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第十四話 海戦デーモンとサルバドデスへの航海

 ゴブルはデーモン・ゴブリンにしては、痩せたゴブリンだった。身長も百六十㎝と低く、顔色もよくない。服装はクリーム色のシャツに、クリーム色のズボンを穿いていた。


 ゴブルが神経質な顔で挨拶をする。

「荷主のゴブルだ。無事にサルバドデスへ行って帰ってこられる事態を願うよ」


「船は小さいが、気は大きく持ってもらって構わない」


 人足たちにより荷物が船に積み込まれる。

 荷物の積み込みが終わると、バリトンが十人の水夫ゴブリンを連れてやって来た。


 水夫たちの格好を確認する。新しい格好のゴブリンが三人ほどいたので、気になった。


 バリトンに尋ねる。

「新人が三名、いるようだな」


「時間がなくてベテランを集められなかった。だだ、大丈夫だ。往復七日もあれば帰ってこられる短い航海だ」


 多少の不安はあったが、全てに完璧を求めるようとは思わなかった。それに、一度の成功で、必要な金貨は貯まる。


「エルモアからの推薦もあるから、あんたを信用するよ」


 船の帆が上げられる。水夫ゴブリンがてきぱきと動く。帆を操る。帆が張られて、船は動き出す。キルアの船が大海原を進む。操舵はバリトンがやってくれるので、船長のキルアは特にやる仕事がない。


