第二十話 第一次サルバドデス海戦 前夜
船がベセルデスに到着した。酒場に行くとサルバドデスの戦争の話題で溢れていた。
親切心でエルモアに声を掛ける。
「サルバドデスから帰って来た。陸側では城壁を挟んで激しくやりあっている。陸側の敵は現時点では三倍。街の状況はかなり厳しい。傭兵を百や二百を送っても足りないだろう」
「陸側からの人員や物資の搬入はもう無理ね。海路からなら物資や人員を運べそう?」
「海も危険だ。サルバドデスに向かう軍艦を八隻も見た。直に海からのサルバドデスへの攻撃も始まる。物や人を運ぼうっていう命知らずがいたら、見合うだけの金は払ってやれよ」
エルモアが渋い顔で評した。
「サルバドデスの街に物資の備蓄はあるわ。でも、海が閉鎖されるとサルバドデスはかなり危険な状況なるわね」
「海運業をするなら、別の航路で違う街に荷を運ぶ仕事をお勧めするね。海賊はかなり熱心だ」
エルモアが厳しい顔で話す。
「話はそう簡単じゃないわ。サルバドデスが落ちれば、人間側の海賊の拠点がサルバドデスに移るわ。そうなれば海洋貿易は辛くなる」
サルバドデスからベセルデスは近い。サルバドデスが海賊に補給をするなら、ベセルデスを起点とする航路はぐんと危険になる。慣れ親しんだ航路を使えなくなるのは痛い。戦争じゃ個人は何もできない。
その日はバリトンと別れ、宿屋で休む。次の日、酒場に顔を出した。別の港町を拠点とするにしても情報がいる。
酒場に顔を出すと、エルモアがにこやかな顔で話し掛けてくる。
「大きな仕事があるわ。お国のために働いてみない?」
怪しさ満点だった。碌な話じゃないと予想できる。だが、異常時にこそ儲け話が出る。
「国のためとか、柄じゃあない。金になるなら話は聞きたい」
「戦争よ。傭兵を乗せて敵の船を沈めるの。経費込みで金貨三十五枚を出すわ。勝てたら、さらにもう三十五枚も出るわよ」
報酬のデカさが危険度を表している。民間船まで導入するのだから、戦いは苦しい展開が予想される。
「敵は軍艦が八隻だ。簡単には勝てないぜ」
「別にキルア一人で戦えとは命じないわ。こちらも、頭数を揃えて挑むわ」
戦争にはあまり良い感情がない。ベセルデスからサルバドデス間は、距離が短い割に楽に稼げる航路だ。海賊に潰されたくはないとの心情もある。
「何隻ぐらい集まりそうなんだ」
「十四隻よ。もっとも、ほとんどが三十五m級から四十五m級だけどね」
ベセルデス側には性能の良い軍艦が足りない。だからこその苦肉の策だ。小さな船に傭兵を乗せて、敵の船に乗り込む。白兵戦に持ち込めば、戦艦の質ではなく、頭数で勝負できる。
作戦はわかるが、疑問もある。
「向こうは八十五m級のでかい軍艦だ。当然、乗員は訓練された軍隊。傭兵団を乗せた寄せ集めの小型帆船の集団で、勝てるのか?」
エルモアはムッとした顔で尋ねる。
「勝ちが確定の海戦なんてないわよ。別に無理には頼まないわ。やるのか、やらないのか、答えて。明日には出航するわ」
「わかった、やるよ。ただし、弾代は先にくれ」
エルモアから前金として金貨十五枚を貰った。酒場にバリトンがいたので、声を掛ける。
「戦争に行くんだが、船に乗るか? 行くなら、行きで金貨五枚、勝てたら、もう七枚を出すぜ」
バリトンは肩を竦めて断った。
「悪いな。俺は船乗りだ。戦争屋じゃねえ。遠慮するよ」
「戦争なんだ。無理には誘わねえよ」
前払いの金貨で魔道砲用のカートリッジを買っておく。次に、古着屋で丈夫なズボンを買う。
以前にキャプテン・スケルトンから奪った衣装一式とサーベルも出してきて、一目で船長とわかる格好にしておく。
金貨はなくすと困るので数枚を残して、預かり屋に保管してもらう。
夜が明けて港に行くと、二十名からなる傭兵団が待っていた。傭兵団長は白い肌をした頭から小さな一本の角を生やした、女性の悪魔だった。
女性の悪魔の身長は百七十㎝。女性の悪魔は筋肉質だった。キルアと同じ身長だが、キルアより大きく見える。
女性の悪魔の服装は、青の半袖シャツの上から革の胸当てをして、青の半ズボンを穿いていた。武器は両手杖だった。
アーク・メイジ・デーモンの言葉が頭に浮かぶ。女性悪魔がキルアを不機嫌に見詰める。
「あんたの船に乗る銀狼傭兵団を率いるシャーリーだ。それで、船長うちらの乗る船は、どこにある?」
「慌てるなよ。今から出すぜ」
サモン・シップを唱えて、船を出す。
シャーリーの顔は渋かった。
「小さい船だとは聞いていた。三十五m級か。魔道砲も四インチ砲が合計六門しかない」
「敵の船に乗り込めればいいんだろう。なら、速くて小回りが利く船のほうが手柄を立てられると思うがね」
「銀狼傭兵団の悪魔は全員が飛べる。近くまで行ってくれたら、あとは白兵戦で何とか対処する。船長は帰れるように船を沈めないでくれ」
作戦は予想した通りだった。だが、敵もプロだ。簡単にはいかない。
「戦いに関しちゃ傭兵団がプロだから、指図はしない。俺は部下とできる仕事をする」
シャーリーが耳朶に挟む銀色の小さな魔道具を渡してきた。
「エルモアからだ。そいつで旗艦から指示が出る。後は指示通りに動けばいい」
キルアは右の耳たぶに装置を装着する。『水夫スケルトンの召喚』で十二体の水夫スケルトンをキルアは出す。一緒に船に乗り込んだ。
船が次々と出港していく。キルアたちの船団は全部で十六隻。うち十四隻が四十五m級以下だった。大型の軍艦は六十五m級と八十五m級が一隻ずついるだけだった。
一日目は何事もなく過ぎる。二日目にベセルデスとサルバドデスとの中間海域に到達する。
操舵輪を握るキルアの耳に指示が聞こえてくる。
「前方に敵艦隊あり。攻撃を開始せよ」




