第二話
◇◇
転生。
俺がよく見ていたネット小説サイトではそういったジャンルのものはごまんとあった。
主人公の前世での善行の結果としての転生と、神様の手違いの謝礼としての転生の二つに分類することができるだろうか。
俺の場合は前者に該当するだろう。神様と直接会って転生させてあげると言われたわけではなからわからないが。
これは偶然なのか。それとも人ならざるものの、超人的な意思によるものなのか。
そんなことは俺にとってどうでもいい。一七年という短い人生に終止符を打たれたと思ったらまた次の人生を歩めるというのだ。しかも、自分が手塩にかけたゲームのキャラクターになって。
また、小説の典型的な例としてはここは地球ではなく、【フリーダム】の世界のような剣と魔法の危険な異世界かもしれない。
科学では説明できない超常現象である魔法があるならば、もしかすると地球へ帰ることができるかもしれない。
全く知らない土地にいる俺にとって、これは大きな生きがい、そして目的になる。
俺は当面の目標を地球へ帰還することとして、まずは魔法の有無について確認することにした。
目標のための手段である魔法がないならば、それはそれで諦めがつくというものだ。無いのにあると信じ続けて無駄な時間と過ごさずに済む。その時間をこの世界で有意義に生きるにはどうしたらよいのかを考えるのにあてることができる。
この体が本当に《オッズ》であるならばこの体に備わっている能力もまたそうなのだろう。
数年間に渡ってほぼ毎日使ってきたキャラクターの能力は完璧に把握できている。何ができて何ができないのか、そしてこの世界に来て能力がどうなっているのかを知る必要がある。
草原の中で、姿見と対峙したまま考え込んでいたため意識が戻ったときにはほぼ真上にあった太陽もだいぶ傾いてきている。
竜人族の特性として夜目は効くが、早めに終わらせて周囲の状況確認と移動に時間を費やしたほうが履行だろう。
さて、地面に突き立てていた姿見を黒い渦―――【異次元収納】の中へとしまう。これは魔法ではなく、【スキル】であるために魔法の有無についてはなんとも言えない。
【フリーダム】において、キャラクター自体にはレベルはない。職業にレベルが存在し、第一職業、第二職業、第三職業という三つの職業を持つ場合、三つのレベルの合計が一〇〇以内に収まればいい。例えば剣士(レベル四〇)、騎士(レベル四〇)、火の魔法使い(レベル二〇)というふうにだ。さらに、剣士をレベル一〇〇の上限まで上げているならば、剣士(レベル九〇)、騎士(レベル五)、火の魔法使い(レベル五)ということも可能だ。しかし、必ずしも職業は三つまで持たなければならないわけではなく、一つの職業に絞ってレベルを上げ、その道をきわめるという選択肢も存在する。また、職業は特定のアイテムを使うことによって変更することができるので、戦闘スタイルは千差万別となるのだ。課金アイテムとしてレベルの上限突破や第四職業、第五職業の追加を可能にするものもあるため楽しみは何倍にも膨れ上がる。
俺の場合は、貯金をすっからかんにしてまで課金アイテムを手に入れ、レベルの上限突破でレベル二〇〇になることができ、第四職業が解放されている。レベルの上がりづらい竜人族で、自分のようなカンストプレイヤーは今のところみたことがない。睡眠時間を一日平均二時間にまで削った甲斐があったというものだ。……あれ、もしかして俺トラックに轢かれてなくてもそのうち死んでたんじゃないか? ……まあいいか。
無駄話はさておき。
「ドノ魔法ヲ使オウカ?」
これは悩みどころである。光属性と闇属性以外の基本属性ならばすべて使うことができるのだが、地属性と水属性は、現在関連職業をセットしているために威力がつきすぎてしまう。かと言って、風属性魔法は目には見えないために参考にならない。
「トイウコトハ火属性魔法ダナ」
うん、火ならば発動した時にすぐにわかるしちょうど良いだろう。ただ第一位階から第五位階まである中の最も威力の弱い第一位階魔法にしておこう。
通常は詠唱―――とはいうものの、ただ魔法名を口に出すだけなのだが―――することが魔法の発動するトリガーとなっているのだが、俺の職業がその必要性を失くしている。
刻印使い。
この職業は武器や防具などに魔法陣を刻み込む職業であり、魔法陣の刻まれた道具には魔力を送るだけ―――発動したいと考えるだけ―――で即座に魔法を発動できる。俺はそこで考えた。
あれ、これ自分の体にも刻めんじゃね?
