第二十五話 海賊デーモンと第二次サルバドデス海戦
翌朝のまだ暗い時間にやっと霧が微かに漂ってきた。朝食を摂りながらキルアは安堵する。
「近づいてきているな。どうにか間に合ったようだが、ガラパシャは味方じゃないから見つかったら朝食にされちまうから気を付けねえとな」
霧が次第に濃くなってきたのでシャーリーに相談する。
「船をいったん消して空で待機したほうがいいか? ガラパシャは空を飛べないから安全だぜ」
「いいや、船があったほうがいい。そのほうがガラパシャもこの場所を見つけやすい。味方の船の目印になる」
「船を沈められた過去を持つ身としてはいい気がしないね」
バリトンが軽口を叩く。
「船が沈んだときはちゃんと俺を拾って飛んでくれよ。骨だけの俺は魚の餌にもなりゃしねえからな」
金を払っているとはいえ、バリトンには世話になっている。
「シャーリーさんよ。俺になにかあったら、バリトンを頼むぜ。俺は船が沈んでもどうにかなる男だ」
「バリトンを助けるのはかまわない。ガラパシャが到着すればキルアは用済みだからね」
「おいおい、そりゃねえぜ。仲間だろう」
見張り台のバリトンから緊迫した声がする。
「まずい船を反転だ。人間の軍艦が見えた。霧で気付くのが遅れた」
霧のせいで視界は百m程度、たいして軍艦の射程は百五十mある。見えたらすぐに逃げないとまずい。急いで船を反転にかかる。『追い風』も使い軍艦から離れようとする。
幸い相手の船のほうがデカイので、バリトンのほうが先に発見できた。結果、反転する時間が生じた。ドンと音がして、水飛沫があがる。水しぶきは一つではない。
「軍艦のやつら。こちらの船を偵察船だと思ってやがる」
霧で視界がぎりぎりなのか、人間の軍艦からの砲撃は当たらなかった。着弾により海水から飛沫を上がる。船を走らせる。二百mも霧の中で船を走らせると弾が飛んでこなくなった。
「深追いは禁物ってか、ありがたい。それとも霧が効き始めたのか」
バリトンが再び叫ぶ。
「今度は正面に味方の軍艦だ。回避してくれ、このままじゃぶつかる」
味方の船にぶつかって沈むのは馬鹿すぎる。キルアは右に進路を取る。
バリトンが大声を挙げる。
「まずいぜ、船長。敵と味方に囲まれた。俺たちは戦場のど真ん中にいるぞ」
霧で視界が制限されて、敵と味方の正確な位置がわからなかった。霧の中でも音は聞こえる。砲弾の発射音から戦闘開始となっていた。海上の小さな船は狙われないが、配慮もされない。
バリトンの大声が合図にでもなったのか右から左から砲弾が飛んで来る。上空も砲弾が飛び交う。軍艦の砲弾は直撃すれば悪魔なんて簡単に消し飛ぶ威力だ。
キルアは焦った。
「霧のせいでどこがとうやら、見えやしない。安全な場所がまるでわからん」
船を真っ直ぐ走らせて、霧を抜けようとする。気分が悪くなってきた。
隣のシャーリーが砲撃音に掻き消されないよう叫ぶ。
「こっちはダメだ。先にガラパシャがいるぞ。気が立っている。ガラパシャにぶつかる反転だ」
キルアは船を反転させにかかる。その間にも軍艦同士の砲撃は続く。小さな船など狙っても意味がない。人間の軍艦は悪魔の軍艦に狙いを付ける。
それでも霧の中では照準を誤る。中間地点にいるキルアの船の近くにも砲弾が降る。砲弾と水しぶきの中、キルアは船を操り、危険地帯を脱出しようと奮戦した。バンと木が弾ける音がした。
二本あるうちの一本のマストが折れていた。見張り台のあったほうなので、バリトンが海に投げ出される。
シャーリーが羽を広げ、サッとバリトンを拾いに行く。バリトンのことはシャーリーに任せるしかない。キルアは船を操り、どうにか逃げようとする。帆が一つ駄目になったので『追い風』を使っても速度が出ない。
バンと音がして砲弾が右舷を直撃する。水夫スケルトンが吹き飛んだ。船が大きく左に傾く。何とか態勢を立て直す。
バンと再び音がする。今度は左舷をやられて右に傾く。それでもどうにか転覆を避ける。
無情にもさらに砲弾がとんできて、残っているもう一本のマストを折った。水夫スケルトンが下敷きになり破壊される。
