中でかけていたすべての魔法を解除した。
すると、周囲との感覚が揃っていくように感じ、正常に戻って行く。
竜は地面に倒れ、粒子となって消える。残った魔石を回収すると、部屋の奥の扉に向かって歩き、中に入る。
そこには台座が一つあり、そこにアリシアは手を置く。
すると、正面に文字が浮かんできた。
『《不老》のダンジョン、初攻略おめでとうございます。報酬として、エクストラスキル《不老》を獲得できます。獲得条件は、エクストラスキルを一つ破棄すること』
この文章を見て、アリシアはこのダンジョンに来る前にレーヴァントと話していたことを思い出した。人族と魔族の寿命の違いを言っていたが、それをこのスキルはなくす。
その代わり、エクストラスキルを一つ捨てなくてはならないが、生き続けることと比べれば、スキル一つを捨てることくらいどうでもよかった。
(では、《叡智の書》を捨てることにしますか。このスキル、小さい頃は色々学習することに使えましたが、最近ではすぐに知識を得られてしまうので、邪魔に思ってました。いい機会ですね)
そして、アリシアは自分の中から何かがなくなり、何かが入って行くのを感じた。
こうして、アリシアはエクストラスキル《不老》を手に入れ、十五歳の頃から見た目は一切変わることはなくなった。