そして実際に試したところ成功してしまった。ネットでいろいろ調べてみたのだが前例は見つからなかった。つまり俺が発見した技術である。
通常通りに使えば、それらの道具が破壊または奪われてしまった時に為す術がなくなってしまう。ゆえに、俺の使い方がもっとも合理的。
俺しか知らない技術。
他のプレイヤーに教えてあげるほど俺は善人ではない。しかし、このまま戦ってしまえば全身白い魔法陣の刻まれた竜人族が魔法を使う度に体が発光するというなんとも怪しいことになり、すぐ
にタネがバレてしまうので、全身を鎧で覆うことにした。
もちろん多少の光は漏れるが、それは許容範囲内ということで深く考えないことにした。これのおかげで俺はゲームの中でもかなりの上位プレイヤーとして名をはせることができたのだ。
おっと、また無駄話をしてしまった。
魔法の検証に戻るとしよう。
俺は横に生えている木に向かって右手を向け、第一位階火属性魔法の《火球》を打ち込もうとするが、ある疑問にぶつかる。
「アレ? 魔力ッテドウ込メルンダ?」
そう思って《火球》の魔法陣の刻まれている箇所に力を込めてみるが、何も起きない。
では、まずは魔力というものを感じ取ることから始めるかとややめんどくさく思いながらも集中する。
目を閉じて息を吐き、自分の体に神経を集中させる。すると、胸のあたりにずっしりと暖かいものがあるのに気づく。
これがおそらく魔力なのだろうとあたりをつけた俺は、次はそれが魔法陣へと移動するのを想像してみる。そして、思う通りに魔力が魔法陣へと流れ込む。
その不思議な感覚に妙に感動してしまい、次から次へと魔力を注ぎ込んでいくと、瞼越しに見える光がかなり明るくなっていることに気が付き、目を開けて驚く。
右手の先に直径四メートルほどの、まるで小さな太陽のような火の玉があった。
大きくなりすぎたために地面に接触し、付近の草が燃え、さらに隣の草へと燃え広がり始めている。
そのことに気が付いた俺は、これはやばい、はやく消化しないとと焦ってしまったがために一瞬だけ《火球》への集中を途切れてさせてしまった。
それと同時に俺と《火球》との魔力的な繋がりが途切れてしまい、《火球》は自由気ままに、すごいスピードで木に激突……せずに灰へと変えて、遠くに見える森へと飛んで行ってしまった。
その様子に茫然としてしまい、対応するのに遅れてしまった。
なんとかしないとと思ったときにはすでに遅く、森に着弾した《火球》は盛大に弾け、周囲の木々を押しのけて爆発し、延焼してしまっている。
焚火のごとく轟轟と燃えている森を見て背中に嫌な汗をかき、水属性魔法で消そうかとも思ったが、また加減を間違えてしまったら目も当てられない状況になってしまうだろう。
「……マ、マア、コウイウコトモアルヨナ、ウン。事故ダカラショウガナイショウガナイ」
俺は今もなお燃え広がっている森に背を向け、練習さえしていなかった翼を広げて空へと飛び上がった。まさに火事場の馬鹿力ってやつかな、テヘッ。それに山火事の原因には自然発火もあるらしいから大丈夫だ、たぶん、おそらく。