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第二十四話 海賊デーモンと第二次海戦前夜

 キルアが連れて行かれた先は《漁火亭》の上等な部屋だった。白い肌、金色の髪、立派な髭を生やした悪魔の男がいる。男の身長は二m。冷たい印象がある、吊り目の悪魔だった。悪魔は身分の高さを示す黄色い軍服を着ていた。


 キルアは半ば無理やりにグラップラー・デーモンに椅子に座らされた。


 グラップラー・デーモンが厳しい顔で告げる。

「サイモン提督の御前である。失礼のないようにな」


 まるで状況が理解できなかった。なぜ、呼ばれたのかは薄々わかる。昨日のお宝のせいだ。

 澄ました顔で上品にサイモンが告げる。


「君がキルア船長だね。噂はエルモアから聞いているよ。良い噂も。悪い噂もだ」

「俺がキルアだが、そのお偉い提督様がなんの用だ。捕まるようなことは何一つしていないぜ」


 サイモンが当然のこととして語る。


「君には第二次サルバドデス海戦に参加してもらう。もちろん、拒否権はない。命がいらないのなら別だが」


「そんなの無理だ。俺の船の四インチ魔道砲だと人間の軍艦には通用しない。先の戦いでよくわかった」

サイモンが冷たい顔でやんわりと指示を伝える。


「勘違いしてもらっては困る。君にやってほしい仕事はガラパシャの誘導だ」


 話が危険になってきた。下手をすれば死ぬ内容だ。

「ガラパシャの誘導? 餌はなにを使う。まさか俺に餌になれとでも?」


 サイモンが馬鹿にした顔で近くのグラップラー・デーモンに指示を出す。

「そうか君はしらないんだな。おい、れいの笛を」


 グラップラー・デーモンは木箱に入った笛を持ってきた。笛は昨日エルモアに渡した笛だった。


 気取った顔でサイモンがキルアに命令を下す。

「これはガラパシャを呼ぶ笛だ。笛で戦闘予定海域にガラパシャを呼べ」


 やってほしい内容はわかったが納得がいかない。


「見たわけじゃないが、ガラパシャだって五十mって話だ。仮に育ち過ぎていたとしても八十mがいいところだ。八十五m級の戦艦相手では勝ち目がない。しかも複数の戦艦となれば、なおさらだ」


 サイモンが呆れた顔で言い放つ。


「君はあまり頭がよくないな。よろしい説明してやろう。ガラパシャは必ず霧を伴って現れる。人や魔物を酔わせる霧だ。この霧は悪魔より人間に効果をあげる」


 サイモンの作戦が読めた。

「ガラパシャを呼んで戦闘海域に霧を出す。人間たちを酩酊させて、そこを襲うって話か」


「賢くはないようだが、飲み込みがよくて助かるよ」


 ガラパシャの霧はゴブリン水夫をまるで役立たずにした。人間によく効くなら、人間側の戦力は大幅に下がる。悪魔側は事前にガラパシャの霧が出るとわかるなら、対策も取れる。


 この戦いは勝てるとキルアは予想した。ならば勝馬に乗りたい。


「サイモン提督、作戦は理解しました。けどね、成功したらいかほどもらえるんですか。卑しい身分として恩賞が気になりますね」


 笛はガラパシャを呼ぶ品であって、制御する笛ではない。戦闘海域での作戦なら、人間の軍艦も当然いる。危険に見合うだけの報酬がほしかった。


 サイモンが目を細めて、鷹揚な口ぶり聞く。

「逆に訊こう。いくらほしいんだ?」


 次のレベル・アップまで金貨にして百六十枚。レベル一つ上げる分の報酬は欲しい。ここぞとばかり吹っかけた。


「金貨二百枚だ」


 多額の要求にも拘わらずサイモンはあっさりと了承した。

「いいだろう。海戦で勝てたら払ってやろう。ただし、今度は逃亡したら即処刑だ」


 勝てばレベル・アップ。負ければ処刑。結構ハードな条件だ。といっても、拒否しても処刑だ。悪魔側が海戦で勝てばサルバドデスへの航路が使える。そうなれば、儲け話も出る。


