80 幸運の齎す反撃の糸口
銀河帝国第三皇女、アウネリア・プラクタールの話は僕に大きな驚きを与えた。
何と此処は、ちょっと不思議な力の存在する、スペースオペラの世界だったのだ。
大体は文明の進化と共に、僕等悪魔と関わる技術、魔術は廃れて行くのだけれど、よくもまぁこんな環境で僕を呼べたものである。
更には魔力を吸い上げて破壊力に変換する巨大砲まで作成してるのだから、その研究熱心さには敬意を持っても良いかも知れない。
まあ僕を動力源扱いしてくれた屈辱は、キッチリ晴らさせて貰うけれども。
状況のわかった今、僕を呼び出したガユルス将軍の思惑を破壊する事は簡単だった。
僕が何もせずに、後少し待つだけで良い。
ガユルス将軍が捧げた心算のアウネリアは生きているので、捧げ物を受け取っていない僕はもう直ぐ現界が不可能になって魔界に帰還する。
もし彼からの捧げ物を受け取っていれば、確かに僕とは理の異なる力で密閉された此の場所からの脱出は、其れなりに手間取っただろう。
契約こそないとは言え、召喚時に此の世界で最上に近い捧げ物がされてしまっているのだから、心理的抵抗だって働いて猶更だ。
でもまあ咄嗟にアウネリアを助けた御蔭で、今の僕にはガユルス将軍には、召喚者であると言う事を除いては何の義理も発生してない。
だから何もしないでいるだけでガユルス将軍への意趣返しは成功するのだが、……そうなれば確実にアウネリアは死ぬ。
そもそも出口の無いこの部屋に、あと数週間居るだけで飢えて死ぬか、或いは酸素が尽きて窒息死だ。
折角コソコソと魔法を使って助けて、尚且つ顔を合わせて言葉を交わした彼女が、確実に死ぬとわかって見捨てるのは、……まあ甘いのは自分でも充分にわかってるけれども嫌だった。
故に、僕は彼女に問う。
「ねぇ、アウネリア。此の兵器は建造中なんだよね? 後どれ位で完成するかわかるかな」
僕の問い掛けにアウネリアは少し首をかしげてから、半年はかかると答えた。
……ならば時間は充分にある。
あの時、彼女が逃げて欲しいと言ったのは、僕が『神罰の雷霆』の動力となる事で失われる命を嘆いてだ。
その意思は尊重しよう。
しかしもし『神罰の雷霆』が使われる前に、アウネリアも助けてしまえるのなら、僕は去らずに彼女も助けてしまいたい。
「じゃあアウネリア、僕がその半年で、此処の囲いを破れる様に、或いはあのガユルス将軍も倒せる様に、君の生神力を鍛えよう」
僕の言葉に驚いたように、アウネリアはパチパチと目を瞬かせる。
恐らく、そんな事は考えても無かったに違いない。
アウネリアも皇女なら、生神力は持っているだろう。
そして僕はガユルス将軍の力をその目で見た。
恐らくあと数度、アウネリアが生神力を見せてくれれば、其れでこの力は理解出来る筈だ。
「そんな事は無理だと君が言うなら、僕は此のまま此の世界を去ろう。でももし、君が自分で運命を切り開きたいなら、君の髪を一房切り取って僕に捧げて欲しい」
僕は唇に笑みを浮かべる。
アウネリア・プラクタール。
此の世界で最も高貴とさえ、怨敵に言わせた女性よ。
「さぁ、悪魔の手を取る勇気が、君にはある?」
そうして伸ばした手に彼女の指が絡み、僕とアウネリアの密室での、銀河の命運を賭けた半年間が始まった。
まあ僕が思うに、彼等の言う生神力とは、多分超能力に近い物だ。
当然その物じゃないけれど、出来る事は大分似ている。
ガユルス将軍が艦隊戦でも無類の強さを発揮したと言うのも、恐らくは感応の力が優れているからだろう。
何度か使用している所を見せて貰った所、生命力を燃やして発生させた力を、精神力で制御していた。
生命力が精神力に比べて強すぎる者は、暴走せぬ様にとそもそも能力が発動しない。
逆に精神力が強すぎる場合も、強く押さえ込み過ぎて能力が発動しないのだろう。
祖となった異星人が生命と精神のバランスを重視したと言うのも頷ける。
一般的に生神力は男性の方が上手く扱えると言うのが、此の世界の通説なんだそうだ。
ただし其れにも例外があり、プラクタール皇家には数例、強い生神力の力によって皇帝となった女性が居たらしい。
またその女性達は、歴代の皇帝に比べても特に生神力の力が強かったと言う。
成る程、頷ける話だった。
そもそも生命力に関しては、男性より女性の方が強い。
此れは胎内に新たな命を宿せる機能を持つ事も関係している。
つまり女性は生命力が強いので、男性に比べると生神力を発動させるのに、より強い精神力が必要になると言う事だ。
精神力が追い付かぬ間は暴走せぬ様、弱い力しか引き出せないし、制御も不安定となるが、鍛え抜けばより強い能力者になるのは女性だろう。
要するに、僕はこの半年で、アウネリアの精神力をより強めて行けばいいのだ。
そして其れは僕の得意分野でもある。
何故なら魔術師に必要な物も、知識と精神力だから。
幾人もの魔術師を育てて来た僕は、精神力を高める為の修行法なら、此の世界の誰よりも知っているだろう。
そうして僕は、今、肉を焼いている。
牛肉のブロックを凧糸で縛り、塩コショウを擦り込んで、フライパンの上で表面全てを焼いて肉の旨みを閉じ込めて行く。
此方を見るアウネリアが目を丸くしているが、皇女である彼女でも流石に中空に浮く炎を見るのは初めてなのだろう。
更に右隣では、浮かぶ土鍋が、矢張り炎に炙られている。
土鍋の中身は米だ。
メニューに関しては少し悩んだが、折角のアウネリアと出会った日なので、今日は少し豪勢にローストビーフ丼と行こうと決めた。
問題は皇女である彼女の口に合うかどうかなのだけれども、まあ其ればっかりは食べさせてみなければわからない。
机と椅子も収納から出して並べているし、ついでに魔法で敷居を出して個室も造ってる。
トイレも風呂も、既に全てが用意済みだ。
魔術師を育てるのも得意だが、僕は拠点製作と、造った拠点に引き篭もる事に関してもベテランだった。
流石にオーブンは無いので、鉄板の上に野菜を敷いて肉を乗せたら、魔法で熱を直接操作してじっくりと焼いて行く。
丼にホカホカのご飯を盛り付けて、野菜をご飯に敷いて、切ったローストビーフを贅沢に乗せて特製ソースを掛けたならば、レプト特製ローストビーフ丼の完成だ。
「ハイ、お待ち遠さま。皇女殿下の口に合うかどうかは不安だけど、結構良いお肉使ったから食べて見て。そんな呆れた顔しないでも、先は長いんだからのんびり行こう」
テーブルの上に箸と、一応念の為にスプーンと、そして湯呑にお茶を入れて並べる。
焦る必要は特になかった。
僕が味方に付いた以上、必ず彼女を育て上げて見せよう。
でもその為にも、食事を取る事は大切で、どうせ食べるなら美味しい物を楽しんで食べた方が得なのだ。
そう、例え此処が宇宙空間の只中で建造中の超巨大要塞の動力室であろうとも、何時もと何も変わりはしない。
最後に勝つのは僕等なのだから。
因みに、この時代は天然物の牛肉なんて皇帝でもそんなには食べられない貴重品なのだそうで、アウネリアの食べっぷりは……、まあ、うん、とても気持ちの良い物だった。