 時折、水夫ゴブリンの動きを見るが問題なかった。


 有能な副船長がいると、船長は楽だ。エルモアの紹介だから、信用も置ける。荷物の盗難も反乱も起きない。


 二日目に船長室で時間を潰していると、険しい顔のバリトンが呼びに来る。

「船長、ちとまずい事態になったぜ。外に来てくれ」


「どうした、海賊が近づいてきているのか」


 海賊が出たのかと警戒して船長室から出る。


 外は霧に覆われていた。視界は五十mくらいしかなかった。

「霧が出ているな。ここの海域はどうなんだ。座礁の危険性があるのか?」


 バリトンが苦い顔で語る。

「ここらへんは水深が深い。座礁の危険はない。だが、まずいのは別の事情だ」


「他の船との衝突の危険性か?」

「それもあるがこの霧は普通ではない。あれを見てくれ」


 視界の先には、水夫ゴブリンがぐったりしていた。

「まさか、船酔いか? 船乗りがか?」


 バリトンが渋い顔で懸念を伝えてくる。

「水夫ともあろうものが、これくらいで船酔いになったりはしない。これは魔法の霧の影響だ」


 魔法の霧と教えられても、キルアは何ともなかった。

「俺は何も感じないぞ。ただの霧にしか思えない」


「それはあんたの体が丈夫だからだ。スケルトン種族の俺にも影響はない。だが、ゴブリンたちは皆、霧にやられて酩酊状態だ」


 貧しくてキルアは酒を飲めなかった。体が丈夫でアルコールにも強いなら試そう。海運業をやるにしても、海賊をやるにしても付合いは必要だ。


 もっとも港に着ければの話だ。


「役に立たない水夫たちだな。いいぞ、俺が操舵を替わるから、バリトンは周囲を警戒してくれ。どのみち、この船は魔法の船だ。俺が元気なら問題ない」


 バリトンが険しい雰囲気で語る。

「船長、そうじゃないんだ。この魔法の霧が出る時には、海の魔物ガラパシャが出る」


「ガラパシャ? どんな魔物なんだ」

「全長は五十m。形状はでかいクラゲだ。生き物を酩酊させる霧を吐いて、船を停めて、乗員を食う」


 教えれば尻込みするとエルモア思われたのなら腹立たしい。危険もきちんと説明しないのも人を馬鹿にしている。言っても意味がないが、愚痴がキルアの口から出る。


「そんな危険な魔物が出るのか。エルモアから訊いてないぞ」

「普通はこんなところに、ガラパシャは出ない。何か訳有りだ」


 バリトンが言うのなら想定外の事態だ。ガラパシャの危険性を知っているのなら、どうにかなりそうな気もする。


「どうしたらいい? 俺はガラパシャを知らねえ。アドバイスをくれ」

「何があっても船を停めるな。この小さな船なら速度が速い。近くにガラパシャがいても逃げ切れる」


「危険な海域はすぐに抜けよう。船よりデカいのに体当たりされたら荷物ごと海の底だ」


 バリトンが船首に左舷と右舷を行ったり来たりした周囲を警戒する。海上の霧は海戦デーモンのキルアの視界を制限する。デーモン・スケルトンには違って見えるのようだった。


 キルアは操舵輪を握る。船の帆を全開にして進んでいく。

 二時間も進むと、船に何かがぶつかる音がした。魚ではない。攻撃を受ける音とも違う。


「何かが船にぶつかっているな。ガラパシャが挨拶でもしているのか?」


 バリトンが神経質な声を上げる。

「船の残骸だ。大きくないから無視していい」


 ガラパシャに襲われた船の残骸があるなら危険だ。近くにガラパシャがいた形跡だ。

 操舵輪を握って船を進める。船に他の船の残骸が当たるたびに音がする。


「誰か、誰か、助けてくれ」


 声が聞こえたが、無視する。バリトンも停める指示をしない。

「おーい、おーい」と呼ぶ声がするが、これも無視する。


 船が破壊されているので、遭難者がいるのかもしれない。だが、この声が罠なのかもしれない。ガラパシャが人や悪魔の言葉を話している可能性もある。


 霧の出る場所を抜けると、声は聞こえなくなった。

「ここまで来ればガラパシャの危険はない。俺は見張り台から周囲を見張る」


 バリトンが安堵した顔で見張り台に上がって行った。すぐに、見張り台の上から叫ぶバリトンの緊迫した声がする。


「まずいぞ、船長。人間の海賊だ。こっちへ向かってくる」


 キルアは舵を切って船を霧の中に戻すか迷った。風の向きから、逃げ切れそうだった。

「どうする? このまま突っ切るか? それとも旋回するか?」


 バリトンが大声で怒鳴った。

「霧の中に戻る決断はまずい」


 針路を真っ直ぐにとって、船を進める。


 キルアの船の左舷に対して直角に、海賊船は進んで来ていた。海賊船は二本のマストを持つ四十五m級で、キルアの船より大きかった。


 一旦、操舵輪を離れて、左舷の魔道砲にカートリッジを装填した。いつでも魔道砲を撃てるようにする。

キルアは操舵輪を握って、船に意識を集中する。海賊船が射程内の百二十mに入ったところで、意識を船と同調させ、魔道砲を発射する。


 白い砲弾が三発。海賊船に向けて飛んで行く。弾は全弾が外れて着水する。


「だめだ。俺だけでも撃てることは撃てる。だが、しっかりと照準しないと当たらない。やはり砲手は必要だ」


 操舵輪を離して魔道砲で海賊船を狙おうかと迷った。


 ふらふらになりながらも、三名の水夫ゴブリンが立ち上がった。水夫ゴブリンが魔道砲を操作する。水夫ゴブリンたちによる砲撃が始まった。


 水夫ゴブリンは魔道砲の操作に慣れていたのか、次々と砲弾を撃っていく。海賊船に対して左舷を向けるようにキルアは船を操作した。


 海賊は魔道砲を装備している海賊船の側面をキルアの船に向けなかった。海賊は船をぶつけて乗り込む気だ。砲撃戦ではなく、白兵戦で戦う気だ。


 突っ込んでくる海賊船に対して、キルアの船は魔道砲が配備されている側面を向けている。海賊船は一方的にキルアの船から魔道砲を浴びた。魔導砲三門からの攻撃では船は沈まないと海賊は判断している。


 海賊船の総舵手に弾が当たったのか、海賊船の進路がずれた。海賊船とキルアの船の衝突が回避された。船を停められて、海賊に乗り込まれる危険性が消えた。


 砲弾が海賊船のマストの一つに当たった。海賊船のマストが不自然に曲がった。追い風が吹いてきた。キルアはそのまま船の速度を上げ、海賊船を振り切りに入る。


 キルアは大声で、見張り台に立つバリトンに尋ねる。

「どうした? 海賊の奴らまだ追って来ているか?」


「追跡を諦めたようだ。追って来ようとしてもマストが破損していれば、速度が出ない。この風なら逃げ切れる」


 夜には水夫ゴブリンたちも酩酊状態から復帰し、て仕事に戻った。朝になるとサルバドデスの港町が見えてきた。

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