第二十三話 海賊デーモンとゴミ拾い
船舶用品を扱う店で潜水帽子と革袋を買った。潜水帽子は海中での活動時間を伸ばすため。革袋は水中で発生させた空気を溜めるのに使う。宝が重かった時には革袋を付けて浮力を利用する。
必要な品は船に積み込んだ。宝探しは一人では無理だ。海中にいる間に船を見てくれる人材が必要だ。《漁火亭》に行ってバリトンに声を掛ける。
「ちょいと付き合ってくれ。バイト代なら出す。七日拘束で金貨五枚だ」
バリトンが険しい顔で忠告する。
「おいまさか、サルバドデスを見にいくのか? やめてとけ碌な結末にならんぞ」
「違うよ、浪漫だよ。浪漫。何をするかは秘密だ」
「いい話になりそうにない気配だが、暇だし付き合ってやるよ。船が多数沈んで、乗れる船もないからな」
バリトンを乗せて船を出す。海戦があった海域に到着したので船を適当に操作する。
見張台のバリトンが声を上げる。
「船長、どうした酔っているのか? 船の方向が定まらないぞ。それとも船に異常が起きているのか?」
「ここまで来れば隠す必要もねえか。お宝を探しているんだよ」
キルアの言葉を聞いてバリトンが呆れた。
「宝? こんなだったぴろい海のどこにそんなものがあるんだよ。この海域に目印になりそうな島や岩はねえぞ」
「先日、シャーリーとここの海域で遭難者を探していた。そうしたら、俺のギフトの『お宝発見』が発動した。この海域のどこかにあるんだよ。お宝が」
「最近、海賊がウロウロした場所だ。海賊船に沈められた船はある。海戦で沈んだ船のお宝もあるだろう。だが、海は広くて同じ光景がずっと続くんだぞ。二度目に行ける保証はねえ」
「二、三日、も探せば見つかるだろう。俺には宝を引き寄せる何かがある」
キルアは自信があった。キルアの言葉を聞いてバリトンは項垂れた。
「マジかよ。そんな途方もない話で海賊が出そうな海域に船を出したのか。正気か?」
「マジ正気よ。興味あるだろう、お宝探し。ギフトに反応があったんだ。きっと価値がある」
キルアの説得を諦めたバリトンがまともなアドバイスをする。
「本気で宝探しをやるなら、専門の潜水ができる深海デーモンかシーマンを仲間に入れる必要がある。商人デーモンも仲間に引き入れておかないと、無謀だぜ」
「俺だって水中で活動できる海賊デーモンだ。それに何か引き上げたらエルモアに売ればいい」
バリトンが額に手をあててぼやく。
「なんて、楽観主義な船長なんだ。これなら、ぼっちゃん貴族の船遊びと変わらないぜ」
船を出して二日経つが成果はなかった。海賊も出なかった。金を貰っているバリトンは何も言わないが「ほれ、見ろ」の顔をしている。
三日目の朝、キルアが寝ていると『お宝発見』のギフトが発動した。近くに宝がある。キルアは飛び起きて、船を停めた。
バリトンが見張り台から下りてくる。キルアは裸になると。潜水帽子の内側にクリエアの魔法を掛ける。潜水帽子を被って、宝を入れる袋を持つ。潜水帽子を紐で脱げないように固定する。
「バリトン、船を頼む。俺のギフトが反応した。この海の下に宝がある」
興奮するキルアと対照的にバリトンは疑っていた。
「だといいんだがねえ。海流で流されないようには気を付けてくれ」
キルアは潜水を開始する。潜るに連れ暗くなる。悪魔の目は海中の闇の中でもある程度は見通せる。十五分ほどウロウロする。水深四十m辺り沈む大きな物体を発見した。ゆっくりと、深度を下げる。
海賊デーモンであるキルアは人間よりも水中で機敏に行動でき、水圧による影響も人間よりも受けない。それでも、水深四十mまで潜ると異常が出る。体が締め付けられ、耳が少し痛くなった。
「確かにこれは普通の悪魔にゃ厳しい。本格的に水中のお宝を引き上げるとなると、水中生活に適応できる悪魔がいないと無理だ」
