36 錬金術師と派遣の悪魔1
「蒸留水にブラッディグラスを入れて~♪」
火に掛けた大鍋に満たす蒸留水に、ブラッディグラス、深紅の薬草を千切りながら入れて行く錬金術師のミット。
僕は手に持つ深紅の球体を見るが、反応はない。
今の所は大丈夫と、僕はミットの作業に視線を戻す。
「ぐ~るぐ~る混ぜながら、魔力を注いで反応促進~♪」
ミットは楽しそうに歌いながら、混ぜ棒で鍋をかき混ぜ、魔力を注いでブラッディグラスのエキスの抽出を早めていく。
しかしその時、深紅の球体がチカっと一瞬光った。
うん、1アウト。
「次いでパープルベリーの朝露を入れまして~、更にぐ~るぐる~♪」
ミットの言うパープルベリーの朝露とは、正確にはパープルベリーの葉に付いた朝露に、パープルベリーを絞ったエキスを混ぜた錬金素材だ。
だがミットがパープルベリーの朝露を鍋に落とした瞬間、チカチカと球体は僕の手元で光を放つ。
これで2アウト。そろそろ準備をした方が良さそうだ。
「最後に星砂の粉を入れたら、ハイ出来上がりっ!」
星の湖と呼ばれる場所の砂を更に細かく砕いた粉を振りかけて、出来上がりの合図と共に混ぜ棒で大鍋の縁をコンとミットが叩いた瞬間、僕は彼女の襟首を掴んで引き寄せて、風の障壁で身を守る。
BOM!
大鍋の表面が輝いた直後、轟音と衝撃、そして黒煙が上がった。
魔力を用いて物質合成を行う妙技、錬金術の失敗に伴う不可思議な現象、爆発である。
「ミット、無事? じゃあ、ヴィラ採点してあげて」
魔法で守ったミットの無事を確認し、僕は深紅の球体、僕の生みだした新しい悪魔のヴィラに採点を促した。
僕に錬金術の手順の細かな採点は出来ないが、嘗て惑星環境保全AIエデンと呼ばれた魂から生み出した、知恵の悪魔のヴィラなら記憶した手順と、ミットの作業手順の違いを事細かに指摘できる。
「Yes, my lord. Ms. ミットの失敗は3つです。まずブラッディグラスの千切り方が大きく、注いだ魔力量で起きる反応促進では抽出が足りませんでした。次に抽出が済んだブラッディグラスの残りを掬い取らずに次の材料を投下しました」
冷静な声が、ミットの犯した失敗を一つ一つ上げて行く。
実際の所、錬金術は魔力を用いて結果を出すので、些細な失敗の一つや二つは品質に悪い影響は出ても、爆発を起こす様な失敗にはならない。
錬金術師の成功のイメージが強ければ、注いだ魔力がある程度の事はカバーするのだ。
「最後に、星砂は全ての反応を終わらせた後の薬剤に入れて不純物を吸着させる物です。その後に上澄みのみを別容器に移し、中級回復薬は完成します。反応前に星砂を入れてはいけません」
だから爆発を起こすレベルの失敗は、まあ大失敗と言っても過言ではなくて、……力無くがっくりと肩を落とすミット。
でもこの結果は最初からわかっていた事だ。
何せ中級回復薬にミットが挑戦するのは初めてで、中級回復薬は、これが作れるならば町の薬屋としては充分に生計が立てられるポーションだ。
そう簡単に最初から成功するとは、僕もヴィラも思ってなかった。
「けれどその3点以外の手順、タイミング、魔力の注ぎ方は大変良かったとヴィラは考えます。前回作製に成功した、中級解毒薬を最初に挑戦した時の失敗数は5つでした。Ms. ミットは確実に成長してますよ」
例え他の者から見れば亀の歩みと馬鹿にされようと、成長は成長だ。
ミットの美点は失敗に落ち込む事はあっても、決して歩みを止めようとしない所である。
