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第二十七話 彷徨える海賊デーモンと新たな副船長

キルアは船が直るまで休暇を決め込む。ここから先のレベル・アップは難しい。無理に挑んで死んだら今までの苦労が無駄だ。休んでいる間にも世界は動く。


  第二次サルバドデス開戦に勝利した悪魔王はサルバドデスの救援を表明した。


 よくキルアが飯を喰いに行く酒場でも話題になっていた。

「悪魔王様が動いたな。海賊は出るがサルバドデスまでの航路が開いたぞ」


「サルバドデスはまだ陥落していない。海側からの補給路ができた意味は大きい」


 救援に来る軍隊がどれほどの規模がわからない。大掛かりであれば、到着するまでに掛かる。酒場の噂では、いつどれくらいの規模の話はなかった。


 一週間も噂話に耳を傾けると、悪魔王の方針がわかってきた。悪魔王は陸軍をサルバドデスに直接送らない。制海権を維持したまま、海路で物資の搬入や傭兵団の運び込みだけをする。


 海側の流通路があれば、兵糧攻めは無意味だ。持久戦になれば多くの兵を要する攻め手の支出は膨らむ。疲労もする。悪魔王は敵が攻め疲れるの待っている。


 一週間後に船が直ったので、エルモアに仕事をもらいに行く。

「仕事がほしい。安全で儲かる仕事がしたい」


「そんな仕事があるなら他の誰かがもうやっているわよ。キルアに回せる仕事は二つ、サルバドデスまで傭兵団を運びこむか、物資を運び込むかよ」


 悪魔王がスポンサーになっているのなら支払いは確かだ。物を運ぼうが、傭兵を運ぼうが、同じく儲かる。


「自分で乗って、自分で下りてくれる傭兵のほうが運ぶのが楽だな。傭兵を運ぶよ」


 バリトンを誘おうと思ったが、バリトンは他の船に乗っていていなかった。仕事が増えたのだから、使える副船長は誰もがほしい。


 副船長をどうしようかと考えていると、金髪で白い肌をした女性が話しかけてくる。


 女性の身長が百五十五㎝と低く細身の体型をしていた。見た感じは人間だ。服装は質素な白のシャツにズボンを着て、白の革のブーツを履いていた。


「キルア船長ですね。私はアスミナ。副船長をお探しなら私が乗ってあげてもいいわよ」


 自信があるのか、身のほど知らずかわからないが、航海に連れて行くのは不安だった。

「女の船乗りは珍しい、どう見ても船乗りには見えないな。それにその格好人間か?」


 アスミナが微笑むと、背中から羽が広がる。

「れっきとした、囁きデーモンよ。人間形態のほうが慣れているから、いつもは人間の格好をしているのよ」


「囁きデーモンの副船長ねえ。海でなくて陸で活躍したほうがいいだろう」


 酒場を見ればもっと海に慣れた悪魔が大勢に目に付く。だが、腕前がわからない。エルモアの紹介でもあるなら別だが、エルモアからは何も話を聞いていない。


 渋々、キルアが面接に応じた。

「船に乗った経験は何年?」


「十年よ」とアスミナが答える。だが、嘘くさくて仕方なかった。

「俺の船に乗ろうだなんて、何を考えているんだ」


「乗る船を探しているって、バリトンに相談したの。それなら、キルア船長の船がお勧めって教えられたわ」


 バリトンの紹介なら信用できる。アスミナの話が本当ならばだ。

「ちょっと待っていろ。嘘は吐いていないと思うが、確認する」


 キルアはエルモアに尋ねる。


「アスミナって女の囁きデーモンがいるだろう。あれは本当に船乗りか? バリトンからの推薦があるっていうんだが、どうも怪しい」


「腕のいい航海士としては有名よ。前はもっとデカい船に乗っていたわ。前の船から下りたのか、前の船が沈んだのかは知らないけど」


 二回による海戦と海賊の影響が出ている。沈んだり奪われたりした船は多い。新しく乗る船を腕のいい船乗りが探していても不思議ではない。


「全然、船乗りには見えねえんだけどな」

