9 新たな召喚
召喚を受けぬ際に待機する場所は、空っぽの暗黒空間。
何故だか知ってる名前は、固有魔界なんだけれど、そこにグラモンさんの塔を建て、住まう僕。
慣れた寝床を持って来た事で、固有魔界の居住性はとても向上した様に思う。
グラモンさんの遺してくれた小指の御蔭で、僕自身の力も大分上昇してる。
恐らく教えて貰ったランク付けで言えば、中位の悪魔相当はある筈だ。
いや、他の悪魔なんて知らないんだけれど、何となくそんな確信があった。
魂を得た訳じゃなくてもこれ程の強化が起きるあたり、グラモンさんは本当に偉大な魔術師だったのだろう。
あんまり思い出すと涙が出るので考えないようにしている。
しかし固有魔界は面白い空間だ。
一見すると何もない暗黒空間なのだけど、それを構成する霊子や魔素は、僕を構成する其れと全く同質で、つまりこの空間は僕と深い関わりがある、或いは僕自身であると予想が出来た。
暗黒空間が僕自身って、意味がわからないにも程はあるけど、それでも僕は悪魔である。
常識ではかれる存在では無い。
その証拠にと言う訳じゃ無いが、この空間では僕は大分自由が利いた。
例えば、他の世界を見たいと思えば、どこかの世界を覗く事が出来る。
今の僕には不可能だけど、もっと力を付ければ自分から出向くのも可能だろう。
それこそ、そう、病院で寝ていた僕の所に、儂さんが自分でやって来た様に。
ただ別の世界を見れるとは言っても、どの世界を覗けるのかは不安定で、上手く固定が出来ない。
これは僕の力不足と言うよりも、門の魔法で座標がわかっていないのと似た状態、世界を特定する為の情報が足りていないのだと思う。
まあ幾ら他の世界が覗けると言っても、孤独である事には変わりなかった。
恐らくベラを召喚は可能なのだが、喚んだところでこの世界には彼女に食わてやれる食事がない。
グラモンさんの塔には、幾分の食料は残っているけれど、それじゃあ全く足りないし。
僕自身は固有魔界に居る限り、もしくは外の世界でも、無理に食事や水を摂取する必要はなさそうだけど、ベラはそうもいかないだろう。
けれどもそんな時だ。
酷く弱々しい力で何かが僕を引っ張ったのは。
思わず見落としそうになるほどに弱いそれは、だが間違えようもなく召喚だった。
もちろん、無視する事は簡単である。
こんなに弱々しい召喚なら、以前の下位悪魔だった頃の僕だって簡単に拒絶出来ただろう。
でも逆に、こんなに弱々しい召喚、か細い呼び掛けだからこそ気になるのだ。
一体誰が僕を呼んでいるのだろうかと。
僕はその呼び掛けが途切れぬうちにと、細いそれを手繰りながら、急いで自分の固有魔界を飛び出す。
目を開いて辺りを見回せば、そこは随分とボロボロの室内だった。
……木製の小屋か何かの中だろうか?
眼前の手作りだろう祭壇は小さく粗末で、こう言うとアレだが、ゴミ捨て場に置かれた粗大ごみにしか見えない。
まあその粗大ごみで呼び出されたのが僕なのだけれど。
思わず口元に苦笑いが浮かぶ。
「あ、あくま、なの? 本当に、本当に? 私が喚んだの? ねえ貴方、私の悪魔なんでしょ! お願い、私の願いを聞いて!!」
そんな僕におずおずと、そして次第に激しく話しかけて来たのは、一人のボロボロの、痣だらけの泥だらけで、元の髪の色もわからなくなった、十代の前半だろう少女だ。
どうやら彼女が、今回の僕の召喚者になるらしい。
到底魔術の心得がある様には見えず、本来ならば絶対に欠かしてはならない、契約完了まで悪魔が出られない様にする、契約の魔法陣すら僕の足元には描かれていなかった。
これは、もし呼ばれたのが僕じゃない悪魔だったら、ゴミの様な祭壇に怒って暴れるか、或いは契約魔法陣がない事に気付いて、これ幸いにと少女を殺して魂を持ち帰ってしまうだろう。
「取り敢えず、この世界に留まる為の生贄もない様なので、髪を一房で良いので貰えますか? それを対価に貴女を傷付けないって契約をしましょう」
一歩前に進み出て、僕は彼女に手を差し伸べる。
僕には彼女を傷付ける心算はない。
正しい知識もなく、祭壇や生贄を用意するだけの財力もなく、それでも悪魔に縋らねばならない事情があるのなら、先ずはその願いを聞くとしよう。
僕が弱々しい呼び掛けに応じる気になったのは、それが彼女の泣き声だったからなのだから。