キルアの船は舵が残っているものの、マストを二本とも折られて、浮かぶ箱と化した。キルアは船の沈没を覚悟した。
次々と砲弾が飛んでくる。砲弾は全てキルアの船の後方に着弾した。運よく、軍艦同士の輪の中から抜けた。船は軍艦の射程範囲の外に出た。
船はほぼ浮かぶ箱となっただが沈みはしない。無理に動かせば軍艦の撃ち合いの射程内入る。『船体修理』があるので待つのは悪い選択ではない。
シャーリーがバリトンをぶら下げて飛んできた。三人とも浮いているのが不思議な船の上で砲撃戦を観戦する。視界が百mしかない霧の中で撃ち合い。どちらが有利からわからなかった。
キルアはシャーリーに戦況を尋ねる。
「雇い主の提督は勝てそうか。勝ってもらわなきゃ困るんだがな」
「心配なら砲弾の雨に飛び込んでいったら? この状況だと味方の船に下りても斬られるだろうけどね」
ドンと大きな音がして双方で船が沈む音がした。
ギッシャアアアと何かが叫ぶ声がする。
「今度はなんだ? これ以上のサプライズはお腹いっぱいだぞ」
壊れた船から邪魔な残骸を下ろしていたバリトンが手を停める。
「今のはガラパシャの悲鳴だ。運悪く砲撃戦の中で浮上したんだろう」
「それはお気の毒に」
砲撃戦は激戦になっている。ドンと戦艦の沈む音がまた聞こえる。砲弾の飛び交う音が減ってきている。戦場での戦艦が減ってきているのは確実だった。第二次サルバドデス海戦は終わりに向かっている。
砲撃戦を観戦していると、バキッと音がする。振り返るとずぶ濡れの人間の海兵が水夫スケルトンを破壊していた。水兵が二人、三人と船に上がってくる。意図した乗り込みではない。溺れないようにしていたら、偶然に人間がキルアの船を見つけた。
キルアとバリトンは顔を見合わせると、サーベルを抜いて海兵に斬りかかった。残っている水夫スケルトンは四体。海兵は三人のほかにまだ船に上がってくる。
キルアとバリトンが必死に海兵と攻防を繰り広げる。シャーリーも魔法で援護する。キルアがどうにか海兵一人を海に突き落とす。
だが、そのときには水夫スケルトンは全て破壊されていた。対して船上の海兵は八人に増えていた。三対八だった。キルアたちは船尾へと追いつめられて行く。
一発の砲弾が飛んできた。砲弾は操舵輪を直撃した。近くにいた海兵を吹き飛ばす。穴の空いた右舷と左舷から浸水する。限界にきていた船が沈んだ。
キルアはバリトンを担いで、空に飛び上がった。サモン・シップを唱える。木片の塊になってしまった船を異空間に収納する。
「二度目の沈没だな」とバリトンが沈んだ声を出す。
「俺とお前が生きていれば、それでいいだろう。船は直る」
シャーリーと一緒に上空に退避する。沈んだ軍艦から避難してきた悪魔が多数空の上にいた。
ガラパシャが死んだせいで霧が晴れてきた。霧が晴れると、人間側の軍艦一隻が逃亡する光景が見えた。
悪魔の軍艦は三隻残っていた。海戦は犠牲を多く出したものの悪魔側の勝利だった。サイモン提督の作戦が功を奏した。キルアはバリトンと軍艦に乗ってベセルデスに帰還した。
港でシャーリーと別れる。
「どうにか生きて帰って来られたわね。これでサルバドデスの海上封鎖は無意味になる。物資も送れれば、傭兵も運べる」
「職場復帰おめでとうってか? 俺は首輪を外して金をもらったらしばらく休みだ。残念だが銀狼傭兵団は運べない」
「では、また生きていたら会いましょう。キルア船長はしぶとそうだから」
《漁火亭》にバリトンと行き、約束の金貨を払う。
「今回は危険な航海に付き合わせちまったな」
「生きて帰ってこられたなら、問題ねえ。ただ、今度はもっと安全な荷を運ぶ仕事がしてえ」
バリトンと別れてサイモンに会いに行く。サイモンは忙しかったのか、会ってくれなかった。代わりに御付のグラップラー・デーモンが銀の首輪を外してくれた。
「約束の金だ」とグラップラー・デーモンは金を渡す。グラップラー・デーモンはキルアをせきたてるように追い返した。
金があるのならすぐにレベル・アップしたほうがいい。ここじゃあいつ死んでもおかしくない。




