第十八話 海賊デーモンと戦争の足音
海賊船が見えなくなると、レーガが表情を穏やかにする。
「海戦にならなくて良かったよ。戦場に着く前に犠牲者は出したくない」
「俺もお客様の手を煩わせなくて、ホッとしている」
レーガが不機嫌な顔で愚痴る
「それにしても、こんな広い海で海賊に遭うなんてついてない」
「気にするな。ここの海じゃよくある出来事だ」
三日目にサルバドデスに無事に到着した。レーガと二十名の傭兵はキルアの船を降りた。
レーガを見送ると、バリトンに声を掛ける。
「船を頼む。ちと、帰りの仕事を探してくる。帰りが手ぶらじゃ、もったいない」
「なら、《陸の海豚亭》にいる斡旋屋のロイエンタールを探すといい。人間だが悪魔にも仕事を廻してくれる」
《陸の海豚亭》は港近くの大通りに面した場所にあったので、すぐにわかった。酒場の席は二百席ほどある。まだ日が高いせいか、席は半分も埋まっていなかった。
給仕に尋ねてロイエンタールを教えてもらう。ロイエンタールは六十くらいの、がっしりした体格の人間の男だった。白髪で白い髭を生やして、頭にはバンダナを巻いている。
服装は赤い半袖シャツに、赤い半ズボンを穿いていた。
キルアはロイエンタールの向かいの席に腰掛ける。
「俺の名はキルア。これからベセルデスに帰るんだが、船倉が空だ。何か運べるものがあったら、運びたい」
ロイエンタールが厳しい表情で尋ねる。
「俺のことは、誰に聞いた?」
「副船長のバリトンだ」
「聞かない名前だな。だが、いいぞ、仕事を紹介してやるよ。人数が十人で、荷物が荷車二台分の運搬だ。報酬は金貨十枚だ」
少々安いが、運ばないよりはいい。
「わかった、引き受けよう」
ロイエンタールが顎で酒場の隅を指し示すと、十人のゴブリンがいた。
ゴブリンの中には、デーモン・ゴブリンが混じっていた。デーモン・ゴブリンは商人が着るようなクリーム色のワンピースを着て、帽子を被っていた。
「初めまして。ホホブルと言います。早速ですが、すぐにでもサルバドデスを出たい」
「キルアだ。いいぜ。なら、すぐに出よう」
ホホブルは家族に荷車を牽かせて、港に行く。
「何でまたそんなに急いで、サルバドデスを出たいんだ?」
ホホブルは怯えた、顔で淡々と語る。
「ここは、もうじき戦争に巻き込まれます。だから、すぐにここを離れたいんです」
戦争の話が出た。サルバドデスは本当に危険が迫っている。海賊は謎の兵器を使っていた。海賊の後ろには貴族なり国家がいても不思議ではない。
危険だからこそ、キルアのような小さい船の船長にも仕事が回ってくる。水と食料は店で普通に買えたが、値段は一割ほど上がっていた。
ホホブルは金を払って船に乗った。船を運航させて二日目のことだった。襲われた海域に到達したので、注意をする。
「海賊船は見えるか?」
見張り台から大声が返ってくる。
「見えたら、とっくに叫んでいるよ」
ドンと砲弾が着水する音がする。
何だと思っていると、次々に砲弾が飛んできて水飛沫を上げる。音の方向を見ると、右方向百mの距離に、海賊船が迫っていた。驚きだった。
「こんなに近くに寄られるまで気付かなかった、だと?」
応戦するように、水夫スケルトンに指示を出す。
水夫スケルトンが魔道砲のカートリッジを装填して、砲撃を撃ち返す。
「何事ですか?」ホホブルが慌てて船倉から出てくる。
キルアは怒鳴った。
「船倉に引っ込んでいろ、死ぬぞ」
ホホブルが怯えた顔で船倉に戻った。
敵の砲弾が容赦なく、飛んで来る。砲弾は左舷の魔道砲を吹き飛ばした。船長室にも被弾した。『追い風』を使って逃げきろうにも、距離が近い。少し時間が要る。
キルアの船の右舷にも被弾する。木片が弾け飛ぶ。水夫スケルトンがバラバラになる。
キルアから十mしか離れていない場所にも砲弾が飛んできて、甲板に穴を空けた。
右舷にまた弾が命中して魔道砲を一門、吹き飛ばした。
キルアの水夫スケルトンも砲撃している。だが、海賊船には左舷には四門の砲がある。キルアの船の右舷の砲は一門が吹き飛んだので二門しかない。キルアが二発を撃つ間に、敵は四発も撃ってくる。
海賊船の砲弾が、また命中する。右舷の魔道砲がまた一門、吹き飛んだ。
「船長! 船がぶつかるぞ!」とバリトンの緊迫した声がする。
振り返れば、キルアの船の船尾に敵の船首が触れそうだった。
