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第十七話 海賊デーモンと海賊の罠

 船の修理が終わるまでに七日を要した。金も心細くなったので、エルモアに会いに行く。

 エルモアは相変わらず、忙しそうに来客の相手をしていた。


「久しぶり、エルモア。仕事がしたい。何か仕事はないか? なんでも言ってくれ。危険物の運搬でも、多少ヤバイ物でもな」


 エルモアが()えない表情で、キルアを見る。

「キルアの船で荷物を運びたい悪魔なんて、いないと、断りたいところ。だけど、仕事があるわよ。ラッキーね」


「どこから、どこに、何を運ぶんだ?」

「行き先はサルバドデス。荷物はないわ。運ぶのは悪魔よ」


「旅客運送って奴かい。問題ない。いつ、何人を運べばいいんだ?」


 エルモアが穏やかな顔で条件を告げる。

「今日にでも行きたいそうよ。人数は二十人。行きのみで、金貨十枚よ」


「やってもいいが、前金で欲しいな。今は金欠だ。客に出す食事や水にも事欠く有様だ」


 エルモアは三m離れた場所にいる、二本の角を生やした女悪魔を見る。

女悪魔の身長百七十㎝で、赤い肌をしていた。女悪魔は簡素な緑色の服を着ていて、腰には剣を佩いていた。


 エルモアが愛想の良い顔で、女悪魔に確認する。

「船長はああ頼んでいるけど、どうする?」


 女悪魔はいい顔をしなかったが、渋々の態度で了承した。

「鉄壁傭兵団のレーガだ。全額を前金で払う。だから、今日中には出航してくれ」


「了解。すぐに、水と食糧を買ってきて、船を出せる準備をする。船は小さいが、速度には少し自信がある」


 レーガから金貨十枚を受け取る。酒場でバリトンを探すと戻っていた。

「サルバドデスまでお客様を運ぶ。俺の船に副船長として乗ってくれ。今度は水夫スケルトンがいるから、船員は要らない」


 バリトンは機嫌よく応じる。


「なら、往復金貨四枚で乗ってやるよ。高いと思わないでくれよ。水夫スケルトンがまともに動けなかったら、苦労するのは全部俺だ」


 水、食糧、砲弾を買う。バリトンに払う金貨を除くと、綺麗サッパリ金貨はなくなった。準備ができたので、昼にレーガに連絡を入れ、昼過ぎにベセルデスを出航する。


 船出の時には風が出ていた。傭兵団の悪魔は船旅が初めての者も多いのか船酔いになる者もいた。


 初日は何事もなく過ぎる。水夫スケルトンの働きに期待していなかったバリトンの表情は出向前、硬かった。だが、今は水夫スケルトンの働きぶりを見てホッとしていた。


 操舵輪を握っていると、レーガが穏やかな顔で話し掛けてくる。

「キルア船長はもう長い期間、船に乗っているのか?」


「いいや。まだ一年未満だ。だが、心配は無用だ。サルバドデスに行きはこれが初めてじゃない。十日前にも行ったばかりだ。それに優秀な副船長もいる」


 レーガが曇った顔で尋ねる。

「サルバドデスは今、どうなんだ? サルバドデス行きの船は全て欠航だ。晴れているのにだ」


 理由は想像がつく。海賊とガラパシャの活動が盛んなんだろう。だが、エルモアが伝えていないのなら、憶測で物を言はないほうがいい。


「十日前は平穏な港街だったぜ。何か心配事でも?」

「サルバドデスでは戦争の噂がある。私たち鉄壁傭兵団も戦争に行くのさ」


 レーガの言葉は意外だった。

「サルバドデスは中立都市と標榜(ひょうぼう)している人間の街だ。それを悪魔が守るのかい?」


 レーガがふっと笑って教えてくれた。

「何だ、知らないのかい? 人間の大陸じゃあ、どこに行っても戦争だ」


「そうなのか? あまり陸には興味を持ったことがない」


 レーガが淡々と事情を語る。

「人間の戦争には傭兵が欠かせない。その傭兵を悪魔が担っているのさ」


 人間が悪魔を雇って戦争している情報は初耳だった。気になったので確認する。

「悪魔を雇うってのは、人間も了承済みなのか?」


 レーガが呆れた顔で人間を馬鹿にした口調で話す。


「どこのどいつも、悪魔を傭兵に遣っているとは大っぴらに認めない。だが、全ての人間は悪魔が傭兵をやっていると知って、雇っている」


「人間の業だね。そんで、傭兵は儲かるのかい?」


 レーガは笑って答えた。

「それなりに儲からなきゃ、やっていないさ。損する時もあるけどね」