大きな物体は難破船だった。難破船の船長室が空いていたので入ろうとする。すると、全長二mの大きなウツボが現れた。キルア快適な住処を荒らしにきた敵とウツボはみなした。敵意のある目で、大きな口を開けてやってきた。
「革袋を持ったから武器が持てなかった。こりゃ誤算だ」
ウツボがキルアに噛み付こうとする。キルアはぎりぎりで回避する。
『ソウル・ガン』を出す。『ソウル・ガン』を出すと、ウツボの頭に付け引き金を引いた。水中でも『ソウル・ガン』が使えるかどうかわからない。だが、これしか武器はない。
『ソウル・ガン』から緑色の光が出ると、ウツボの動きが止まった。ウツボが死んだのか、脳震盪を起こしたのかわからない。動かないので無視する。
船長室に近づくと、『お宝発見』のギフトがお宝の気配を強く伝える。船長室には一辺五十㎝の四角い宝箱があった。船の外に出して革袋を付ける。
クリエアの魔法で革袋に空気を入れ浮上させる。革袋を付けられた宝箱が浮いていく。
キルアも海上へと浮上する。水圧に強いキルアは急浮上しても減圧の影響を受けなかった。
海面に出ると、バリトンへと合図する。
「あったそ、お宝が。俺ってついてる」
水夫スケルトンからロープを下ろしてもらう。ロープを宝箱に括りつけ引き上げた。箱からは海水が漏れていた。
船の上で期待して、宝箱を開ける。中には長さ十五㎝ほどの白い笛が一本だけ入っていた。
「なんだこりゃ」と思わず声が出る。見た感じ金貨一枚にもならない。
バリトンがそれみたことかと、馬鹿にする。
「それがお宝ね。ゴミの間違いだろう。今回のことはギフトの授業料とでも思いな」
キルアは笛を拾い上げる。見えない棘のようなものが手を刺した。悪魔の青い血が流れた。
「痛て」と思わず手を離した。血を浴びた笛は見る見る青く染まっていった。
思わずキルアは悪態を吐いた、
「なんだこりゃ、呪われた宝か?」
バリトンが鼻で笑って腐す。
「おいおい、呪われた宝なんて、弱り目に祟り目だな」
「とりえあえず、もって帰って鑑定するか。短気は損気だ」
バリトンが真剣な顔で忠告した。
「そうしたほうがいい。下手に呪われた宝なら、捨てたりしたら酷い目に遭うぜ。そういう噂話は船乗りだとよく聞く」
ベセルデスの港に帰ると変化があった。船には八十五m級の軍艦が六隻も停泊していた。
バリトンが厳しい顔で意見する。
「今度の海戦が本番ってわけだ。第二次サルバドデス海戦だな」
前にバリトンが推理した通りだった。先の海戦ではバルトロデス側は勝つもりではなかった。勝てたら儲けものぐらいの感覚だ。相手の戦力と練度を見てから本隊をぶつける。傭兵も船乗りも消耗品扱いだ。
「囮にされたこっちは、たまったものではなかったけどな」
フンと笑ってバリトンがキルアを茶化す。
「でも、船長は逃げ出して金貨をせしめただろう。船も沈んじゃいない」
「いわれりゃ、そうなんだけどな」
《漁火亭》のエルモアの許に行く。
「海で珍しいお宝を見つけたんだ。凄いお宝だ。いくらなら買う?」
「どうせ、ゴミでしょう」とエルモアが渋い顔をして笛を眺める。エルモアの顔が変わった。エルモアが布を手に笛を掴んでまじまじと笛を観察する。
「いいわ。査定してあげるわ。ただし、ちょっと今日は立て込んでいるから明日に来て」
エルモアが持ち逃げするとは思わない。エルモアにとって今日まで築いてきた信頼は莫大な財産だ。
「高額査定を期待しているよ。ただし、誰に売るかは俺が決める」
キルアは帰って、宿屋で眠った。朝方、廊下が騒がしくて目を覚ました。
バンと扉が開く音がする。黄色い軍服に身を包んだ、身長二百二十㎝、体重百五十㎏を超える屈強な黒い肌の悪魔が三人入ってくる。屈強な悪魔は格闘戦が得意なグラップラー・デーモンだ。
狭い室内でキルアが戦っても勝てるとは思えなかった。
「キルアだな。一緒に来てもらうぞ」
キルアは連行されるように宿屋から連れて行かれた。引き上げたお宝は呪いを呼ぶ宝ではなかった。厄介事を招く宝だった。




