26 友の決断
「きゃああああああああっ!」
朝、僕の目を覚まさせたのは、とても甲高い悲鳴、或いは歓声だった。
瞼を開けると、小屋の中からレニスが駆け寄って来る。
「ちょ、ちょっと、何なのこれ、何が起きたらこうなるのよ!」
レニスがヤバイ。
何がヤバイって、声量もそうだが、興奮し過ぎで顔がヤバイ。
年頃の少女がしてはいけない顔になっている。
辺りを見回すが、特に変わった事は起きていなかった。
僕だって眠るベラにもたれて、頭にピスカを乗せて寝てただけだ。
確かに野外の地面で寝るのは異常かも知れないが、まあ悪魔なので身体が痛くなったりもしないし、ベラの身体が暖かいので実は意外と心地良い。
「何で不思議そうな顔してるのよ! どうしてケルベロスとピクシーが居るのって話!」
元ケルベロスに元ピクシーである。
ふむ、近付いて来てる所を見るに怖がってる訳じゃなさそうだけど、……どうやらこの子、魔術以外にも魔獣や妖精等も好きなようだ。
「レニス、騒ぐのは止めなさい。レプト君が困ってるじゃないの」
向こうからやって来て、騒ぐレニスを諫めたのはアニーだった。
アニーは僕等を見ても、レニスのようにに騒ぎはしない。
まあそう言えば、アニーは元々ベラを知ってたか。
「ん、おはようアニー。良く眠れた? レニスもおはよう。朝から元気だったね」
僕は二人に挨拶する。
レニスはやや不満そうに、
「何よそれ、まるで私がおかしいみたいじゃない」
なんてブツブツ言ってるけど、あの顔はやばかったよ?
でもアニーはそんなレニスの頬を軽く抓って、
「おはようレプト君。ほら、レニス」
「だってお婆ちゃん……。もうっ、おはようございます、レプトさん」
彼女達は揃って僕に朝の挨拶をしてくれた。
うん、今日はきっと、良い一日になりそうだ。
朽ち掛けていた井戸からゴミを取り除き、殺菌魔法を使って水を浄化する。
ベラとピスカは未だ悪魔化が済んでないのか寝ているが、そのうち起きて来るだろう。
僕は顎に指を当て、朝食をどうするかを暫し思い悩む。
凝った物にするには、食材は兎も角、残念ながら調理器具が足りない。
僕は手頃な岩を風魔法で切断し、平らになった面を殺菌し、更に炎をぶつけて熱する。
そしてその上に切ったパンとベーコンを収納から取り出して並べ、時間を量ってひっくり返す。
同時に小屋を作る時の余った木材から、木のコップと皿をやはり風魔法の応用で削り出した。
お茶は無理かな……、精一杯頑張って白湯が限界だ。
作業を完成させて振り返れば、レニスは茫然と、そしてアニーは苦笑いを浮かべ、
「レプト君は本当に相変わらずね」
と少し呆れた風にそう言った。
うん、まあ、言いたい事はわかるけど、でも朝食は大事だよ。
あと魔法って便利だよね。
食後に白湯を飲みながら、僕は結論を二人に問う。
逃げたいのか、潜みたいのか、それとも戦いたいのかを。
でもアニーの答えは、僕にとって少し予想外のものだった。
「戦うわ。でも殺し合いじゃない方法でね。隠れ潜みながらになるけれど、私は今の魔術協会に反対の意思を持ってる魔術師達に接触する心算よ」
アニーは、先ずは戦争に反対意見を露わにしている、つまり排除されつつある魔術師を助けて匿うと言う。
今の魔術協会に反対の意思を持つ魔術師の中には、既に犠牲者も出てしまっているが、追手から逃げ続けている者、或いは実力や知名度、権力を持つ為に未だ手出しを免れている者も居るそうだ。
バラバラに逃げ隠れしたり防衛してる魔術師を集め、身を守る力を束ねて、発言力を強める。
そして次に身を守る為に反対の意思を表には出さずにいる魔術師達を説得するのだそうだ。
そういった今の魔術協会に反対の意思を持つ魔術師を仮に穏健派と呼称する事にするが、穏健派は数こそは少ないが、元々の魔術協会のメンバーだった者が多く、実力者が揃っているらしい。
