第九話 死の手先の進化
洞窟に帰って、テーブルの上に金貨を置くと、ラーシャが現れた。
ラーシャは椅子に座って、機嫌よく声を掛けてくる。
「どうやら、うまく、浜にあった難破船から財宝を回収できたわね」
「何か、見ていたような口ぶりだな」
「そんなことは、どうでもいいでしょう。それで、レベル・アップをするの?」
「頼む。もう、モンブラン島にはいたくない」
ラーシャが金貨に手を翳すと、金貨五枚を残して、金貨が消えた。
「金貨にして四十枚。銀貨換算で四千枚あるから、レベル・アップをしてあげるわ」
キルアの体が熱くなると、体が上に引っ張られるような感覚がした。
背中がむずむずする。フロック・コートを脱いで、羽を意識する。大きな羽が広がるのがわかった。
「よし、これなら長時間、飛べそうだ」
羽に意識をやり背中に収納して、フロック・コートを着る。
ラーシャがテーブルに手を翳すと、四枚のカードが現れた。
四枚のカードには、簡単な説明が書いてあった。
メジャー・デーモン……下級悪魔を率いる中位悪魔。下級悪魔はここで卒業。
骸骨デーモン……骸骨の形状をした悪魔。魔法が得意。
決闘デーモン……一対一では無類の強さを示す悪魔。
海戦デーモン……船を操り無数のアンデッドを従える海の悪魔。
ここまで進化してきた、死の何とかシリーズがなかったので尋ねる。
「死の何とかが、ないな。どうしてないんだ?」
ラーシャが澄ました顔で、おざなりに教える。
「派生進化先は行動で決まるから、何とも言えないわ。でも、似た系統の骸骨デーモンが出ているから、死の何とかが好きなら、そっちを選べば」
「骸骨デーモンの飛行能力って、どうなんだ?」
「五レベル悪魔は魔力で飛ぶから、戦闘がなければ、二十時間以上は飛べるわよ」
「海戦デーモンの説明に『船を操り~』の記述があるけど、選ぶと、船は貰えるのか?」
ラーシャが鼻で笑って、傲岸に告げる。
「何を馬鹿な戯言を、ほざいているのよ。船は自分で手に入れるに決まっているでしょう。もっとも、もうすでに船は持っているようだけど」
すぐには思い当たらなかった。
「難破船のことか?」
「違うわよ。それよ」とラーシャは呆れた顔で木箱を指した。
木箱の中を開けるが、白い玉しか入っていない。
「これが、船? 白い玉にしか見えないぞ」
ラーシャが素っ気ない態度で説明する。
「それは、魔法を覚えるための宝珠よ。それを額に当てれば、魔法を使えるようになるわよ」
「簡単でいいな。デメリットとかはないのか?」
ラーシャが知的な顔で教示する。
「悪魔や人には、魔法許容量ってのがあるのよ。だから、魔法容量を超えて、無制限に魔法を覚えられはしないわ」
「俺の魔法許容量って、いくらだ?」
ラーシャは穏やかな顔で、すらすらと語る。
「普通のレベル五の悪魔の魔法許容量は二十五ね。ちなみに、船を呼び出す魔法に使用する魔法容量は二十五よ」
「これを覚えたら、他の魔法はレベルが上がるまで一切、覚えられないのか?」
ラーシャは、軽い調子で告知する。
「そうなるわね。強い魔法と特殊な魔法ほど、魔法容量は大きくなる傾向にあるわ」
「魔法の詳細が気になるな。詳しくわからないか?」
ラーシャが表情を柔らげて提案した。
「いいわ。長い付き合いになるかもしれないから、貸しってことで、教えてあげてもいいわよ」
「わかった。教えてくれ」
ラーシャが真剣な顔をして、白い宝珠を手に取る。
「魔法の名前はサモン・シップ。異空間から魔法の帆船を出し入れする魔法ね。船の大きさは三十五m級、右舷と左舷に、それぞれ三門ずつの魔道砲を装備しているわ」
船は嬉しいが、問題点もある。
「三十五m級か。一人で動かせるのか?」
「魔法の船は使用者の手足のように動かせるわ。帆の上げ下げから、舵の操作、魔道砲の発射まで、キルアの意思一つでできるわよ」
「船が壊れたら、どうするんだ」
ラーシャは、うんざりした顔で突き放すように話す。
「船大工にでも直してもらえば。もっとも、魔法の船だから、そう簡単には行かないでしょうけど」
「ちなみに、売ったらいくらだ?」
ラーシャが苛っとした顔で邪険に告げる。
「私は魔法屋じゃないから、わからないけど。金貨百枚くらいでしょう」
「何か凄い魅力を感じる魔法だな。わかった。俺は海戦デーモンになる。それで、サモン・シップを覚える」