ヴィラの言葉に、頷いたミットは立ち上がって笑顔を浮かべた。
「えへへ、ヴィラさんありがとうございます。じゃあ次はもっと失敗を減らしますね! じゃあレプトさん、何時も申し訳ないんですが、お掃除手伝ってください」
立ち直ったミットに、僕も頷き、球体であるヴィラを懐に収めて腕をまくる。
爆発後の掃除、こびり付いた煤の除去は、流石に球体であるヴィラには不可能だった。
懐に仕舞う瞬間、ヴィラは申し訳なさそうに瞬くが、気にする様な事じゃない。
彼女は充分役に立ってるし、寧ろ掃除位はしないと、僕の役割が無さ過ぎて困るのだ。
僕がこの世界にやって来たのは半年前。
グラーゼン派閥からの派遣召喚を引き受けての事である。
「はい、と言う訳でこの大錬金術師ヴァーミッションさんが、学園の実習で一定期間、町で錬金術の店を行う二人の生徒さんの護衛兼助手の悪魔を求めておられるんです」
僕に今回の派遣内容を説明してくれているのは、如何にも悪魔然とした見る者の恐怖を煽る姿ながら、声だけはとても綺麗な女性悪魔のザーラスだ。
彼女は以前の派遣召喚で一緒になり、僕に色々と親身になって教えてくれた悪魔である。
その時の僕は光の座の悪魔で、ザーラスは闇の座の悪魔だった。
ザーラス曰く、大錬金術師ヴァーミッションは錬金術を教える学園の講師だが、今現在彼女が受け持つ生徒の中に、特に光る才能を持った女生徒が二人居たそうだ。
一人は成績最優秀者、パラス・クックで、そしてもう一人が成績最下位のミット・シェット。
成績自体は両極端な二人だが、どちらもこのまま学園のカリキュラムの中で育てて居れば、その才能を腐らせてしまうとヴァーミッションは思ったと言う。
そこでヴァーミッションは権力を駆使し、パラスとミットの二人を一定期間学園外の町で錬金術の店をやらせる事を決める。
だがパラスもミットも、錬金術を使える事以外は普通の少女で、行き成り店を与えて町で生活させるには危険も多い。
まあ確かに、年頃の少女が一人で店を経営していたならば、悪さを考える人間は必ず現れるだろう。
故にヴァーミッションは貴重な素材をふんだんに使って造った霊薬二本を対価に、パラスとミット、二人に付ける悪魔を二体召喚したのだ。
「そこで私とレプト様が、パラスさんとミットさんをそれぞれ担当する事になります。レプト様と一緒に働けないのは残念ですが、でも最終的な試験の際に評価が高かった方を担当した悪魔には、対価以外にもヴァーミッションさんが何か一つ望みの報酬を用意して下さる様なので、負けませんよ」
さらっと成績優秀者の担当を選んでから、特別報酬の存在を明かすザーラスに、僕は思わず苦笑いを浮かべる。
そう言った狡猾さは、悪魔としては流石だと褒め称えるべきだろう。
まあ尤も、僕としても別に負ける心算はない。
召喚主であるヴァーミッションも、わざわざ競い合う餌を用意しようとする以上、現時点の能力は兎も角、パラスとミットの才能の評価は近しい筈だ。
ならば僕には切り札があった。
ザーラスには無い、悪魔王としての資質を持つ僕だからこそ用意出来る切り札が。
ベラ、ピスカ、アニスの三名は他の派遣依頼を受けていて呼び出せないが、僕の手元には前回召喚された先で手に入れた魂があるのだ。
これを用いて新しい悪魔を生み出せば、数の上で優位に立てる。
そうして僕は惑星環境保全AIエデンの魂を用いて、知の悪魔であるヴィラを生み出し、僕とヴィラ、そして引き合わされたミットの、三人で協力して錬金術の店を経営する生活が始まった。




