第十話 海戦デーモンと二つの儲け話
五日後、船長室から出ると陸が見えた。船の見張り台に上り、設置されている望遠鏡を覗く。港を持つ白い街並みが見えた。
キルアはフロック・コートを脱ぐと手に抱える。羽を出して宙に浮いた。
船を出した状態で、サモン・シップを唱える。海上に緑の輪が出現して、輪の中に吸い込まれるように船は消えた。
キルアはそのまま空を飛んで、ベセルデスの街に向かった。
港には三十五m級の帆船から、もっと大きい七十m級の帆船が、十隻も停泊していた。沖には接岸を待つ船がいたので、港は混雑していた。
「船が出し入れできるって便利だな。混雑時に接岸待ちをしなくて済む」
キルアは港に下り立つ。ベセルデスの街はなだらかな斜面の上に建った街だった。街は港を基点に扇形に広がっている。
街の大通りを歩いて行くと、様々な店がある。悪魔の街との話だったが、人間を除く多種多様な種族がいた。まずは格好を、どうにかしたかった。衣類を扱う店の看板があったので入る。
店主は浅黒い肌をした身長百七十㎝の鬼に似た種族だった。頭にデーモン・ゴブリンの言葉が浮かぶ。心の中がモヤっとする。
「まただ、俺はこの種族を何と呼ぶか知っている」
店は古着屋だった。古着屋にはキルアが着ているのと似たフロック・コート、キャプテン・ハットが置いている。いっそのことズボンも揃えて海賊船長用のファッションに統一しようかと思う。だが、思いとどまる。
「派手な格好はトラブルを招くかもしれない。情勢がわからないうちは、目立たない格好がいい」
キルアは水夫がよく着るクリーム色のシャツとズボンを買って水夫の格好をする。悪魔用の水夫の服は、羽を出せるように一工夫してあった。
風呂屋を探して風呂に入り、身綺麗にする。街での情報を集めるために、酒場を併設した大きな宿を探した。
大きな宿は通りを挟んで二軒あった。両方の宿屋は規模も同じだった。建物は二階建て木造で、広さは三千㎡。一階に二百席の酒場があり、二階が宿だった。
片方が《漁火亭》で、もう片方が《大烏賊亭》と看板を出していた。
まず、《大烏賊亭》に入る。適当に食事を注文していると、客たちの噂話が聞こえてくる。
客たちはしきりに真剣な顔で「ゼナ」が「奇跡の石」が「人間」がと噂している。儲け話が転がっている空気を感じた。
酒場にいた給仕のゴブリンに銀貨一枚を渡して聞く。
「ゼナとか奇跡の柱とか何を話しているんだ?」
給仕は店の一角にどんと腰を据えて座る男を指し示す。
「興味があるんなら、そこにいる商人デーモンのマスクエルさんに聞くといいですよ。詳しく教えてくれます」
「儲け話とやらを聞いてみるか」
マスクエルは、真っ黒な肌をした人間に似た五十代くらいの悪魔だった。マスクエルは四角い顔をして髭を生やしており、目つきは鋭い。
マスクエルはゆったりとした黄色いズボンを穿き、白いシャツの上から黄色のベストを着て、白いターバンをしていた。
食事が終わったので、マスクエルの許に行って尋ねる。
「何か、あんたの元に行くと儲け話があると聞いた。どんな話か、よかったら訊かせてくれないか?」
マスクエルは値踏みするような視線でじろりとキルアを見る。マスクエルは正面の席を勧めてから、威厳のある声で話し出す。
「ここから七日ほど南に行った場所に、奇跡の石が吹き出る島がある」
「そんな、島があるとは初耳だな」
「年に一回、奇跡の石が現れる。島に行って、奇跡の石を掘って持ってくれば高価で買い取る。量によっては、金貨百枚は行くだろう」
次のレベル・アップまで金貨八十枚。金貨が百枚も稼げるなら充分な量だった。
「それまた、随分と美味しい話だが、当然危険もあるんだろう? どんな危険だ?」
マスクエルは素っ気ない態度で、簡単に告げる。
「奇跡の石は神鳥ゼナの好物だ。奇跡の石が湧けば、奇跡の石を喰いに来る」
「その神鳥ゼナってのは、強いのか?」
マスクエルが軽い調子で、重要事項を話した。
「おおよそ、倒すのは不可能だ。だから、奇跡の石が湧いてから、神鳥ゼナが石を喰いに来る、わずかな時間が勝負になる。離脱のタイミングを間違えると、間違いなく死ぬ」
「問題はそれだけか?」
「奇跡の石は人間たちの間でも高価な値段で取引される。人間たちも奇跡の石が欲しい」
