第二十九話 冒険は次の舞台へ
キルアは金属の筒を持って《漁火亭》に顔を出す。まずはエルモアに文句を付ける。言うことはしっかり言わないと、舐められる。さらに悪ければ使いぱっしりされる。
テーブルをバント叩いて抗議する。
「なんだ、あのアスミナ奴は最悪だぞ! 自分の都合でサルバドデスで船を降りちまいやがった。責任感がなさすぎる。よくあんなのを推薦できたな」
キルアに苦情は言われたエルモアだが涼しい顔だった。
「きっとなにか外せない用事ができたのね。残念だわ」
「何が副船長として乗ってやるだ。もう金輪際お断りだね。もっとマシなのを紹介してくれ。そうでないと信用なくすぜ、エルモアさんよ」
エルモアがキルアの持つ金属の筒に興味を示した。
「面白い物を持っているわね。それをどこで?」
「アスミナが違約金代わりに置いていった。なんでも、エルモアが高く買ってくれるんだと。本当か?」
「いいわよ。買うわよ。それでいくら?」
いくらと尋ねられても、価値がわからない。サルバドデスから運んできたのなら、金貨十枚はほしい。キルアはふっかけて発言した。
「役に立たないアスミナを俺に紹介したからな。詫び料込みで金貨二十枚だ。これ以上はまけられない」
「わかったわ、金貨二十枚ね。これでこの件はおしまいよ」
金貨二十枚を即決でエルモアが払ってくれた。わけのわからない金属の筒を金貨二十枚で買うとは、金銭感覚がいかれている。エルモアは金属の筒の中を見ていない。
もしかしたら、中身はキルアが抜いて空かもしれないのに、だ。金貨二十枚をポンと払う理由がわからない。かといって、下手に中を知ろうとするとまた危険なことに首を突っ込む。
しばらく働かなくていいだけの金はできた。食事をして一杯飲んでから宿屋に帰った。
宿屋に帰るとラーシャが来ていた。
「なんだ、レベル・アップの金なら貯まってないぞ」
「今日は仕事を持ってきたわ。成功報酬で金貨百枚よ」
タイミングも報酬もだが、作為的なものを感じる。だからといって、ラーシャと敵対するのは馬鹿のすることだ。最低でも話は聞かなきゃならない。
「いいぜ、どこからどこまで何を運ぶんだ? 船はいま修理中だ、すぐには出せない。」
「海とはしばらくおさばね。キルアにやってほしい仕事は東大陸での争乱の画策よ」
話の規模がでかくなってきた。
「頭の悪い俺にもわかるように説明してくれ」
「人間の国王はサルバドデスの次に、中立都市のノースルデスを狙ってくるわ」
「そうらしいな。知り合いのロイエンタールも予想していた」
「ノースルデスの近郊にはアーチ候爵領、デニス伯爵領、フレイザー男爵領があるわ。この三つを戦わせてほしいのよ」
やってほしい仕事はわかったが、あまり気が進まなかった。
「国内で内乱を起こして、中立都市攻略どころではない状態にするわけか。止めとくよ。俺は彷徨える海賊デーモンだ。陸じゃたいして役に立たない。謀略系の悪魔のほうが上手だろう」
ラーシャが真剣な顔でピシャリと告げる。
「残念だけど、拒否権はないわ。これは悪魔王様、直々の依頼よ」
不思議な話じゃない。悪魔王は戦争への介入を決めた。キルアは人間の王様とは敵対できる。だが、悪魔王とは敵対できない。上を目指すなら悪魔王と上手くやる必要がある。
「悪魔王様の依頼ね。でも、俺一人じゃ無理だな。何人かほしい」
「作戦のメインはキルアじゃないわ。キルアはサポート役よ。難しい交渉は彼女がやるわ」
ラーシャがキルアの部屋のドアを開けると、アスミナが立っていた。
「軍師デーモンのアスミナよ。彼女の指示で動いて」
アスミナはにこやかな顔で挨拶する。
「よろしく船長。品物の運搬ご苦労様。あれでだいぶ助かったわ」
「お前、やっぱり船乗りじゃなかったな」
アスミナは悪びれることなく言い放つ。
「役には立ったし、金になる仕事も回したでしょう。損はさせてないわよ」
「帰りに帆船二隻と海賊船に追いもまわされたのもお前のせいか?」
アスミナは曖昧に微笑む。
「それはどうでしょう。詳しく知りたければ帆船か海賊船を拿捕しないと」
内紛を起こす材料をアスミナは手にした。エルモアの手に渡った金属の筒の中身がそうだろう。だが、キルアが運んだものが本物とは限らない。
軽い感じでラーシャがキルアに命令する。
「キルアはアスミナのサポート役を頼むわ。あとはアスミナが内乱を引き起こしてくれるわ。じゃあ、頼むわよ」
ラーシャはキルアの返事を聞かないでその場で消えた。
「悪魔王様の直々の依頼なら断らない。だが、アスミナはどういう策を考えているんだ」
アスミナはにこにこした顔で教えてくれた。
「王の甥であるアーチ侯爵は、王が自分の命を狙っていると疑っているわ」
「権力者同士の身内への疑心か。よくありそうな話だな」
「デニス伯爵には領土的野心があり、フレイザー男爵領を欲している」
「そっちもよくある貴族同士の領土争いか」
「フレイザー男爵はアーチ公爵と表面的には仲良しだけど、実は恨みを抱いているのよ」
「三者三様に事情があった。皆、平時は動きを見せていなかった。戦争が始まって状況が変わってきた。そこで三人の心の闇を突いて国王側を混乱させるのか」
アスミナが自信を滲ませて語る。
「三人の貴族の間で争いを起こさせ、国王を介入させる。人間内の争いをもって、サルバドデスの包囲網を解かせるのよ。それが策の全体像よ」
勝算のない作戦ではないだろうが、話はそう簡単に行かない気がする。それでも勝算があるというのなら、アスミナはキルアに教えていないカードが何枚かまだある。
「言うだけなら簡単だ、そんなに上手くいくのかね? 人間も馬鹿じゃない」
アスミナが邪悪な笑みを浮かべる。
「油は撒いた。後は火を付けるだけ。その火を付けに行くのが私たちよ」
「戦争を煽るようで、あまり気の進まない仕事だな。下手したら人間も悪魔も大火傷しそうだ」
「このままサルバドデスが落ちると、残りの沿岸中立都市も落ちて、商売ができなくなるわよ」
「それも困るな、自由な海を守るために人間同士で戦ってもらいますか」
戦乱が悪魔を呼ぶのか、悪魔が戦乱を呼ぶのかわからない。だが、これから東の地が騒がしくなるのは確実だった。
【了】©2018 Gin Kanekure
2025.9.28 ここら辺でキリが良いので終了します。お付き合いありがとうございました。




