第二十二話 海賊デーモンとサルバドデス海戦の後始末
日を改めて《漁火亭》に行く。エルモアが柔和な笑みを浮かべて話し掛けて来た。
「こんにちは、キルア船長。仕事が欲しくないかしら?」
「エルモアから仕事の話を振ってくるなんて珍しいな。槍でも降るのか? どんな話だい?」
「まあまあ金になる話よ。先日の敗戦の話は知っているでしょう?」
「それはもう、判断を誤ったら死んでいたからな。優しい司令官の英断のおかげで今日も生きている」
エルモアが表情を曇らせて語る。
「海戦では多くの悪魔が犠牲になったわ。空も飛べない悪魔は生きて帰る術はない」
「だろうな。まさか、まだ生きているかもしれない悪魔を助けに行けと命じるのか?」
エルモアは明るい顔で、気楽に発言する。
「傭兵団長が会談をして決めたわ。生き残った悪魔を一人、回収するごとに金貨二枚を支給する、って依頼して来たわ」
「偉い軍人さんと違ってお優しいことだ。でも広い海で、遭難者の一人を回収できたら金貨二枚って、割に合わないぜ」
困った顔でエルモアが打ち明ける。
「小型船の持ち主はあらかた海に没したから、やる人がいないのよ」
あまり金にならない気がした。逃げた負い目があったので、引き受ける気になった。
「引き受け手がいないのか。わかった。一人回収で金貨二枚の条件で探してきてやるよ」
「捜索には銀狼傭兵団のシャーリーが加わるわ」
エルモアが視線を向けた先にはシャーリーがいた。
シャーリーはキルアを不機嫌に見て頼む。
「また一緒になったわね、船長さん。さっそく探しに行きましょう」
生存者の回収なら、急いだほうがいい。悪魔は人間より頑強だ。だが、怪我をしていたり、海に不慣れだったりしたら、時間経過でドンドンと死んでいく。
水と食糧を買って船に積み込む。船はまだ壊れていたが航行可能だ。戦闘海域に到達する頃には大方が直りそうだった。『追い風』の能力を使って全力で船を走らせた。
気になったので、率直に尋ねた。
「この広い海でシャーリーは何人を助けられると思う?」
晴れない顔でシャーリーは予測を告げる。
「救助者で船を満員にしたいところだけど、さすがにそれは無理でしょうね」
「水中で呼吸できる悪魔なら自力で戻れる。水中に適応していないと、泳いで帰るのは難しい」
シャーリーが苦い顔で打ち明けた。
「空を飛べる強力な悪魔は、今朝に何名かは帰って来た。でも、大半がいまだ戻らずよ」
飛行可能時間が二十時間以上の悪魔なら帰還できる。
風向きが悪い。海流に流された。方角がわからなくなった。大きな怪我をしている。そんな状況なら、空が飛べても帰れない。飛ぶのは逆に体力を消耗して海に落ちる危険がある。
「海戦で何名くらい犠牲者が出たんだ?」
「軍艦も含めて十四隻が沈んで、五百名近くが帰らずよ」
かなりの犠牲者を出した戦いだった。時間が経てばもっと死者の数は増える。
「そのうち何人を生きて回収できるやら」
夜のうちに戦闘海域に到着した。キルアは休もうとしたが、シャーリーが止めた。
「タフな悪魔が何を休もうとしているのよ。すぐに探すわよ」
悪魔の目は暗がりとも見通せる。だが、暗い海の上に浮かぶ悪魔を発見するのは、困難に思えた。雇われの身としては「はいはい」と船を動かした方が賢い。明日が晴れるとは限らない。捜索もそんなに長くは続けられない。
シャーリーが見張り台に上がって方向を指示する。キルアは指示に従って船を動かす。
一時間ほどすると、シャーリーが見張り台から羽を広げて飛んでいった。一人目が見つかった。これでタダ働きにはならない。
「この調子でサクサクと見つかるといいんだけどな」
十分ほどで悪魔を抱えてシャーリーが戻った。悪魔に水夫スケルトンが水と食事を渡す。
そうしている間にシャーリーが見張り台に戻り、指示を出す。また、一時間ほどでシャーリーが飛んで行き、悪魔を抱えて戻って来た。
「一時間で一人なら、一日ひたすら頑張って二十四人。金貨にして四十八枚。シャーリーの取り分がないなら、結構いい稼ぎになるな」
そんなに上手くはいかない。ぴたりと発見が止まる。夜が明けて朝になったので、食事を摂る。生き残った悪魔に尋ねる。