「お試しで乗せてみたら。物好きなキルアとも性格的に合うかもしれないわよ」


 アスミナの末席に戻る。

「俺に船に乗せてやるよ。ただし、報酬は往復で金貨二枚だ」


「随分と安いけど。お試し価格ってことで負けてあげるわ」

「使えないと思ったら、船から放りだすからな」


「大丈夫よ。航海が終わったら、どうか俺の船に乗ってください、って言わせるわ」

 たいした自信だなと思うが、必要な人材は確保できた。


 エルモアを仲介して金を貰う。鉄壁傭兵団の二十名の悪魔を乗せた。傭兵団長は身長二・二m。幅の広くがっしりとした筋肉質の悪魔だった。肌の色は青く、二本の角と二本の牙を生やしている。


「この部隊を率いる。傭兵団長のドドロフだ」

「船長のキルアだ。よろしく」


 ドドロフは見張り台を見上げて渋い顔をする。

「あの女はあんたの妹か何かか?」


「今回新たに雇った副船長だ」

「全く船乗りらしくないから、心配なだけだ」


 キルアも不安だったが、客には言えない。出港して何ごともなく。二日目になる。


 ドドロフが機嫌よく声を掛けてくる。

「快適とは言わないが、なかなか順調な船旅だな」


「注意は必要だ。何か起きるとしたらこの海域だ。海賊があの手この手で襲ってきやがる。用心してくれ。俺は全員を目的地まで乗せたい」


 水面が大きく揺れた。船も揺れる。操舵輪を握っていたキルアは無事だった。


 揺れは大きく、ドドロフが尻餅を搗いた。甲板にいた傭兵団の他の悪魔も船から落ちそうになる。海上から大きな物体が浮上した。物体は四十五m級の帆船だった。


 浮上した船には帆はなく、魔道砲もない。砲の代わりに銛が付いていた。四本のロープが付いた銛が飛んできた。キルアの船の側面に銛が深く刺さる。


 浮上した船の船倉から、曲刀を手にしたスケルトンが大勢現れる。現れたスケルトンは身軽だった。身軽なスケルトンは船と船とに渡されたロープを走って、キルアの船に侵入しようとした。


「総員、戦闘用意」とドドロフが叫ぶ。戦い慣れしている傭兵は浮足立たない。船上で身軽なスケルトンと傭兵団が斬り合いを始める。


 身軽なスケルトンはとにかく数がいる。船は銛で固定されているので、逃げられない。


 キルアもサーベルを抜いて戦った。身軽なスケルトンはとにかくどこにそんな数がいるんだと思えるほどに多い。


 船の上が骨だらけになる。これは骨の重みで沈むかもとすら思えた。見張り台からアスミナが羽を広げて飛び出した。アスミナの体が白く光る。


 アスミナが浮上した船とキルアの船を結ぶロープの間を飛ぶ。ロープが切れた。


 ロープを渡ろうとしていた、身軽なスケルトンが次々と海に落ちる。ロープが切れると相手の船は帆がない。キルアの船が圧倒的に速く進める。


 キルアが操舵輪を握って、船を操縦する。敵の船との距離をドンドンと引き離した。


 ドドロフと傭兵団が船上に散乱した骨を海に投げ込んでいく。傭兵がドドロフに報告する。

「団長、軽傷者は多数。死んだ者、海に落ちた者はいません」


 ドドロフが厳しい顔で告げる。

「いったい海中から出てきた奴はなんだ?」


 キルアは悪態を吐いた。

「海賊の新しい手口だ。ほんとうにもう、よくもこんな手段を思いつくものだな」


 三日目に船はサルバドデスに到着した。鉄壁傭兵団が残金を払って船を降りる。


 アスミナが明るい顔で提案する。

「船長休みがほしいです、今日はサルバドデスに泊まりましょう」


「お前は馬鹿か。ここは明日陥落するかもしれない戦地だそ。早く立ち去るに限る」

「でも、今日はゆっくりベッドで寝たいです。明日の昼にここで会いましょう」


「おい、待て」と答えるが、アスミナは街の方角に駆けていった。

「なんだ、あいつは自由にもほどがあるぞ」


 アスミナを捨てておいてもよかった。船は一人でも動かせる。だが、街の状態が気になったのもあり、一泊しようと決めた。サルバドデスが落ちそうにないなら、まだ何往復かできる。


