閑話 《不老》のダンジョン1
魔王の配下となってから十年経ち、アリシアは十五歳となった。レベル上げも順調に進み、今ではもう500レベルにまで到達していた。
もうすでに八色騎士の一員となっていたが、正式な発表はまだ先であるため、アリシアの存在を知る魔族は魔王軍にはまだほとんどいなかった。
そのため、アリシアが通る場所はあまり人は通らない。通るとしても、アリシアのことを知っている魔族だけだ。
そして、今日も散歩していたら、ちょうど正面から見慣れた魔族が歩いてきた。血のように赤い鎧を着て、体の所々から炎が噴き出している魔族だ。近寄ると少し熱い。
「よお、アリシア。ちょうどいい。暇だから俺と戦わねぇか?」
「……会うたびにそう言ってきますね。それでついこの間戦ったばかりでしょう?」
「結局決着がつかなかったじゃねぇか。あの時の続きだよ」
「あの時決着がつかないのなら、どれだけやっても無理ですよ。あれ以上の力でやれば、私もあなたも周囲への被害がひどいんですから。特にあなたは実戦以外で本気を出していいわけがないじゃないですか」
「ちっ、そんなの他の奴らが弱っちいから巻き込まれるんだろうが。その程度の奴らなら、どうせ人族にもやられる。そんな奴らのことを気にする必要はないだろうが」
「そう思うのは勝手ですが、あなたの部下であろうと同時に、彼らは魔王様の部下ということにもなるんですから、少しはちゃんと考えてくださいね」
弱い部下のことを苛立たしげに話すその男は、八色騎士の一人、《赤》のレーヴァント・スルナム。八色騎士の中で最強と言われている魔族だ。
最悪、レーヴァンと一人でも、うまくやれば人族壊滅まで追いつめられるかもしれないほどだ。
もっとも、レーヴァンとの本気はアリシアが推測したもので、実際にアリシアが目にしたことはないのだが。
アリシアも戦えば、負けることはない。そもそも本体が無事であれば何ともないのだから、本体を安全な場所に隠して分身だけで戦わせれば、何も問題はない。
しかし、負けなくとも、勝てるかどうかとなると非常に難しい。
この間戦った時も、最後までレーヴァンとの圧倒的な攻撃力に対処しきれず、分身たちを相打ち前提の攻撃しかさせられなかった。殺し合いでもないのにあれほどひやひやする戦いは、アリシアは初めてだった。
「まぁ、いいか。今回は魔王様に呼ばれているし、戦うのは今度な」
「戦うのが前提なんですか」
「だって、お前、戦うの好きだろ?」
「あなたほどではありませんし、それに魔族と戦ってもモチベーションがあまり上がらないんですよ」
「そういう所、ホントに人族らしくねぇな」
「言いたければお好きにどうぞ」
「はぁ……お前が魔族だったらもう少し楽しめたんだがな」
「ん?ですが、私がこういう性格になっているのは、人族だからこそですよ。魔族だったら、ここまでは思わなかった可能性があります」
アリシアが面白いと言うレーヴァンとだが、そう思わせているのは、人族なのに人族を敵に回すことに全く躊躇がないところだ。それは魔族が恐ろしく、魔族と人族が争うことになった時に生き延びたいから、などという憐れな理由は何一つもない部分を、レーヴァンとは気に入っているのだ。
そして、だからこそアリシアが純粋な人族であることが悔やまれる。
「寿命のことだよ。精々長くても七十年程度しか生きられねぇだろ、人族は?」
「もう少し短いですね。長くて六十年ほどでしょうか。もちろんそれよりも長い人はいるでしょうが、そうそういません」
「どっちにしても大差ねぇよ」
「魔族からしたらそういうことですか。まぁ、確かに私も今の感覚が終わるのが六十年位何てつまらないとは思っていますが……考えておきますよ。やろうと思えば何とかなりそうですし」
「何とかなりそうって、一体何をするつもりだよ?」
「さぁ?その時になったら考えます」
アリシアは時間を操る魔法が使える。それを使えば、可能性がないわけではないだろう。人族との戦争が終わったら、そのことについて研究するのも悪くないと考えていた。
「それより、魔王様に呼ばれているんでしょう?時間にルーズなのはいつものこととはいえ、待たせ続けるのもどうかと思いますよ」
「その時はお前と話していたって言って、何とかするわ」
「巻き込むのはやめてください。話しかけてきたのはそちらなんですから」
「はははっ、話してしまえば関係ねぇな」
「……本当に巻き込まないでくださいね」
アリシアがそう言うと、レーヴァンとは笑いながら歩き去っていった。そしてようやく周囲が静かになり、アリシアはため息を吐いた。
「さ、仕事仕事」
アリシアがこの魔王軍の中で任されている仕事は情報収集だ。いくら強大な力を持つ魔族とは言え、無策で人族や他の種族と事を構えるほど無能でもない。
彼らが欲しているのはただの勝利ではなく、他の種族を完膚なきまでに叩きのめす、圧倒的な勝利だ。そのための情報収集。
幸いなことに、アリシアは純粋な人族だ。人族に入り込むのは簡単だし、他の種族に対しても、接触するのは魔族よりも簡単だ。
見た目も人族の基準の中でも十分に綺麗だ。特に銀髪は太陽の光に反射してキラキラとする。髪が長ければもっと綺麗に映っただろうが、アリシアは長い髪を面倒に思っているため、いつもショートカットだ。少し伸びたらすぐに切るようにしている。そうしなければ、先送りになっていつかは伸びてしまいそうだからだ。
「さて、では今日も行きますか」
アリシアは手続きをして魔王城から出ると、そのまま影に沈み込み、人族の国に待機させている分身の影まで飛び、その影から出る。
「ありがとうございます」
そう言って、アリシアは目の前の分身を消す。
本体や分身たちの影は一つに繋がっている。そのため、行きたい場所に分身を配置しておけば、このように一瞬で移動できる。
本来なら魔王城から出て使う必要もなく、自分の部屋から使えばいいのだが、魔王城から出たという記録がないと後々面倒になることもあるので、そこはしっかりとしている。
アリシアがいるのは、昨日取っておいた宿だ。一週間分の宿代はもうすでに払ってあるため、安心である。
「ひとまずギルドに向かいましょうか」
そう言って、アリシアは宿を出て、近くに冒険者ギルドまで向かった。