第二十一話 第一次サルバドデス海戦 決着
キルアは操舵を水夫スケルトンに交替させる。見張り台に上がって、備え付けの望遠鏡を覗いた。敵の八十五mの軍艦を先頭に五隻で艦隊を編成していた。耳の魔道具から指示が飛ぶ。
「陣形は横一列にしろ。敵の先頭の軍艦を集中砲火で潰せ」
キルアたち十四隻の船は横一列に陣形を取ろうとした。連携の訓練をしてないので横一列になれなかった。結果、W型の陣形になった。キルアの船は一番右の後方になる。
敵の軍艦に動きが出た。敵の軍艦は縦一列からノの字型の陣形に移行する。先に撃ってきたのは敵の軍艦だった。キルアたち三十五m級や四十五級の船の四インチ魔道砲の射程距離は百二十m。だが、敵の軍艦の射程距離は二百mあった。
敵はその射程距離の長さからキルアたち船団の左側と正面に砲撃を浴びせる。対するキルアたちの船の四インチ魔道砲は射程が短い。陣形もW型になっているので、後方の船の砲が全て届かない。
どうにか前の船の砲弾が届く距離に達する。その頃には前の船は沈む寸前だった。
怒鳴り付けるようにして指示が飛ぶ。
「船はそのまま砲撃を続ける。傭兵団は敵船に乗り込め!」
敵の軍艦の容赦のない砲弾が飛び交う中、キルアたち船団は必死に応戦する。
キルアの四インチ魔道砲は敵の軍艦を捉えた。砲弾が派手に音を立てて破裂する。砲弾は人間でも悪魔でも、当たれば容赦なく吹き飛ばす。だが、敵の軍艦の装甲にはキルアの魔道砲は有効ではなかった。
敵の軍艦の砲弾は射程だけでなく威力も大きい。キルアたちの船の四インチ魔道砲では軍艦に三発当たっても穴が空かないのに、敵の軍艦の砲は三発で船を沈める。
船の数の有利など、すぐになくなった。船を吹き飛ばされても飛べる悪魔は飛んだ。空から敵船に乗船しようとする。容赦なく船上からの魔法と弓矢が降り注ぐ。
右後方にいたキルアの船が砲撃可能な位置に着いたときには、味方の船は半分以上も沈んでいた。対する敵の軍艦は破損があるものの、一隻も沈んでいない。
「船は近づけねえ。傭兵は乗り込めねえ。これは勝負にならねえ」
「総員突撃せよ」と後方の安全な位置にいる旗艦から指示が出た。
突撃しても船が沈められる結末は目に見えていた。空からの乗船に成功した者はほとんどいない。どう見ても船を壊された挙句、無駄死するのが目に見えていた。
砲撃により近づけなかった。銀狼傭兵団はまだキルアの船にいる。傭兵は敵の軍艦まで飛べる距離にはいる。だが、出撃しても途中で弓矢や魔法に落とされて終わりだ。
「逃げてもいいか?」とシャーリーに尋ねる。
シャーリーは苦い顔をして答えない。
「悪いが戦いたいなら、おたくらだけで空を飛んで戦ってくれ」
ドン、ドン、ドンと派手な音を立てて、船先や船の側に敵の砲弾が落下して水飛沫を上げる。運悪く命中していれば、沈んでいるほどの威力だった。
キルアも負けじと撃ち返した。三発の砲弾が軍艦に全て命中した。軍艦からぽろぽろと木片が落ちるが穴は空いていない。キルアの船と攻撃力も防御力も違い過ぎる。
キルアはシャーリーの答えを聞かずに船を反転させる。『追い風』のギフトを使った。反転中に砲弾が右舷に命中した。右舷に大きな穴が空く。運悪く近くにいた水夫スケルトンと傭兵が吹き飛んだ。
反動で船は大きく左に傾く。転覆しそうになる。帆の向きと舵を調整してどうにか乗り切る。
キルアが逃げに転じると、耳の魔道具から声が聞こえる。
「何をしている。死ぬまで戦わんか」
キルアは耳の魔道具を外すと、海に投げ捨てた。そのまま撤退する。戻って来た船は、キルアの船と、もう一隻の三十五m級の帆船だけだった。夜まで港で待つ。
六十五m級の軍艦も八十五m級の軍艦も帰ってこなかった。沈められたと見てよかった。寄せ集めの兵隊では練度の高い人間の艦隊を破れないと知って、ベセルデスの街は沈んだ。
一番デカい艦が沈んだので、司令官が死んだと予想できた。ならば、逃亡の事実は伝わっていないと勘ぐる。
エルモアに残金を請求しに行く。
「残金を受け取りに来た。金貨で二十枚貰いに来た」
エルモアは険しい顔で言い放つ。
「よく命令を無視して逃げて来たのに、そんな言葉が口からでるわね」
「命令を無視してはいない。司令官の最後の命令は『生きろ』だった」
エルモアが意地悪な顔で指摘する。
「私は『死ぬまで戦え』って命令を受けたものだとばかり思ったわ」
「おいおい、よしてくれよ。そんな馬鹿な命令を、雇われ船長に下す司令官なんているわけない。司令官は立派に俺たちを逃がすために戦ったのさ」
「司令官の死亡の報が入ってきているわ。真相は確認しようがないわ。残金は払ってあげるわ。ただし半金ね」
「なるほど、そういう儲け方をするのか。碌な死に方しないぞ」
エルモアは胸を張って強気な口調で尋ねる。
「嫌ならいいわよ。真相はシャーリーに聞くわ。で、どうするの?」
「わかったよ。半金の十枚でいい。だが、これで共犯だぞ」
エルモアは金貨十枚を払ってくれた。
酒場でシチューを注文していると、バリトンが向かいの席に座る。
バリトンが苦い顔で声を掛けてくる。
「聞いたぞ船長。サルバドデス海戦で負けたんだって?」
キルアは正直に感想を述べる。
「あれは最初から無理な作戦だったんだ。八十五m級の軍艦の相手に寄せ集めの三十五m級や四十五m級で立ち向かおうなんて、無理だったんだよ」
バリトンが険しい顔で尋ねる。
「そんなに戦力差があったのか?」
「こっちの四インチ魔道砲がまるで効かない。なのに、敵の軍艦の砲撃は三発ないしは二発で、こっちを沈めるんだぜ」
バリトンは複雑な表情で知見を語る。
「だが、これで人間側の戦力は知れたな」
「俺たちは相手の戦力を測るための囮か?」
バリトンは当然の顔で答える。
「そうだったんだろうよ。勝てれば儲けものぐらいの考えだ。だから、戦争は嫌なんだ。陸と海から閉鎖されたのなら、どのみち、サルバドデスは終わりだな」
キルアの船は破損したが沈まなかった。『戦隊修理』で時間はかかるが、終われば出航できる。どこに行けばいいのかがまるでわからない。




