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第一話 ベビー・デーモンは遭難寸前

 曇った海の上に船が浮いている。船は四角い一枚帆を張った、全長十mの木造漁船だった。蓋が開かれた漁船の生け簀には、小さな存在が裸で寝ていた。


 身長にして百四十㎝。肘から先と膝から先には獣のような毛が生えており、体は赤い肌をしている。顔は毛で覆われていて、犬のような鼻を伴った口をしていた。頭髪の代わりに、小さな角が二本、生えていた。


 ベビー・デーモンと呼ばれる悪魔の赤ん坊だった。ベビー・デーモンの名はキルアという。


 船腹に打ち付ける波の音が、やたら五月蝿(うるさ)い。キルアはまだ眠たい目を開ける。曇天の空が見えた。


「何か一雨やって来そうだな」と、ぼんやりと予想する。


 体が大きく上下している現実に気が付いた。乗っている漁船は波に揺られていた。漁船は七mの高低差で上下していた。


「あれ?」と思って起きると、獣のような手足が見えた。その手足がキルア自身のものだと気付くのに、数秒を要した。何だ、これ?


 ゆっくりと顔を触った。犬のような顔の輪郭が手から伝わってくる。被り物かと思ったが、引っ張ると痛い。


「え、何? 何、何が起きたんだ?」

 キルアは軽いパニックになった。自分が『誰で』ここはどこか思い出そうとした。


 ほとんど思い出せなかった。ただ、上下に揺れる漁船の上で、自分の名前が「キルア」とだけかろうじて思い出せた。もっと、何かを思い出そうとすると、ポツリと水滴が落ちてきた。


「雨か」と思うと、一気に水滴がシャワーのように降ってきた。

「おい、ちょっと待ってくれよ。なんでこの状況。死にそうじゃねえか」


 悪態をついても雨は止まらない。視界は滝のように激しさを増す雨で急速に悪くなった。

 辺りを見回すが、通りかかる船はない陸地も見えない。漁船にはキルアしか乗っておらず、他に乗員はない。


 操舵輪も誰も握る者がない。寂し気に、右に左にとランダムに総舵輪は回転していた。


 頼れる存在は自分だけ。雨は激しく降っている。確実なのはこのままでは漁船は水の重みで沈む。何とから揺れる船の上で生け簀からキルアは這い出した。


 生け簀の蓋を閉める。雨は船内に入って、水が溜まってきていた。このままでは船が沈むのは時間の問題だ。


 見渡すと命綱があったので胴体に巻きつけ、帆柱に縛る。漁船には小さな木製のバケツがあったので水を汲み出した。水を汲み出す作業をしていると、水面を黒い物体が通りすぎる光景が見えた。


「おいおい、冗談だろう。水中に鮫がいるなんてよしてくれ!」


 視界が悪すぎて、本当に鮫がいるのか確認はできなかった。気のせいかと思ったところで、一mほど鯨の顔が海面に見えた。


「鮫でなくて鯨か。驚かせやがって」


 安心したのも束の間だった。鯨が船より大きな体を船体に体を接触させる。軽く接触しただけなのに、船は大きく揺れる。波のせいもあり漁船は転覆しそうになった。


 漁船から外に投げ出されそうになる。命綱がぴんと伸び胴を締め上げる。

 鯨が再度、向かってくる気配があった。


「武器はないのか」と思うと銛が目に入った。銛を右手で持って構える。

「こんなところで死んで堪るか」


 鯨が横に並んで、体を船体にぶつけようと現れた。銛を思いっきり鯨の体に投げた。揺れる船上では狙いを付けるのが難しかった。どうにか、銛が鯨の背中に命中した。


 予想外の反撃を喰らい鯨が驚いたの。水飛沫(みずしぶき)を上げて、鯨が海中に消えた。


 魚船と銛を結んだロープが海中に引っ張られる。魚船がバランスを崩しそうになった。慌てて銛を引っ張る。力いっぱい引っ張ると、銛が抜けて、手元に戻ってきた。


 鯨は海中に消えた。鯨の姿は見えないが、鯨はまだ近くにいる気がした。


 とりあえず鯨の襲撃を退けた。鯨は死んだわけではない。鯨の再襲撃があるかもしれないので銛を構えて海面を見張りたい。されど、雨水を掻き出さないと船は沈む。


 鯨の襲来がないことを祈るりなが排水を開始する。激しく上下する船の中で気持ち悪くなりながら、必死に水を汲み出した。船の中に海水が入り出て行く。


 船はいつ転覆してもおかしくなかった。キルアは雨に苦しめらながら、ただ黙って耐えるしかなった。

命綱があるが、気をしっかり持っていないと海に投げ出される気がして、怖かった。


 海に投げ出されれば溺れる。こんな場所で溺れたら確実に死ぬ。キルアは辺りに注意を配りながら、水の汲み出し作業を続けた。雨が小降りになってくる。何とか乗り切ったと思うと、風が出てきた。


