89 悪魔を召喚する異能
その日受けた召喚は、非常に違和感を感じる物だった。
切実さは感じるのに、呼ぶべき対象は誰でも良さげな風で粗く、なのに術式は非常に整っている。
……寧ろ人間には不可能なレベルで整い過ぎていると言って良い。
強制力は高くないので弾く事は勿論可能だが、その場合は他の悪魔が選ばれるだけだろう。
僕はほんの一瞬だけ悩んだ後、素直に其の召喚に身を委ねた。
「よしっ、本当に来た! さあ悪魔、俺に従えっ!」
若くて勢いのある、もうちょっと踏み込んで言えば喧しい声に、僕は目を開く。
此処は、何処かのビルの地下駐車場だろうか。
但しグシャグシャに破壊されて、まるで廃墟の如くなっているが、一応今回は現代社会風の世界らしい。
眼前で僕に向かって何か言ってるのは、茶色い頭の一人の少年。
と言っても顔立ちからして、日本人が頭を染めてるだけに見える。
「おい、聞いてんのか! 俺の言う事を聞けよ!!」
精一杯の虚勢を張って僕に向かって吠えてるけれど、まあどう考えてもこんな子にあんな召喚術式は扱えない。
一体どう言う事なのか。
まあでも取り敢えず、
「問い:急に召喚されて出て来て見れば、何の実力も無い少年が偉そうに騒ぎ立てています。どうしますか? 但し契約に縛られない悪魔は召喚主を魔界に引き摺り込んで貪り食う存在とします」
自分の立場を教えてあげたほうが良いだろう。
僕の言葉に、目の前の少年は意表を突かれた顔をする。
一歩前に進み出れば、其の少年はその表情のままに一歩下がった。
どうやら自分の立場が少しだけ理解出来たらしい。
「あ、悪魔って、召喚した相手の言う事聞くんじゃ……?」
絞り出したかの様な少年の言葉に、僕は笑みを浮かべる。
勿論その言葉は間違っていないけれど、でも其れは正式な契約が交わされた場合だ。
「契約をちゃんと交わした悪魔ならそうだね。だから召喚の際には、契約が済むまで悪魔が外に出れない様に魔法陣描いて、その中に呼び出すんだよ」
そう言って僕がもう一歩前に出れば、驚きの表情は其のまま恐怖に歪み、彼はドスンと尻もちを突く。
言葉の意味を理解したのだろう。
この少年は中々に頭の働きが早い様である。
「じゃあ、食べられる前に言ってごらん? そんな事も知らない君みたいな素人が、どうやって僕を召喚して、何を願う心算だったのか」
彼も直ぐには口を開かなかったが、喋ってる間は生きてられるよともう一度脅すと、逃げ道を探しながらもポツリポツリと語り出す。
矢張り中々に聡明な子の様だ。
彼、中野・遊馬曰く、此処は日本って名前の国で、歴史も僕の知る日本と似たような筋道を通る世界だった。
けれども其れも一昨日までで、一昨日の正午から、不意にそこら中に化け物が出現する様になったと言う。
そして遊馬は逃げる最中に偶然にも化け物を倒し、レベルアップを果たしたらしい。
レベルアップとは何だろうと聞いてみると、頭の中でそんな風な声がしたんだとか。
その時にスキルと言う物も手に入れて、そのスキルの名前が『悪魔召喚』だったのだ。
……成る程、少し掴めて来たけれど、かなりの異常事態と言えるだろう。
遊馬は、何故か願いに関しては口を濁すが、先程の態度は悪魔には強気に交渉しないといけないと、聞きかじりの知識で思い込んでいた様子。
別に間違ってはいないけれども、其れも契約用の魔法陣があればの話だ。
しかし其れにしても、悪魔を召喚するだけの異能が付与されるなんて、随分と殺意の高い話だった。
もう少し話を聞いてみようとした瞬間、不意に何処かで少女の悲鳴が上がる。
「葉月ッ!」
其の悲鳴を聞いた途端に、へたり込んでいた遊馬は叫んで跳ね起き、止める間も無く走り出す。
あぁ、成る程、連れが居たから、僕に願いを言わずに濁していたのか。
自分と少女を守って欲しいのが願いだったと話してしまえば、僕の手がその少女にも及ぶかもしれないと考えて。
遊馬が地下駐車場の階段を駆け上がって一階に辿り着いた時、葉月と呼ばれた少女は丁度、鬼の様な化け物に捕まり、其の乱杭歯で頭から丸かじりにされそうになっている所だった。
「てめぇ、葉月をはなせぇ!」
叫ぶ遊馬が其方に向かって駆けよろうとするが、距離的に如何考えても間に合わない。
少女を助けられる可能性は、万に一つも無いだろう。
まあ勿論、僕が居なければの話であるが。
僕は不意打ちで鬼の頭を右手でエイヤと掴み、其の身体の力を魔法で奪った。
そりゃあ、遊馬が走るより、僕が魔法で転移する方がずっと早い。
何せ真上で起こった出来事で、悲鳴だって聞こえたのだから、座標無しでも問題無く飛べる。
そして鬼が取り落とした少女の身体を、左手で支えた。
「ほら、遊馬君。早く取りに来て。両手が塞がっちゃったからね、此の子だけでも引き受けてくれると少し助かるんだ」
驚きに足を止めてしまった遊馬に、意識を失った葉月って名前の少女を託す。
鬼はウーウーとうなり声を上げているが、その身体はピクリとも動かない。
少し解析してみれば、この鬼は強い魔力を元に生まれた生命体の様子である。
なら、少し変則的だけれど、此れでも良いか。
「ねぇ遊馬君、この鬼、僕が貰っても、否、捧げて貰っても良いかな?」
生き物を捧げ物とするのは割と久しぶりだけれども、戸惑いながらも遊馬が首を縦に振るので、僕は鬼に止めを刺して、此の世界に留まる為にその魂と魔力を奪う。