 街の大通りを歩く、街は商店が半分ほど店を開けていた。大通りを歩いて行くと、門の近くまでいけた。壁はところどころ崩れていたが、形を保っていた。


 兵隊がものものしく見張っていたが、外から攻撃を受けている様子はない。休戦状態になっている。ただ、おびただしい血が流れたのか、血の匂いと死の匂いが充満していた。


「よくもったものだな、サルバドデス。支援を受けて息を吹き返したか?」


 兵士に絡まれないうちに来た道を引き返す。キルアは《陸の海豚亭》に顔を出す。《陸の海豚亭》は営業していた。中にはいると、客席は半分ほど埋まっている。客層は悪魔が多く人間は少ない。


 悪魔は傭兵なのか、負傷している。だが、目には光がある。サルバドデス側の兵の士気はまだ高い。ロイエンタールがいたので向かいの席に腰掛ける。


「よう、久しぶり、元気にしてた。俺は元気だぜ」


 ロイエンタールが不機嫌に応じる。

「この死に損ないに、何のようだ」


 キルアは冗談を滲ませて訊く。

「帰りの船倉が空いている。何か積んでいける物はあるか? 料金は相談に乗るぜ」


「戦場から運び出す物なんて、死体くらいしかない」

「そいつは金になりそうにない。知らない仲じゃない。世間話くらいしようぜ。戦況はどうなんだ。守りきれそうか?」


 ロイエンタールがムッとした顔で語る。

「あまりよくはない。人間にとっても、悪魔にとってもだ。攻めていた国王側が講和を申し込んできた」


「悪魔王の介入で事態が動いたな。国王側は有利な内に、国王側に都合の良い条件を飲ませる気か。政治家さんのやりそうな対応だ」


 ロイエンタールが厳しい顔で告げる。

「国王側の条件としては今後一切悪魔との取引を止めることが条件だ」


 市民の前に餌をぶら下げての揺さぶりだ。キルアは思ったことを遠慮なく口にする。


「条件を飲めば、今後は何かあっても悪魔の傭兵を雇い入れることができない。物資も援助してもらえない。ずっと国王に従うしかないか。でも、それは信頼できるの?」


 ロイエンタールが苦い表情で忌々しそうに語る。

「先の戦闘で多数の死傷者を出して市議会は割れている。自由を取るか、平和を取るかだ」


 割れているのなら悪魔側と手を切るが有り得る。

「で、どっちに傾くんだ。サルバドデスの議員さんは」


「東大陸南部にはあと中立都市が二つある」


 キルアは地図を思い返す。北にはノースルデス、南東にはナンバルデスがある。二つの中立都市はまだ戦争になっていない。


 ロイエンタールの読みを語る。

「サルバドデスが落ちれば国王は次にどちらかを狙ってくる」


 情勢が見えてきた。キルアは情勢を分析する。


「両都市から使者が来た。サルバドデスは今まで通りに中立を保つように工作をしている。ノースルデスもナンバルデスも矛先が自分の側に向くのは嫌だろうからな」


「悪魔王の工作員もサルバドデスに入ってきている。中立都市の存在は悪魔王の利益になるからな。だが、国王は中立都市を認めたくない。中立都市があれば悪魔側の足掛かりとされるとの考えだ」


 休戦はしているが、裏では激しい外交戦が行われている。悪魔王が軍隊の大規模派遣を行わない理由もここにありそうだった。下手に悪魔側から大規模派兵すれば、戦闘が激しくなる。


 結果、せっかくの中立都市を失いかねない。サルバドデスは街の未来を決めるターニング・ポイントにいる。


 キリアはその晩は《陸の海豚亭》に一泊した。戦闘のない夜は静かだった。

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