「いいでしょう。その条件で引き受けましょう」


 キルアは笛を受け取った。グラップラー・デーモンが銀色の首輪を持って来た。

「働きを期待してのプレゼントだ。こんなことをしたくないが君には前科がある」


 サイモンがグラップラー・デーモンにキルアの首に首輪を嵌めるよう指示する。


 裏切ったらどうなるかは聞かない。だいたいわかる。首輪が爆発して首が吹き飛ぶ。裏切る気がないのでキルアはおとなしく、首輪を装着した。


 次にグラップラー・デーモンは海図をキルアに渡す。海図に記しが付いていた。


 サイモンが冷たい顔を向けて指示する。

「海図に記しがある場所にガラパシャを誘導するんだ。時刻は翌々日の朝だ」


「あまり時間がないな。すぐに船を出しますよ」


 椅子からキルアが立ち上がた。

「ちょっと待ちたまえ」とサイモンは引き止めた。隣の部屋からシャーリーが姿を現した。


「シャーリーも連れていってもらう。君の護衛だ。護衛がいたほうが安心だろ?」

 信用がないがゆえの二重の裏切り防止措置だ。


 ムスっとした顔でシャーリーが挨拶する。


「そういうわけだ、キルア船長。よろしく頼む。身辺警護は任せてくれ。不届き者がいたらバッサリ斬る。容赦なく始末する」


 シャーリーと一緒に部屋をでて階下の酒場に行く。バリトンがいたので声を掛けて密室で相談する。

「困っている。助けてくれ。ガラパシャを誘導しなきゃいけなくなった」


 バリトンの表情が歪む。

「待てよ。なんだ、その仕事。危険しかないぜ。そんなの断っちまえよ」


 首にはまった銀色の首輪を指差して教える。

「その場合は首輪が爆発して頭と胴がおさらばだ。頭がなけりゃお前と楽しく酒は飲めなくなる」


 バリトンが表情を曇らせて否定的に述べる。

「船長とは上手くやってきた。手伝ってはやりたい。ガラパシャの誘導なんで簡単にはできないぞ」


「そうでもないんだ。昨日発見した笛。あれはガラパシャを誘導できる笛なんだと」


 バリトンの顔が歪む。

「やっぱり呪われた宝じゃねえか。ガラパシャは酒場で引っかけた綺麗な姉ちゃんじゃねえ。機嫌よくホイホイと付いてこねえよ」


「そういうな、上手く行ったら、金貨二十枚払う」


 バリトンは渋々の顔で了承した。

「額としては悪くねえ。いいだろう。腐れ縁って奴だ。船に乗ってやるよ」


 バリトンとシャーリーを乗せて船を出した。水夫スケルトンを召喚しておく。一日掛けて戦闘予定海域に到達する。海域は晴れており、波も風も穏やかだった。


 笛を吹くが、音は出なかった。吹き方を変えても同じだった。


「なんだ、この笛? 音が出ないぞ。ちゃんと機能しているのか? いっとくが笛の破損は俺のせいじゃねえぞ」


 シャーリーが冴えない顔で予想を語る。

「人間や悪魔には聞えない音なのだろう。笛から強い魔力を感じる。効果は出ている」


「だといいんだけどね」とバリトンが、ぼそってつぶやく。

 キルアは笛を吹き続ける。だが、全く霧が出る様子がなかった。


「デートがあるとか、幼い兄妹の面倒をみるとか、ガラパシャにも都合があるのかもしれねえ。急に呼ぶな。用があるなら前もって連絡しろって、不快なのかもしれねえ。来てくれるかね」


 シャーリーが不機嫌に答える。


「私に聞かれても困る。ここは海の上だ。ケーキを焼いて、ウエルカム用のシャンパンを用意しろと頼まれても無理だ」


 見張り台にいるとバリトンにキルアは尋ねる。


「ガラパシャの移動速度ってどんなもんだ? 空を飛んだり、船に乗ったり、はねえだろうからな。泳ぎの速度でいいから、予測がつかねえか」


「俺はガラパシャじゃないからわからん。タコよりは速いが、カツオよりは遅いだろう」

「全く参考にならない助言を、ありがとうよ。ガラパシャには夜通し頑張ってもらいたいね」


 シャーリーが怖い顔で告げる。


「間に合ってもらわなければ困る。次の海戦は負けるわけにはいかん。このままだと我々も大赤字で終わる」


 キルアは夜を通して笛を吹き続けた。

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