キルアの体が紫に光る。キルアの体は、鮫のような肌を持つ青い人間の体になった。
「海戦デーモンって、人間に近い形態なんだな」
ラーシャが鏡を出して見せてくれた。
肌と髪が青い以外は『死の奴隷』の時に変身できた時と同じで、人間の顔があった。
背中に意識をやると、羽は出し入れできたので、飛行能力は失ってなかった。
ラーシャがそろそろ飽きてきたのか、事務的に説明する。
「外見は人間に近いけど、身体能力は、五レベルの謀略系悪魔と変わらないわ」
「海戦デーモンと呼ばれるけど、戦闘系より弱いのか?」
「代わりに泳ぎが早くなって、五分間は呼吸を止めたまま全力運動できるわよ」
「戦闘能力が落ちた分、水中での行動が有利になるのか? それなら、いいか」
ラーシャが、早く仕事を終えたそうな顔で告げる。
「悪魔神様から貰えるギフトね。一つは『船体修理』よ。船が受けた傷を、自動で修復できるギフトよ」
「いいね。サモン・シップと組み合わせれば使い勝手がいい。異空間にあっても、修理されるんだろう」
ラーシャが考える仕草をして解説する。
「所有者である限り、有効ね。『船体修理』があれば、船が完全に壊れても、一週間で元に戻るわ。ただし、完全に壊れてから修理を始めると、修理が完了するまで、他のギフトが使えないわよ」
「強力だな。『船体修理』のギフトがあれば、船が傷むような無茶な航海も行える」
ラーシャが軽い調子で、二つ目のギフトを告げる。
「もう一つは『お宝発見』よ。半径一㎞以内にある宝の隠し場所がわかるわ」
「それも魅力的だな。宝探しをするには、もってこいだ」
ラーシャが腕組みをして決断を促す。
「どっちにする」
「どっちも取れないのか?」
ラーシャが澄ました顔さらりと告げる。
「すでに覚えているギフトを忘れていいなら、取れるわよ」
「なら『スケルトンの創造』を捨てて『お宝発見』と『船体修理』にする」
ラーシャが冴えない顔で確認する。
「いいの? 弱いギフトを持っていても、後々、それより強いギフトと交換できる未来もあるわよ」
「いいよ。『スケルトンの創造』は捨てる」
キルアの体が青く輝いた。キルアは白い宝珠に額をつけて、サモン・シップも修得する。
「よし、これで、船に乗ってモンブラン島を出ていける」
ラーシャが冷たい顔で警告する。
「悪魔のレベル五やレベル六って、人間に狩られる結末が多いから、気をつけることね」
「人間の世界か。どうなっているんだろうな」
ラーシャが晴れない顔で注意する。
「モンブラン島から出られるようになったから、行きたければ行けば? お勧めはしないけど」
「お勧めも何も、どっちに行けば何があるかわからんから、運任せだな」
ラーシャが、あっさりした態度で尋ねる。
「海図あるけど、要る?」
「それは有料か? それとも無料か?」
ラーシャは愛想のない顔で告げる。
「いいわ。レベル五になったお祝いにあげるわ」
ラーシャから海図を貰って、拝見する。
モンブラン島から、近くの街であるベセルデスまでの行き方が、描いてあった。
「この、ベセルデスって――」と訊こうとして、地図から顔を上げる。
すでにラーシャの姿は、なかった。
「何かいいように誘導されている気がする。だけど、行ってみるか、悪魔の街ベセルデスに」
翌日、キルアは、残っているナツメヤシの実を全て採取する。水は難破船にあった酸っぱくなったワイン・ボトルのワインを捨てて、水を詰める。
浜辺に行き、サモン・シップの魔法を唱える。魔法文字が描かれた、緑の大きな直径五十mほど輪が出現する。輪から真っ黒い二つの四角い帆を持つ三十五m級の帆船が現れた。
帆船がどんな構造で、どんな設備を持っているか、キルアにはわかった。キルアが帆船に近づくと、帆船から縄梯子が降りてくる。縄梯子を掴むと、自動で縄梯子が上がる。
船に乗って船長室の扉の前に行く。船長室の扉に手を掛けると鍵が開いた。部屋を開けると、魔法の灯が点灯する。
船長室は三十㎡ほどの部屋で、床に固定されたベッド、机、宝箱があった。机にはコンパスが嵌め込んであった。机の上に海図を載せて外に出る。
「いざ、行かん、ベセルデスに」
操舵輪が勝手に廻り、自動で帆が張られた。船は風を受けてベセルデスに向けて進みだした。
種族 海戦デーモン レベル五
ギフト 『死者の支配』『船体修理』『お宝発見』『ソウル・ガン』
魔法 サモン・シップ