その力を集めれば、今の魔術協会に対しても抑止力、もしくは考え方を変える切っ掛けになれるかもぢれないと言うのが、アニーの考え方だった。
とても真っ当なやり方だと思うけど、色々と危険のある、理想論であまっちょろい、難易度の高い選択だ。
「私だけじゃとても無理だったけど、レプト君が居れば敵の裏をかいて移動が出来るわ。勝算だってあるの。私、こう見えても顔が広いのよ」
それはまあ、そうだろう。
アニーがどれだけの間、他の魔術師に物資を運んでいたのかは知らないけど、彼女の世話になった魔術師は決して少なくないだろう。
……まあ、危険はあるだろうけど、アニーがそうしたいならそれで良い。
何かあれば僕が、いや、僕達悪魔が、契約を交わした彼女達を守れば良いのだ。
問題はまだ僕がこの世界の主要都市等の座標を持っていない事だけど、これも一度アニーの門魔術で飛んで貰えば済む話である。
この拠点以外の場所からアニーの魔術で飛び、座標を得てから、僕が門魔法で帰還すれば、敵の追手は僕等を見失う。
或いは、良い攪乱にもなるだろう。
どの道調理器具やら何やらは、生活の為にも買い込みに行かなきゃならないのだ。
「他にお願いしたいのは、集めた魔術師が活動する為の拠点を複数用意する事と、……あと時間がある時にレニスに魔術を教えて欲しいの。レプト君がグラモンさんに教わった知識を、私の孫にも伝えてあげて」
……なんともまぁ、やる事が盛り沢山だった。
僕は眉根を寄せて、少し悩む。
もちろんアニーの手伝いや、グラモンさんの知識を後輩の魔術師に伝える事に否やはない。
寧ろベラやピスカに霊子や魔素の操作を教える為に、最初は魔術訓練から入る心算だったのでついでとも言える。
だがそれを加味しても、
「……別に嫌では無いよ。でもそれは、少しどころじゃなく対価が足りない。ごめんね、僕も配下を抱える悪魔なんだ」
現界の為の捧げ物だけでは、大幅な赤字になってしまう。
僕一人なら別にアニーの為なら構わないが、でもベラやピスカに分け与える報酬がないのは困るのだ。
「配下って、ベラちゃんと、そのピクシーみたいな子の事ね。ベラちゃんも見た目は昔と変わらないけど悪魔になってる。つまりレプト君はそれが可能な特別な存在って事よね」
そう、普通の悪魔にはそれは不可能だ。
でもアニーは僕が以前に寿命が尽きそうなグラモンさんに、悪魔化を勧める心算だったのをどうやら覚えている様子。
僕は固有魔界、いや、配下が誕生した以上は魔界の所有者で、配下を生み出せる存在だった。
力の差は大きいが、それでも僕は悪魔王グラーゼンと同種の存在という事になる。
頷く僕に、アニーは明るく、
「なら全てが終わったら、或いは途中で死んだら、私は魂だけじゃなくて、私の全てを捧げるわ。つまりその時は、レプト君の配下にして頂戴。それなら足りるでしょう?」
そう言った。
レニスの表情が、驚きに、
「お婆ちゃん何を言ってるの?!」
そして悲痛に歪む。
それはそうだろう。己の家族が悪魔になるのを、喜べる者はそうは居まい。
恐らく、レニスにとってアニーは唯一人の家族なのだろうから、尚更である。
それに、足りるかどうかでいえば足りるけれども、
「僕が欲しかったのって、ベラやピスカに分け与えれる魔力の籠った代物なんだけど……。まあ良いや、確かに充分な対価だよ。……でも家族の説得は自分でしてね」
アニーの提案はとても予想外な物だったから、僕は一つ溜息を吐きながら、彼女達にそう告げる。
僕は契約を交わした悪魔だけれど、流石に家族の問題には立ち入れない。
ただ、そうか。
もしもアニーが僕らの仲間になるなら、それはとても楽しいだろうなぁとは、うん、そう思う。




