第三話
◇◇
飛び上がってから、これからどうしようかと考える。
魔法が使えることがわかったことから、魔法による帰還もなくはないということがわかった。まあ検証の時にちょっと問題もあったが……まあ自然現象ということでなんとかなるだろう、うん、俺は悪くない。
そして咄嗟に飛び上がったはいいが、自分が翼を使って飛んでいることに驚いている。
またMPが消費されている感覚があることから風属性魔法で飛んでいることがわかる。
頭ではまだ追いついていないが、体ではこれがさも当然とばかりに自然に動いている。俺は本当に《オッズ》、つまり竜人族になったんだということを再認識させられた。
太陽はだいぶ傾いてきている。
体内時計的にあと二時間もすれば夜の帳が下りるだろう。できればその前に寝床を見つけておきたい。それもベッドの。
というか、この世界には知的生命体がいるのだろうか。
もしいないならばかなり困る。既存の魔法では世界を渡る魔法がないため、どうしてもこの世界特有の魔法に頼るしかない。
魔法を使う生命体からその魔法を伝授してもらわなければ自分で魔法の研究をする必要がでてくるだろう。
それはやぶさかではないのだが、正直言って面倒臭いし、自分にそんなことができる才能があるとも思えない。
人間、またはそれに類するものが見つかるのを祈るばかりだな。
それから一時間ほど飛行し、文明的な痕跡が見つからないのでいよいよこれは本当にやばいんじゃないかと顔に汗を浮かべていると、あるものを発見してそこへと降り立つ。
◇◇
そこは小さな村、だったのだと思う。
なぜあいまいな言い方になっているのかというと、村が今では村という体をなしていないからだ。
中央にある円形の広場を中心として同心円状に家が建てられていたのであろうが、多くの家が焼け焦げるか倒壊しており、それ以外の家も窓か玄関のどちらかが壊れてしまっている。
そして、その家の住人なのだが、鼻につく血なまぐさい臭いがどうなってしまったのかを示している。
道のあちらこちらで倒れ伏し、血溜まりを作っている人間が元住人なのだろう。
俯せに倒れている男性をつま先でひっくり返すと、左肩から袈裟懸けに斬られている。傷跡の綺麗さからみて刃物によって斬られたのだということがよくわかる。
そこで俺はあることに気づく。
人間がいることに僅かな安心を覚える一方で人の死体を足蹴りにするほど人間の死というものに無関心になっていることに。
俺は内心恐怖を覚える。
もしかして自分が自分ではなくなってきているのではないか、そんな不安を感じずにはいられない。しかもそれらの感情は、俺に僅かな起伏を促すのみで心の底から思っているようには思えない。自分のことであるのによくわからないのだ。
これは俺が《オッズ》になったことのメリットなのか、それともデメリットなのか。今後の経過観察をしてみないとなんとも言えないけれど、とりあえずはあまり深く考えないほうがよさそうだ。
気分転換に、と言っては不謹慎かもしれないが、村人たちの死体を弔ってあげることにした。やはりこんな状況になっても彼らへの憐みの気持ちはあるのだ。
見る限りで十数人、村の規模を考えればもう数倍はいると思う。さすがに一人で運ぶには大変だ。
「『ゴーレム生成』」
『異次元収納』から二つの下級魔石を取り出して投げ、そう呟く。すると、魔石を中心に魔法陣が展開され、鉄製の西洋鎧を模したゴーレムが出来上がった。
「ヨシ、村ノ中ニアル死体ヲ俺ノトコロニ運ンデ来イ。生キテイル人間ガイタラ戦闘ハデキルダケ避ケテ俺ノトコマデ逃ゲテ来イ、イイナ?」
コクリと頷いたゴーレム達は全身金属製の鎧であるのに軽快な足取りで去っていく。
俺も取り掛かるか。
村のはずれまで移動して村人の死体を火葬しやすいように重ねていく。もちろん周囲の確認は終わっている。また森に火が燃え移ったとなっては目も当てられない。
