10 危険
リヒト、レミア、ゴンダスの三人は、早朝から出かけ、数日かけて故郷に戻ることができた。ゴンダスは話し合いの後帰る予定は決まっていなかったので、馬車には帰ってもらうことになった。
そして、屋敷での出迎えの後、応接室での近況報告となったのだが、そこにはラインセル家以外の人物が先に待っていた。
「久しぶりね、ゴンダス」
「元気にしてましたか」
一人は金髪碧眼の細い女性で、クミニ・ナーガと名乗り、もう一人の黒髪黒目の男はヘルガ・ミュレイと名乗った。
今この屋敷にいるガルド、ミリア、ゴンダス、クミニ、ヘルガの五人は昔は同じパーティで活動していたのだ。そのため、今回の話し合いで再集合ということになった。
「魔族が散発的に目撃されていることから、やはり魔族の侵攻が始まってきていることは確実だ」
部屋の中が重い空気になり、ガルドが話し始めた。
「冒険者組合の方でも、魔族に探りは入れているんだろ?」
ガルドはゴンダス、クミニ、ヘルガにそう尋ねると、三人とも頷いた。
昔は同じパーティーであった三人は、今は別々の支部で活動していて、それぞれの支部でトップ冒険者となっている。
「ただ、あまり期待はできないな」
「こっちもよ。そう簡単にいくなら、魔族とは決着がついていてもおかしくないもの」
「ですね。申し訳ないですが、調査に向かった方々は無理かもしれません」
三人の言葉に、レミアは青ざめた顔になる。そんなレミアに、ミリアは優しく声をかける。
「ミリア、覚えておきなさい。これからたくさんの人たちが犠牲になるの。もしかしたら、こちら側の全滅だって起こりうるかもしれない」
ミリアの言葉に、ガルドたちは頷く。それほど魔族との戦いは厳しいものになるとわかっているのだ。
「魔族の強さは私たち人族をはるかに上回るわ。一対一で戦うのはほとんど不可能と言っていい。でも、私たちはやり遂げなくてはならないの。人族が生き残るために、可能な限り犠牲は少なくしたいけど、少なからず必要な犠牲は出るの。それを理解しなさい」
「は、はい」
伝わってくる言葉が重いもので、レミアは落ち着かないが、言いたいことは理解できた。悲しいことに、戦いにおいて、より強い者を生き残らせる、ということになることはある。
そして、レミアは自分が人族の中で強い部類に入ることを知っている。つまり、自分たちのために死ぬ人もいることを自覚し、理解しろということだ。
「あなたもよ、リヒト。特に、あなたは特別なんだから」
「……わかってるよ、母さん。でも、僕なら大丈夫。そんなこと、ずっと前からわかってる」
リヒトは拳を握りしめた。その姿に、ガルドとミリアは不安げな視線を向ける。
二人とも、リヒトが異常なほどに魔物や魔族に執着していることも、その理由も理解していた。その気持ちを理解できるため、二人とも強くは言えなかった。
しかし、この場にいるのは家族だけではない。
「ねぇ、ゴンダス、この子っていつもこんな感じなの?」
「まぁ、そうだな。俺も気にしてはいるんだが、これまで大した問題に放ってないんだよな。精々、魔物を大量に狩りまくって、他の冒険者に影響が出そうになったことくらいか」
「それ、十分に問題じゃない」
「注意したりはしなかったんですか?」
「できたら、今こんなことにはなってないだろ?」
「それもそうですね」
ゴンダス、クミニ、ヘルガの三人で話し合い、あることをすることに決めた。
クミニが急に立ち上がり、リヒトに向かって言う。
「リヒト君、だったわね。今から私と決闘しない?」
「へ?あの、それは良いんですけど、どうしてですか?」
「今のあなたはとにかく、危ない気がするのよね。このまま魔物や魔族討伐とかはさせたくないのよ。だから、ひとまず叩き潰そうかなって」
「たぶん、俺の方がレベルは高いんですけど……大丈夫ですか?」
「むしろあなたの方が自分の心配をしなさい。レベルが低かろうと、勝てないわけじゃないんだから」
「……わかりました。それでは、庭に出ましょう。父さんも母さんも良いよね?」
ガルドとミリアが頷くのを見て、リヒトとクミニは部屋を出て行き、他の人たちもその後に続いた。
庭に出ると、リヒトは昔のことを思い出していた。この庭で、リヒトはアリシアの敵を討とうと毎日のようにガルドに特訓してもらっていた。その特訓は、ガルドですら途中で止めようとするほどだったが、リヒトはその言葉には一切耳を傾けなかった。
勇者という特別なジョブを持ち、ステータスも同レベルの中では最高クラスのスペックを持っていたために、それらの無理もどうにかできてしまっていた。
その場所で今度は実際の決闘をするというのは、魔族侵攻の前に自分自身を再確認することができる思い、リヒトの気合は十分だった。
「それじゃ、決闘は実剣でやりましょう。寸止めにして、審判は……ガルドにやってもらいましょう」
「わかりました。僕はそれで構いません」
二人とも腰から剣を抜いて構える。リヒトが片手剣なのに対して、クミニは細剣だった。
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クミニ・ナーガ
年齢:28
種族:人族
性別:女
ジョブ:細剣士
属性:水、無
レベル:243
体力:9478/9478
魔力:465/465
物攻:2598
物防:1523
魔攻:985
魔防:1343
俊敏:6992
スキル:細剣技5
物攻上昇4
魔攻上昇3
神速7
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そして、ガルドは二人を交互に見て、準備ができたことを確認すると、片手を振り上げ、振り下ろす。
「始めっ!」
その言葉と同時に、クミニはリヒトに向かって駆け出し、細剣を突き出す。高速で、しかも連続で繰り出される突きは、相当レベルの高いものだった。リヒトでも、少し前だったら捉えきれなかったかもしれないほどの攻撃だ。
しかし、今のリヒトなら全てが見えている。見えているのだが。
「くっ……」
見えていても、体の方が付いて行かない。ステータス上の身体能力はリヒトの方が上のはずなのに、リヒトはクミニの攻撃を凌ぐのに精一杯。防ぐ以外はできない。
「どうして……」
リヒトが焦り、つい防御が甘くなり、刺突が頬をかすめる。これ以上はまずい、とリヒトは気を引き締め直す。
しかし、一度崩れたリズムを元に戻すのは、怒涛の攻撃の前には難しかった。徐々に捌き切れない攻撃が増えてきて、リヒトの剣が弾かれ、体が大きく開く。
(あぁ、負けた……)
そう直感し、クミニの切っ先がリヒトの喉元へと伸びていった。