段々と高額な儲け話の全容が見えてきた。
「奪いあいになるんだな」
マスクエルはさも当たり前の顔で気楽に語る
「石が湧くまでの間、島を占拠する必要がある。仮に奇跡の石を掘れたとしても、人間たちは奪いに来る」
「考えりゃ、島を占拠できなくても、掘った奇跡の石を奪えればいいわけだ」
マスクエルが微笑んで、恩着せがましく述べる。
「俺たちは奇跡の石が湧く島まで行き帰りの船を無料で出す。掘る道具も無料で貸す。奇跡の石の買い取りもする。サービスがいいだろう?」
「奇跡の石が掘れなかった、または、死んじまったら無報酬ってわけだ」
マスクエルは平然とした態度で、あっさりと認めた。
「そういうわけだな。どのみち、能なしは死ぬ。それが儲け話の中身だ」
「買い取って転売する悪魔だけが、安全に儲けられるわけか」
マスクエルが明るい顔で宥める。
「そう、僻むな。あんたも上を狙うなら、これはチャンスだ。まともにやっていたら、金貨八十枚なんて、貯まらない。だが、奇跡の石を掘るなら一発で金貨八十枚は行くぞ」
「返事は今ここでしなければ、ダメか?」
マスクエルは、むっとした顔で教える。
「考えたければ考えるといい。やる気があるなら、三日後に港に来い」
次にキルアは向かいの《漁火亭》に行く。
《漁火亭》では飲み物だけを注文して噂話に耳を立てる。こちらでは奇跡の石を掘る仕事の話題は、ほとんどなかった。代わりには貿易の話が噂されていた。ベセルデスで品物を仕入れて、船で運べれば金になるのか。
品物は遠くまで運べば利益が見込める。また、人間の街にある中立都市まで運べれば、利益がさらに大きい。ただし、中立都市の近海では人間の海賊が出ると噂されていた。
貿易をしようにも手持ち資金があまりない。初対面の奴にツケで物を売る奴はいない。物貿易で儲けるのは難しい。貿易は無理かと諦めかけた。
店に来る悪魔が、特定の悪魔の元に行っている状況がわかった。
来客が多い悪魔は黒い肌をして丸い顔をした、三十代の人間に似た女性の悪魔だった。
女性の悪魔の表情は柔らかく、緑の髪を肩まで伸ばしていた。女性の悪魔は緑のシャツを着て緑のズボンを穿いていた。
ゴブリンの給仕に銀貨一枚を渡して聞く。
「あそこに頻繁に来客がある女性は誰なんだ?」
ゴブリンの給仕が、愛想よく答える。
「エルモアさんですね。船だけしか持ってない悪魔と、商品しか持っていない悪魔をマッチングさせて、仲介手数料を取る仕事をしています」
「品物があるのなら、海運業者に頼めばいいだろう」
「大手の海運業者は運賃が高いんですよ。組合にも加入もしなければならない。新規参入には、敷居が高いんです」
エルモアは安く荷物を運びたい小口の商人と、大手には加入できない個人の船長を仲介して利益をあげている悪魔だった。
「俺も船だけならある。頼めば仕事を回してもらえるな」
エルモアの元から客が帰ったので、エルモアの前に行く。
「船だけ持っているんだが、どれだけ稼げる?」
エルモアは感じのよい顔で訊く。
「どれだけ稼げるかは、持っている船と、あなたの腕次第かしら。どんな船なの?」
「船は三十五m級。魔法で呼び出せて、一人で操船できる船だ」
エルモアは思案する顔をして教える。
「サモン・シップで呼び出せる小型帆船ね。荷物はそれほど運べないわね。儲けたいなら中立都市まで運ぶしかないわ」
「中立都市は危険だ、って聞いたぞ」
エルモアは鼻で笑って気さくに語る。
「安全な海なんて迷信よ。海は常に危険に満ちているわ。お金にも満ちているけどね」
「中立都市まで一回の往復で、いくらになる?」
エルモアは明るい顔で慣れた口調で説明する。
「三十五m級ならたいして荷物を積めないわ。でも、小さい船でも荷物を運びたい商人は、いるわ。一回で金貨十枚から二十枚ってところかしら」
「結構、稼げるな」
エルモアが表情を曇らせて確認する。
「一人だと海賊に狙われたら、おしまいよ。船を壊されれば海の藻屑。それでもやる?」
「いいや、考えさせてくれ」
エルモアから離れて考える。
金を稼ぐ手段は見つかった。奇跡の石を掘るか、荷運び。荷運は奇跡の石を掘るより安全で簡単だ。だが、手間が掛かる。奇跡の石を掘るのは、危険に満ちているが、一発で、でかく稼げる。
「さて、どちらをやるか?」