ゴーレムたちによって集められてくる死体は様々だ。老若男女関係なく殺されている。若い女性に関しては殺される前に辱められていたようだ。死に顔に無念さが浮かび上がっている。
だが、俺にはそんなの関係ない。することをただ淡々とこなすだけである。
三〇分もしないうちに、ゴーレムからもう集め終わったことを知らされる。魔力的な繋がりがあって言葉がなくても距離に関係なく伝わってくるのだ。
家の中まで探したそうだが生存者はゼロ。
それに見た限りでは襲撃者のような死体は一つもない。これはかなり訓練された、その上野蛮なやつらの仕業のようだ。
体を発光させて《火球》を死体の山に打ち込む。それと同時に肉の焼ける、しかし香ばしいというよりもひどくくさい臭いがあたりに立ち込める。
これが魔力を糧につけられた火であるからか、火はどんどん燃え盛り死体の山を覆いつくした。
◇◇
燃え盛る炎を眺め続けてどれくらいが経ったであろうか。太陽は既に沈み、夕日の日差しも夜の暗黒によって駆逐されようとしている。
空を見上げると、そこには満天の星空があった。地球でもまた都市部の光がなければこういうふうに見えるのだろうか。もし見えたとしても今のような感動は味わえなかっただろう。
空に浮かぶ二つの月がとても眩しい。夜になっても視界は確保できそうだ。
かろうじて人であったことがわかる燃え尽きた灰に対してゴーレムたちと一緒に合掌する。もし機会があれば仇をとってあげよう。その機会が巡ってくることなんてなさそうだけど。
そんなことを考えて頭を上げると、ゴーレムたちから信号を受け取る。どうやら何かが近づいてきているようだ。
スキルを常時発動して警戒をしていたほうが良さそうだな
ゴーレムたちが腰をわずかに低くして対峙しているものへと顔を向ける。
「……ン? 子ドモカ?」
なんとそこに立っていたのは一五歳に満たないほど少年であった。
身長は俺胸の高さよりも若干低いように思える。俺自身がどれくらいの大きさだから判断基準が定まらないが、まだまだ小さいように思える。
髪は金髪で整った顔には碧色の瞳が二つ。
典型的な西欧人の美形だな。将来はさぞオモてになるだろうよ。
おっといかんいかん。俺は何を子どもに嫉妬しているんだ。今はもう竜人族なんだしそんなの関係ないだろう、うん、関係ないんだ。
無駄な考えをやめて警戒を解き、少年を観察する。
足を踏みしめ、胸を張って堂々とした佇まいで俺のことを睨んでいる。しかし、俺にはそれが虚勢であることがまるわかりだ。
スキルによって少年の僅かな動き、呼吸、拍動、瞳孔などが把握できるため、目に僅かばかりの涙を溜め、足が震えながらも懸命に立っていることがよくわかるのだ。そしてひどく怯えている。
よく考えればその様子も納得だ。
正面には二メートルを超える大きな、そして凶悪そうなトカゲが立っており、その背後には灰と化した人々の死体の山。怯えない要素がない。
誇れ少年よ。俺がその年齢のときにこんな状況に遭遇していれば失禁どころでは済まなかっただろう。
しかし、怖がられるのは気分が悪いものだし、何より相手に申し訳ない。
危害を加えるつもりのない、善良なトカゲですよーと伝えようとして固まる。
そういえば言葉は通じるのだろうか。
俺は日本人だからもちろん日本語を話す。だが、相手はこの世界で育った少年だ。言語が同じであるはずがない。
これは困ったと頭を悩ませていると少年がこちらに向かって踏み出した。ゴーレムたちが対応しようとしたのですぐに動くなと命令する。
「お、おまえは何だ!!」
俺は二つの意味で驚いた。
一つは言葉が理解できたことだ。これは俺がこの少年の言葉を理解しているのか、それともこの少年が日本語を話しているのか。可能性としては前者のほうが高いように思える。もしゲームのような世界であるならば、翻訳機能がある可能性も否定できないからだ。
