第十五話 海戦デーモンとサルバドデスの街
港に船を着けると、ゴブルはさっそく商品を売るために商館に出かけて行った。水と食糧を補充するために、水夫ゴブリンが買い物に行く。キルアが船長室で休んでいると、バリトンがやって来て、軽い調子で勧める。
「船長、人間の街は初めてだろう。少し見てきたらどうだ。中立都市なら襲われることもない」
「遠慮するよ。見ても、面白いものではないだろう」
バリトンは気遣うよう声を掛ける。
「俺の見立てじゃ、船長は若い悪魔だろう。人間を知っておいたほうがいい。陸で生きるなら人間は敵ぐらいの感覚でいい。だが、海に軸足を置くのなら人間を知らないと損だ」
人間とは会った経験がない。だが、人間にはあまり良い感情はなかった。
「なぜかは知らない。デカイ海は好きだが、ちっちぇ人間は好きじゃないんだ」
「好きか嫌いか別だ。もし、荷運びをやるなら、人間とは必ず付き合う必要が出てくる。早いうちに慣れておいたほうがいい」
「助言はありがたい。でも、今は、いい。もう少し強くなってからにする」
バリトンは柔らかい口調で引き下がった。
「なら、無理には勧めないよ。その時がきたら考えろ」
バリトンが船長室を出て行った。
「人間にはまるでよい感情がねえ。でも、それは俺が悪魔で、海賊に襲われたからだろうか」
悪魔にだって、同族を騙そうとする奴はいる。人間にだって、良い奴はいる。だが、どうも人間を好きになれなかった。
「人を知るか、観察ぐらいならいいか。直に見ればまた印象も変わるかもしれん」
キルアは船長室を出て施錠する。
「悪い、バリトン。やっぱり、外で飯を喰ってくる。船を頼むわ」
「了解、船長」とバリトンが柔らかい雰囲気で了承する。
港をぶらぶら歩く。中立都市のサルバドデスは人間の町なので、人間が多い。街は赤い煉瓦造りの建物が多い。港の近くには大きな商館が立ち並ぶ。
商館は儲かっているようだった。荷馬車や荷物をロバに積んだ商人が引っ切り無しに出入していた。サルバドデスは貿易で食べている街なので、異種族も多数、見かけた。
半円上に広がる街には、物が溢れていた。市場も活況で品物も多い。
大通りに面した大衆食堂に入る。人間と異種族の船乗りが食事をしていた。適当にモツ煮込みを食べるが、これが結構、行けた。
「香辛料と調味料の差だな。この街では、多種多様の香辛料が入る。モツでも充分に喰える」
船乗りたちは酒を飲み、真顔でしきりに情報交換をしていた。
「どこの船が、どこ行きで」「どこの船長は、金払いがいい」
「あの船は、人使いが荒い」「酒は、どこが美味い」
人間の船乗りは人間の船乗りと情報交換をしており、異種族は異種族同士で情報交換をしていた。お互いに関わろうとしない。だから喧嘩もない。
「中立都市といっても、種族間の壁は厚い。それも同じ店で食事ができるんだから街の政治家は上手くやっているんだろう」
噂話を聞いていると、人間たちが戦争の噂をしている会話が聞こえて来た。人間の世界では戦争が絶えなく、特に内陸部の戦いが酷いとの話だった。海にも海賊が出る。だが、まだ海のほうがマシだと話していた。
船乗りたちの話だから、どこまで本当かわからない。今の海が安全と評価されるなら陸を旅する気は起きない。食事を済ませると、港に帰る。
ゴブルは人間の人足を連れて来ていた。人足は船から干したブルーベリーを卸す。次いで、帰りの荷物である羽毛を積み込んでいた。
買出しに出ていたゴブリンも戻って来たので、金を払い水と食糧を補給する。
船の荷物が積み終わった時には夕方だった。バリトンが船長室にやってくる。
「船長。ゴブルが早く船を出して欲しがっているがどうする?」
「俺は構わんが、船員たちはサルバドデスの宿で休みたいだろう。それにガラパシャだって、まだいる。安全のために三日くらいはいたいね」
バリトンは渋い態度で意見する。
「それはそうなんだが、俺たちは荷主から金を貰って荷を運ぶ。荷主の意向は無視できない。それに、夜のほうが海賊に見つかり難いのも事実だ」