 二日目になる。操舵輪を握っていると、見張り台のバリトンの叫ぶ声がする。

「船長、人間の海賊船が見える! 四十五m級だ」


 単なる四十五m級の海賊船なら、問題はなかった。充分に逃げ切れる。キルアの船は小さいが速い。『追い風』のギフトもある。


 ドンと音がして急に船が止まった。衝撃でレーガが転びそうになる。


 レーガが険しい顔で尋ねる

「どうした、船長。なぜ、船が急に止まった」


 なぜ、と聞かれても原因は不明だった。

『追い風』を遣って速度を出そうにも、船はギシギシと音を立てるだけ。前にほとんど進まなかった。


 バリトンの緊迫した声がする。

「まずいそ、船長。海賊船が距離を詰めてくる」


 レーガの険しい声が飛ぶ。

「総員、戦闘用意」


 水夫スケルトンも、砲撃戦の準備を開始する。キルアの船は三十五m。四十五m級との海賊船と砲撃戦をやれば、沈められる危険性があった。


 キルアは船と意識を同調させる。船底に何か見えないロープのようなものが接着して海底に引っ張られている感触を得た。


「おいたをしている連中が海の中にいる。ちょいと悪餓鬼共の尻を蹴ってくる」

 キルアはサーベルを抜くと海に飛び込んだ。海中に飛び込むと、船が進めない理由がわかった。


 光る白いロープが二本も船の底に付着していた。下に二十mほど潜って行く。海底に縦五m、横三m、高さ一mの装置が二機、設置されていた。装置から光るロープが伸びており、海底と船を固定していた。


「あの訳のわからない装置で、俺の船を止めていやがったのか」


 装置を破壊しようと近づく。水中で活動するための潜水帽子と足ヒレを装着した四人の人間がいた。四人の人間は手に(もり)を持って装置を守っていた。


 キルアが近づくと、銛を片手に人間が襲ってきた。キルアが水中で活動できる時間は五分間。五分間で四人を倒さなければいけない。


 キルアは襲い来る一人目の男の銛を躱す。潜水帽子に向かって突きを繰り出す。


 サーベルが潜水帽子に命中する。潜水帽子に穴が空く。大きな気泡が潜水防から噴き出る。慌てて一人目の人間は海面へと上昇していった。


「あと、三人」


 二人目の男が銛で突きを放つ。キルアは綺麗に回避する。人間の頭に一撃を入れた。潜水帽子に亀裂が入ると、二人目の男も浮上し行く。海賊デーモンに進化したせいか、海中でもおもうように体が動く。


「あと二人」


 三人目の男はすぐには襲ってこない。四人目の男は先の二人との戦闘中にキルアの背後に回っていた。キルアは敵に前後を挟まれていた。キルアは慌てず、注意を払う。


 ドボンと音がする。音のした方角を見る。銛を片手にバリトンが水中に潜ってきた。キルアの背後を取っていた四人目が即座に反応する。四人目の男はバリトンに向かった。


 キルアの敵は目の前の一人だけ。三人目の男との距離を詰めてキルアは突きを繰り出す。三人目の男はギリギリでサーベルを躱す。だが、水中での戦いは海賊デーモンのキルアに分があった。


 十数合ほどの攻防が続く。四人目の男の潜水帽子に突きが命中した。三人目が逃げ出した。すかさず、バリトンの支援に向かった。バリトンと四人目の人間は銛で水中戦を繰り広げていた。


 キルアは下から四人目の男の脚を引っ張った。


 四人目の男がバランスを崩す。バリトンの銛が四人目の男の潜水帽子に刺さった。四人目の男も急いで海面に向かった。


 キルアは海底に潜って、謎の装置に向かい合う。装置にはレバーがあった。レバーを下ろすと、光るロープが消える。再使用されないために、レバーを思いっきり下げて折っておく。


 もう一つの装置もバリトンが銛で滅多刺しにして破壊した。光るもう一本のロープも、消えた。

 急いで浮上する。海上では傭兵団の人間に攻撃を受けたのか、人間が力なく浮いていた。


 キルアは羽を広げてバリトンを引っ張り上げる。船上に下り立つ。海賊船は迫ってきていたが、まだ砲撃の射程距離外だった。


「待たせちまったな。すぐに船を出す」


 キルアは『追い風』を発動させる。船の帆が張られ船は速度を上げて行く。近づいていた海賊船と距離が開いていく。キルアの船は海賊船を振り切った。

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