威勢よく誰何してきたことだ。普通自分よりもかなり大きなトカゲに対してそんなことができるだろうか。あっ、状況が普通じゃなかったか。いや、しかしこの少年は大物だな。ビビりまくってるのはよくわかるが、どうやら肝っ玉だけはかなり大きいらしい。
そんなふうに感心していると、俺が返事するのを忘れていたことをどう受け取ったのか、脇に転がっていた木の棒を拾い上げ、雄叫びをあげながら突進してきた。
その行動を見て俺の少年に対する評価がまたさらに上昇するが、それはすぐに落ち込むこととなった。
「ぶへッ!」
俺まであと数メートルというところで派手にこけてしまった。顔面からの見事な地球へのダイブであった。
「な、なかなかやるじゃないか……」
汚れてしまった顎を拭いながら顔を真っ赤に染めてそんなことを言い始めた。
いや、その言い訳苦しいから。明らかに自分でこけたから今の。俺のせいにしても無駄だから。顔が物語ってるんだよ。
少年は時折後ろをチラチラと振り返り、先ほど躓いた石を憎々し気に睨んでいる。
自分でもわかってんじゃん……。どうしよこの状況。
とりあえず茶番に付き合ってみるか。
「フッ、オ前モナ」
「なッ!? 喋ることができるのか! 言語を解する魔獣なんて聞いたことがない……それほどの高位の魔獣だとでもいうのか。しかし! 俺には関係ない! この剣の錆にしてくれるわ!」
少年は、こけた拍子に落とした木の棒を握り直し、再びこちらへと駆けてくる。
こいつ、本当にあの棒で俺を倒せるとか思ってないよな? おそらく頭に血が上ってるせいで冷静な判断ができてないでいるんだきっとそうだ。そうじゃないならこいつはただのアホだな。
あの棒で打たれるのは少し癪だが、負けたふりをしてこいつの反応を見るのもまた一興だろう。
「ハッ! ハアアッ! どうだ、参ったか!!」
左肩を何度もぶたれるが痛くもかゆくもない。指でつつかれたような感覚だ。だが、それがこいつの全力だったらしい。隠してはいるが叩いた反動で両手を痛めているようで目が潤んできている。
ここからは俺の演技力の見せ所だ。
大げさに後ろへ飛び痛がっている様子を見せつける。同時に控えさせていたゴーレムたちを消す。
「マ、参ッタ! 俺ノ負ケダ。止メテクレ!」
まさか勝てるとは思っていなかったのか、目が飛び出さん勢いで驚いているが、すぐに顔に満面の笑みを浮かべて得意気に胸を張る。
「よし! 降参するなら命を助けてやらんでもない。ただし! 俺のパーティーに入れてやる!」
こいつ……。人が下手に出てるのをいいことに調子に乗りやがって。
いっそ殺してやろうかという危険な考えまで飛び出し、殺気を浴びせるがすぐに慌てて抑える。
さすがにこいつでもそれを感じとったらしく、キョロキョロと回りを見回して大量の汗をかいている。俺はその様子を見て少しだけすっきりした。
しかし、よく考えてみるとこれはなかなかいい展開じゃないか。俺一人で行動するには制限がありすぎるが、人間が一人でもいるとなればそれなりに動きやすくなるはずだ。それに、この馬……じゃなくて少年についていくのも面白そうだ。厄介ごとも置きそうではあるが、それを含めても魅力的。ならば乗らない手はないか。
「……ワカッタ、オ前ニ付イテ行コウ」
断腸の思いで返事をする。
「俺の名前はオーシャン。お前の名前はなんていうんだ?」
「オッズダ」
「そうか! いい名前だな。これからよろしく、オッズ」
そう言って少年―――オーシャンは手を差し伸べてきた。握手をしようということなのだろう。基本アホだが、この嫌いになりきれないところが好きだな。
「アア、ヨロシク、オーシャン」
「よーし! これから俺たちのパーティー【史上最強】の門出だ!!」
そのパーティー名を聞いて、俺はまたオーシャンの悪い点を見つけてしまった。そして思う。
これはとうぶん飽きそうにないな、と。