ゴブルの言葉だけなら動きたくなった。副船長からの提案もあるなら無視できない。
「風はどうだ? いけそうか、夜に出ても無風なら大して進まねえぞ」
「弱い横風が吹いているから航行には問題ない」
「わかった。なら、船員にはすまないが船を出そう」
夕方の出発には船員から不満も出た。されど、バリトンが宥めて、船は海原に出航した。
船は夜通し掛けて、海を進む。風は止むことがなく、船は順調に進む。
海賊船が出没した海域に来ると、妙な霧が出てて来た。ゴブリンたちが酩酊し出した。
バリトンが苦い顔で意見する。
「またガラパシャが出たな。しかも、サルバドデス側に移動してやがる。普段ならしない動きだ。何かがおかしい」
戦闘を警戒した。バリトンと二人で魔道砲の六門にカートリッジを装填する。
バリトンが見張り台に上がって、キルアが操舵輪を握る。
少し進むと、船の残骸があった。残骸が船に当たると異音を立てる。前回と同じだ。
気にせず進むと、何ともいえない嫌な空気を感じた。
バリトンが警戒の声を出す。
「船長、気を付けてくれ。空気が変だ。ガラパシャが近くにいるぞ」
急に頭痛がして、耳鳴りがしてきた。
「船長、右舷に何かいる! ガラパシャだ! 近づいて来てるぞ!」
当らなくていいから、船と意識を同調させて砲撃を開始する。
砲弾が飛んで行く。砲弾が水飛沫を上げる音がする。砲弾を次々と撃ち出し、ガラパシャを牽制した。だが、砲手がいないので命中しない。ゴブリン水夫たちは動けないので、砲撃は期待できない。
船が大きく左に傾いた。船は攻撃を受けた。船の側面から、バキバキと嫌な音がする。
砲撃を続けた。砲弾が着水する音ではなく破裂音がした。二度目の衝撃が船を襲った。
船の右舷の砲台が根こそぎ吹き飛んだ。船はもう駄目だと悟った。
キルアは船を捨てる決断をした。船長室に戻って急ぎ、宝箱から金貨を回収する。
船が沈むような衝撃が来た。
「くそ、これまでだ」
キルアは背中から羽を生やして見張り台まで飛び上がった。
「駄目だ。もう船が保たん。船を捨てるぞ」
キルアが手を差し出すと、バリトンが手を取って叫ぶ。
「やむなしだ」
バリトンの手を掴んで空に飛び上がる。サモン・シップを唱えて船を消そうとした。サモン・シップを唱え終わって、ゲートが出現した時には、船は転覆して沈む寸前だった。
海上には逃げられなかったゴブリン水夫とゴブルが浮かんでいた。見捨てるしかなかった。
暗い海の上を、バリトンを連れて飛んで逃げる。早めの出航は裏目に出た。バリトンを責められない。
バリトンの助言に従ったのは船長のキルアだ。
「船を沈めて、乗員と依頼人を見捨てちまった」
バリトンが苦しげに語る。
「船長の評判は下がる。仕事もしばらくは来なくなるかもしれん。だが、乗員や荷主を救う方法はなかった」
「どのみちあんなに大きく、船が破損したんだ。しばらく海運業はできねえよ」
途中、難破船の上で休憩をとる。バリトンを背負って、街までキルアは飛んだ。ベセルデスに帰って来たバリトンとキルアは、《漁火亭》のエルモアを訪ねる。
エルモアがキルアとバリトンを見ると、表情を曇らせる。
「その顔を見るに、何か良くない事件に遭遇したようね」
「行きの運搬は上手く行った。だが、帰りにガラパシャに遭遇した」
キルアの報告に、エルモアの表情は険しくなる。
「それで荷主はどうなったの?」
キルアは沈んだ気分で、報告を続ける。
「俺の船は沈み。荷物を失った。依頼人のゴブルと乗員は助けられなかった」
エルモアがバリトンを険しい顔で見る。バリトンが申し訳なさそうな態度で認める。
「キルアの言葉は本当だ。乗員とゴブルは今ごろガラパシャの腹の中だ」
エルモアは冷たい表情で、淡々と告げる。
「わかったわ。確認が取れ次第、行きの報酬だった金貨十五枚は払うわ」
「面目ねえ」と、バリトンがエルモアに頭を下げる。バリトンには報酬の金貨四枚を払って、《漁火亭》で別れた。