「生存者って、けっこう多そうか?」
無念そうに悪魔が首を横に振る。
「俺は運が良かっただけだ。生存者はそんなには多くない。人間の船から矢や魔法が飛んできて、飛べない奴も飛べる奴も、海中に没した」
「当初の収益予想を大幅下方修正だな」とキルアはシビアに考えた。
その後も昼までには悪魔を二人発見したが、一人は船上で息絶えた。キルアは生存者にあまり期待ができない。夜に仮眠を取ろうとする。急に近くにお宝があると閃いた。
「何だ、今の閃きは? 『お宝発見』のギフトが発動したのか?」
船上に出るが、あたり一面は海しか見えない。
「宝は漂流物ではない。とすると下か」
船の下に何かお宝が沈んでいる。潜って引き上げたいが装備がない。生存者救出の仕事の最中だ。生存者救出の仕事を放り出すことをシャーリーは認めない。これ以上に評判を下げると、誰も相手にしてくれなくなる。
暗い海面を見つめつつ、キルアは項垂れた。
「もったいねえな。せめて場所を覚えておく魔法かギフトがあればよかった」
後悔しても遅かった。宝を諦めた。
素直にシャーリーの指示で船を動かす。船は海上を行ったり来たりを続けた。遭難者はポツポツと見つかった。捜索二日で合計八人の生存者を見つけた。
生き残った悪魔も船の右舷、左舷、正面に別れ、生存者の捜索に協力する。昼までにさらに二人を見つける。
だが、捜索はそれまでだった。夕飯時に救助した海戦デーモンのイーモンが躊躇いがちに提案する。
「助けてもらって感謝している。海にはまだ遭難者もいる。でも、遭難を打ち切ったほうがいい」
シャーリーが険しい顔で訳を尋ねる。
「何か理由があるのか?」
「俺のギフトに『天候予知』がある。今晩から明日にかけて嵐になる。嵐は一日以上続く。嵐の中を捜索するのは無理だ。嵐が来れば海を漂っている連中だって助からない」
シャーリーは納得がいかない顔をしていた。
シャーリーの気持ちはわかるが、キルアは説得する。
「残念だが捜索は打ち切りだ。嵐の中では捜索ができない。万一ここで船が沈めば、せっかく助けた十人の命が無駄になる」
シャーリーが苦渋の顔で決断した。
「わかったわ。戻りましょう」
船は帰路に就く。帰りに幸運な生存者を一名だけ拾えた。救助できた悪魔は合計で十一名になった。船が港に着く頃にはイーモンの指摘通りに、海は荒れ始めていた。
船を港につけて、シャーリーと一緒にエルモアの元に戻る。
エルモアが穏やかな顔で訊いてくる。
「どう? 何人を助けられた?」
「十一よ」とシャーリーが曇った表情で申告する。
金貨二十二枚を受け取って、キルアは酒場を出る。その足で預かり屋にある金を回収した。キルアは魔法屋を覗いた。今更だが宝探しに便利な魔法がほしい。
街の魔法屋は広さが二百㎡。木箱を収めた大きな棚を背にしてカウンターがあった。
カウンターの中には赤い刺繍があるローブを着た半透明の姿の若い女主人がいた。
「海や陸地で自分の位置がわかる魔法が欲しい。金額がいくらで、魔法容量がいくつか教えてくれ」
「『六分儀』の魔法なんて、どう? 地下じゃ使えないけど、地上や海上だと場所がわかるわ。魔法容量は二ね。価格は金貨四枚よ」
「水中で空気を発生させるような魔法はあるか?」
女主人が愛想よく、すらすらと語る。
「その系統なら二つあるわ。一つは水から空気を作るウオカラエアの魔法ね。こっちは、魔法容量が六で、価格が金貨九枚。もう一つは無から空気を発生させるクリエアの魔法。こっちは、魔法容量が八で金貨十六枚よ」
「レベル六悪魔の魔法容量っていくつだ」
「一般的には三十六よ」
(『六分儀』と『無から空気を』を覚えると、金貨二十枚で、容量を十か)
「覚えている魔法を忘れて魔法容量を増やすことは可能か。それで魔法容量を上げることって、できるのか」
「できるわよ。覚えていた魔法は、無駄になるけどね」
「わかったなら、『六分儀』と『クリエア』を覚える」
キルアは残った金貨を財布に仕舞った。海中に宝があるのなら、嵐での移動はしない。海賊の動きが気になるが、宝探しには夢がある。