 たださえ、七mの高低差を揺れていた船がさらに大きくなる。揺れ幅が三倍から四倍に膨れ上がった。水の汲み出し作業をしていては船が転覆する。


 雨は小降りになので水の汲み出し作業は中止する。魚船に備わっている操舵輪をキルアは掴んだ。操舵輪を廻して、どうにか漁船を波に対して直角にする。


 船は波に持ち上げらる。上へ下へと高低差二十五mを移動する。漁船は何度も傾いて転覆しそうになった。


 必死の操舵で切り抜ける。波に対して漁船の針路を直角に維持できなくなった時点で終わりだ。船は横からの波で転覆する。


「こんな、わけがわからない状況で死んで、堪るか!」


 濡れた体から体温が奪われいく。気が遠のきそうになる。どうにか気力で堪えた。やがて辺りが暗くなる。雨が止む。次いで風が止まった。


「ふー、何とか生き残った」


 鯨の背中が前を通過した気がした。

「まだか、助かっていないのか」


 喉が渇いたので船内の水を(すす)る。雨と海水が入り混じった水は僅かに()ょっぱい。

「俺はあとどれだけ生きていられんだろう」


 ちょっとだけ、うるっと来た。だが諦めない。水が残っている船内で眠る。朝になった。空は晴れ渡り、天気はいい。


 だが、今度は暑い日差しが容赦なくキルアを襲った。キルアは汗を流しながら、船内の水を舐めるようにして乾きを凌ぐ。


 視界がぼーっとしてきて時に、遠くに何かが見えた。目を凝らすと陸地が見えた。涙が(こぼ)れそうになるが、泣きはしない。水分がもったいない。それに鯨はまだいるかもしれない。


 操舵輪を操って漁船を陸地に向けようとした。思うように舵が動かず苦労する。それでも、どうにか、漁船を陸地へと向けられた。時間が経つに連れ陸地が大きく見えてきたので、漁船は流れ着きそうだった。


 近づくに連れてわかったが、陸地は島だった。助かったと安堵した。もしかして、誰か住んでいるかもと思う。そこで、ふと怖くなる。


「人間の住む島だったら、逆に危険なのか?」


 悪魔と人間は敵対する存在。人間に見つかれば、赤子といえど殺される。無人島なら、人間に襲われない。食料と水の補給ができるか心配だった。島から外に出て行く手段は乗っているおんぼろ漁船しかない。


「運よく悪魔が住む島であって欲しいけど、今の俺はついていないからなあ」

 島が段々と近づいてきた。陸まであと五十mくらいのところで、何かの気配を感じた。


 横を見ると、鯨が船の横に来て体当たりを試みようとしていた。再び銛で攻撃しようと銛を手にとって投げつけた。


 銛が外れる。鯨の巨体が漁船と衝突した。漁船は一撃でバラバラになって海中に沈んだ。命綱を必死で外して海面に上昇する。鯨は漁船を沈めると、満足したのか去っていた。


 漁船を失った。島までは残り四十m、泳いで移動できる距離だった。

「まずは助かったのか」


 安堵したのも束の間、今度はキルア向かって、三角の背びれが迫ってくる。


 鯨をやり過ごしたと思ったら、次は鮫がやってきた。鮫が相手なら全力で泳いでも逃げ切れない。近くにある何かを必死で掴む。長さ五十㎝ほどの尖った木片を掴んだ。


 チャンスは一度だけ。キルアは尖った木片を手に、鮫が近づいて来るのを待った。


 鮫との距離が数十㎝に来た。六十㎝ほどある鮫の頭が姿を現す。キルアは木片を振り上げ鮫の目を突いた。目をやられて鮫がのたうつ。


 キルアは急いで島に向かって泳いだ。力の限り手を廻し、足をばたつかせる。足が着くようになったら、走って島に上陸した。砂浜の上に足が届いてもそのまま十mほど走ってから、ようやく膝を突く。


 肩で呼吸して振り返ると、鮫の姿はなかった。

「今度こそ、本当に助かった」 

種族 ベビー・デーモン レベル一



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