第五話
◇◇
男が馬車から降りてこちらに駆け寄ってくる。
「いやあ、助かりました。なんとお礼を言えばよいか。本当にありがとうございました」
男は隣のオーシャンの手を握って激しく上下に振っている。頭を下げながら笑みを浮かべている姿はとても親しみやすそうだ。
だが、俺はそういうやつほど信用できない。すべてに作為的なものを感じてしまう。
握手しながら手を上下に激しく動作には感謝の意を増大させるためにやっているように思えるし、終始頭を下げて笑っているのは相手に自分が格下であることを意図的に印象付けようとしているのではないかと思ってしまう。
しかも、俺の勘は割に外れない。
今も男の瞳には媚の色が垣間見える。それは何故か。
考えてみてもほしい。命に代わる対価とは何か。答えは人によって変わるものだし、代えられるものでもないだろう。
男の場合、自分では勝てないと判断し、逃げていたときに人に魔獣を押し付けた。自分は命が救われた上に相手の命を危険にさらした。個人的には殺されても文句は言えないと思うし、どんな対価だって払うべきだと考える。
男はそれをわかっていてオーシャンに対してあんなことをしているのだ。少しでも命の対価を安くしてもらうために。
しかし残念だったな。それは相手も事情を理解していたうえで成り立つことだ。だが、馬鹿なオーシャンはそんなこと考えていない。
純粋な気持ちで助け対価も欲していない。今も心から良かったと思っているだろう。ただ相手を持ち上げるという点では成功しているな。オーシャンは反対の手で後頭部を押さえて照れている仕草そのものだ。
「それで、助けていただいたお礼と言ってはなんですが……」
「俺ニ対シテノ感謝ノ言葉ハナイノカ?」
男が本題に入ろうとしたところで会話に横入りする。きっと心の中で舌打ちをしているに違いない。
そして男が俺に対して視線を向け、これでもかというほどに瞼を開いている。やっと被っていたマスクが剥がれたな。おそらく今の表情は素で出てしまったのだろう。
「あ、こ、これは失礼しました。亜人の方ですか?」
「見テノ通リダ」
竜人族っていう種族はゲームの中でさえ珍しかったんだ。ここでは違うとは言い切れない。煮え切らない回答でお茶を濁すことにした。
「こ、この度は助けていただきありがとうございました」
「俺ハ見捨テルツモリダッタ。ダガ、リーダーガ助ケルと言ウンデナ」
ハハハと言って笑っている男。俺にはそれが苦笑いにしか聞こえない。
「それでお礼のことなんですが」
話を戻してきた。さて、どうしようか。
「現在手持ちが銀貨二〇枚しかありません。メッケルの自分の商店に戻ればもっとお渡しすることができるのですが……」
ああ、こうきたか。相手の譲歩を期待しているのだろう。さっきまでのオーシャンに対する態度はその布石だったんだ。「それだけで十分です」などという言葉を期待しているんだろう。
「いや、お礼なんて……」
「イタダコウ。アト馬車ニ入ッテイルノハ何ダ?」
馬鹿オーシャンがあろうことかお礼を受け取らないと言おうとした。もらえるものはすべてもらっておくのが常識だろうが。今のをすべて言わせていたら、男のほうも遠慮をして結局お礼は無しという方向にもっていかれるところであった。危ない危ない。
「……中身はすべて薬草になっています」
確か戦争が起きていたはずだ。エルバ村もおそらくその余波であると考えられてるが真偽は定かではない。戦争に怪我はつきもの。ということは薬草ってそれなりに高額で取引されることになるんじゃないか。ならばこれをもらったほうがよほど得になるような気がする。
「ヨシ、ソレヲ半分寄越セ。銀貨モダ」
横のオーシャンがぎゃんぎゃんうるさいが、放っておく。だいたい俺がほとんどの倒したんだから俺が決めるのが筋というものだ。たださっきリーダーに従うと言っていたこととは矛盾してしまうが。
「し、しかし入っているのはそれなりの量ですよ? お二人で運ぶにはとても……」
「ソコハ気ニシナクテイイ。大丈夫ダ」
こっちは大丈夫じゃないんだよと心の中で叫んでいるのがよくわかる。しかし、こいつは俺の言葉に逆らうことはできない。
「……わかりました。ではそうすることにしましょう」
一瞬の間に何を考えたのかはわからないが、抵抗のしようなしと判断したんだな。
「ソレト俺達モ馬車ニ乗セテ連レテ行ッテクレ」
かなり要求しているがこれぐらいしてもらわないと釣り合いがとれない。馬車であれば歩くよりもずっと早くにメッケルへと着くことができるだろう。
小さく頷いたのを確認して、俺達三人は馬車に乗って出発した。