海賊船の船首から海賊が船に飛び乗ってきそうだった。操舵を水夫スケルトンに替わらせ、船尾に行く。
海賊の一人がキルアの船に飛び乗ってきた。すかさす『ソウル・ガン』を出して、一人目を撃つ。撃たれた一人目は海に転落する。すぐに、二人目が飛び乗ってくる。これも、『ソウル・ガン』で撃つ。だが、ここで弾が切れる。
三人目が飛び乗ってこようとしたのでで、『ソウル・ガン』を顔に投げつけてやる。三人目はバランスを崩して海に転落した。
四人目が飛び乗ってきた時には、『追い風』の効果で、キルアの船は海賊船を引き離しつつあった。 四人目は飛び乗ったまではいい。されど、キルアと水夫スケルトン二体に囲まれた。
四人目は、後ろ向いて海に自ら飛び込んだ。
船に意識を移すと、船はボロボロだった。だが、航行には支障がなかった。眼前の危機は去った。船倉に行って、ホホブルに確認する。
「海賊は振り切った。怪我や荷物の破損はあるか?」
「大丈夫です」とホホブルは安堵した顔で告げる。
甲板に戻ると、バリトンが見張り台から下りてきた。
バリトンがすまなさそうな顔で謝った。
「すまねえ、船長。まったく海賊の接近に気が付かなかった。俺のミスだ」
「違うな。バリトンが気付けなかったのなら、海賊には船の接近を気付かせない、何らかの手段があったんだろう」
バリトンがむっとした顔で意見する。
「だとしたら、厄介だぞ」
「先日のレーガの時もそうだ。海賊の装備が特殊なものになってきている」
「新兵器ってやつか。厄介だな。航路を変更したほうがいいのかもしれないな」
キルアも同意見だった。こう頻繁に遭遇するなら、海賊は一隻や二隻ではない。
「俺たちの船は速い。だが、待ち伏せは厄介だ。少しくらい遠回りになっても、航路を変えよう」
二度目の襲撃はなく、無事にベセルデスに着いた。
ホホブルと別れて、キルアはバリトンに報酬の金貨を払う。
海賊の問題もそうだが、別に気になる話もあったので尋ねる。
「バリトン。サルバドデスの戦争の話はどう思う?」
バリトンは素っ気ない態度で、意見を述べる。
「人間がやる戦争なんて、俺たちにはどうにもできねえよ。ただ、しばらく、ベセルデスから傭兵団を運んで、サルバドデスから避難してくる人間を運ぶ仕事は多いだろうな」
「仕事は多いに越したことはないが、戦争はごめんだな。危ぶな過ぎる。荷を運んでも儲かるだろうが、傭兵を運んだほうが戦闘になった時に安全だ」
船を直すために三日、休んでエルモアを訪ねた。
「仕事を回してくれ。人でも物でも、何でも運ぶ」
エルモアが素っ気ない態度で教えてくれた。
「また金貨十枚で。二十名の傭兵を運ぶ仕事があるわよ」
「運賃だけど、値上げできないのかい? 俺の船は快適とは言わないが速いぜ」
キルアは値上げを試みた。
エルモアが意地悪な顔をして辛辣に告げる。
「でも、一度、荷主を見捨てた汚点があるでしょう」
「見捨てた過去を指摘されると辛いな。今回は金貨十枚で手を打とう」
エルモアが穏やかな顔で、ぴしゃりと言いくるめる。
「しばらくは我慢しなさい。信用がないのに仕事があるだけ、ありがたいと思わなきゃ」
「客には海賊との遭遇時に受けた損害の保障はありませんと、伝えてくれ」
バリトンがいたので、声を掛ける。
「暇なら俺の船に乗ってくれ」
「これで三度目だな。サルバドデス行きなら、少し負けてやる。往復で金貨三枚だ」
「優しいね、世の中の奴らがバリトンみたいな善人ならハッピーだ。乗ってくれ。何があるかわからねえ。海中で戦える副船長は貴重だ」
キルアはサルバドデスに傭兵団を運ぶ。航路を変えたおかげか、何事もなくサルバドデスに到着した。帰りの仕事がないか、ロイエンタールに声を掛ける。
「ベセルデスに行く船倉が空だ。荷物があったら運ぶぜ」
ロイエンタールは、あっさりと仕事を廻してくれた。
「なら、頼む。また十人プラス荷車二台で、金貨十枚だ」
避難民を乗せてサルバドデスを出る。夜にバリトンと舵を替わる時に少し話す。
「バリトンの読み通りだ。人を運ぶ仕事はある。あと数回は稼げる。運賃は値上げてしても、客はる」
「いいや、無理だろう。あと、二回も運べればいい」
「三回目は難しいか?」
「おそらく、三回目はちと面倒な事態になる予感がする」
キルアはその後も二回、行きに傭兵団を乗せて帰りに、避難してくる人間を乗せた。
バリトンが不吉な予言をした三回目がくる。




