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7 商人で友人


 僕がこの世界に召喚されて、三年程の時が過ぎた。

 普段僕が接する事があるのは、師匠であるグラモンさんに、塔のガーディアンであるケルベロスのベラ。

 しかし一週間に一度、僕はもう一人だけ別の人に会う機会がある。

 今日は丁度その週に一度で、僕はお茶の準備をしながら来訪を待っていた。

 グラモンさんは魔術の研究が佳境で忙しく、ベラは日向で昼寝をしており、今日その人を迎えるのは僕だけになるだろう。


 塔の入り口に在るノッカーが鳴らされる。

 どうやら来た様だ。

「はーい、今行きます。ちょっと待ってて下さいね」

 一声掛け、僕は入り口へと小走りに向かう。

 ベラが知らない人を塔に近づける事はあり得ないので、ノッカーを鳴らした人は間違いなく僕の待ち人だった。

 そして開いた入り口のドアの向こうに居たのは、

「毎度有難うございます。魔術協会出張商人、今週も注文の品をお届けに上がりましたっ!」

 快活な笑顔を浮かべた栗色の髪の女性、アニー・ミット。

 そう彼女は、僕がこの塔に住む事になった当初から、毎週食材や消耗品、或いはグラモンさんが魔術研究に使う素材を届けてくれる出入りの商人さんである。


「いらっしゃいアニー。お茶の用意出来てるよ。上がって上がって」

 僕の言葉に頷くアニーは、一見しただけでは小さなカバン以外何も持っていないように見える。

 けれどそう見えるのが彼女の凄い所で、注文した商品、大量の食材等は、全てあのカバンの中に収められているのだ。

 アニーは確かに商人でもあるのだけれど、しかし歴とした魔術師でもあった。

 それも魔術協会に所属する、超一流の。

 得意系統は空間系魔術で、特に大量の物質を小さな空間に仕舞い込める収納魔術と、遠方への移動を瞬時に行う門の魔術を得手とするらしい。

 つまりアニーは大量の商品を収納魔術でカバンに収め、門の魔術で方々に散って建ってる魔術師の塔に移動して、生活に必要な物資を届けてるのだ。


 僕が『国が魔術師を管理したがってる』って話を、この上なく納得出来たのが、アニーの魔術を知った時だった。

 何せ収納可能量と、一日に可能な門の移動回数を掛け合わせたなら、多分ある程度の軍は兵站を彼女一人で担えてしまう。

 もちろん無から商品を生み出す訳じゃないから、生産活動自体は他に任せる事になるけれど、それでも破格の輸送能力である。

「ん、おいしー。このお茶美味しいよレプト君、また腕を上げたね」

 僕の入れたお茶に頬を緩めるアニーの姿は至って普通の女の……、出会った当初は女の子だったけど、三年経った今では至って普通の素敵な女性って感じで、そんな凄い魔術師には到底見えない。

 相当な魔術の腕を持ってるにも拘らず、偉ぶった所の全くない彼女は、僕にとってとても良い友人だった。


「アニーが色々と運んで来てくれる御蔭だけどね。ああ、うん、美味しいや。大陸北東部のお茶の葉だっけ?」

 僕もお茶を少しだけ口に含んで味を見、その深い味わいに満足する。

 少し値の張る高級品だったが、この味なら文句はない。

 後で研究がひと段落したところを見計らって、グラモンさんにも持って行こう。

 グラモンさんが異世界の知識を元に新作魔術を編み出す際、共作と言う形にしてくれる為、実は僕はそれなりにお金持ちなのだ。

 尤も使い道はアニーに嗜好品を注文するくらいしかないので、無駄に溜め込んでしまってるのが現状だけど。


「レプト君だって行こうと思えば行けるでしょう? 私の魔術、もう完全に使いこなせるようになったじゃない。座標は、最初の一回は私も一緒に飛んであげるし、北東部辺りならこっちと違って、まだ穏やかよ」

 アニーの言葉に、僕は曖昧な笑みを浮かべた。

 彼女の魔術は概念が独特だったので少し理解に手間取ったが、確かにこの間、漸く魔法として使えるようになっている。

 でも使うのは専ら収納魔法の方で、門の魔法は、そう、ベラと森の奥へ行き過ぎて、帰りが面倒臭い時くらいにしか使わない。


 アニーの言う風に遠く離れた場所の町にも、今はそんなに興味がなかった。

 ここから一番近い人間の町には一度だけ、グラモンさんに連れて行って貰ったが、もう一回行きたいとは到底思えなかったし。

 グラモンさんやアニーは僕にとって大切な人間で、彼等の様に良い人もこの世界には沢山いるのだろう。

 しかし僕がこの世界で見た人間の大半は、僕にとって敵だった。

 例えば定期的にやって来る外敵、冒険者なんかはその代表である。

 他にも、そう、一度だけ行った近い町には、悪の魔術師としてグラモンさんに高額の賞金が掛けられた張り紙や高札が沢山あったのだ。

 あの時は強い怒りに、あんな町は焼き払ってしまいたい衝動に駆られたが、そんな事をすればグラモンさんに貼られた悪の魔術師のレッテルが真実になってしまうと、必死に感情を飲み下して耐えた事は忘れられない。



「……あ、この蜂蜜菓子も美味しいね。この森の蜂蜜は本当に質が高いなぁ。ねぇレプト君、蜂蜜余分に余ってない? 余ってたら買い取るよ」

 僕の内心を察したのか、少しだけ寂しそうな表情を見せたアニーだったが、すぐさま笑顔に戻って別の話題を振って来る。

 それにしても、蜂蜜か。

 この前ベラと一緒に巨大蜂の巣を丸ごと収穫したので、余分があると言えばあるのだけど……。

「余分はあるけど、勝手に売るとベラが怒りそうだからね。ただでさえお金も余らせ気味だし、……何か甘い物と交換なら良いかな?」

 断ってしまうのは簡単だったけど、でも気遣って別の話題を振ってくれたアニーの気持ちが嬉しかったので、代替案を出してみる。


 ごそごそとカバンを漁り出したアニーの姿に心が和むのを感じて、僕はお茶を口に運ぶ。

 今は未だその気になれないけれど、何時か彼女の言う通り、遠くの町になら遊びに行くのもきっと楽しいのだろう。

 僕とアニーと、グラモンさんとベラで、……温泉とか行きたい。

 この世界にあるんだろうか?

 いや、そもそも人の町にベラって連れて行ける気がしないんだけど。

 でも楽しい未来を想像すれば、口元は緩む。

 以前の僕は未来に希望なんて持てなかった。

 悪魔が希望を持つなんて変な気もするけれど、今の僕は、きっと恐らく、そう、幸せなんだと思う。



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