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2 魔術師の弟子


 身体を、魂を引っ張られる感覚に身を委ね、気が付けば僕は石の床に描かれた円形の模様の上に立っていた。

 そして目の前には、如何にも魔法使いと言った風情のお爺さんが一人。

 きっとこの人が僕を召喚した魔術師なのだろう。……多分?

「来たか悪魔よ。先ずは現界の為の生贄を受け取り、名乗るが良い。そして我と契約せん」

 悪魔とは恐らく僕の事だろう。

 あの後、僕は儂さんの提案に飛び付いて悪魔として生きると決めたのだから、当然僕が悪魔の筈だった。

 けれども、あの時は死ななくて済む可能性に大喜びで飛び付いたけれど、悪魔って何をすれば良いのだろうか?

 悪魔になって直ぐは待機場所、謎の暗黒空間に居たのだけれど、その後直ぐに召喚が掛かってしまったのだ。


 首を傾げながら足元を見ると、両足を縛られた可愛らしい子兎が一匹。

 これがお爺さんの言う生贄らしい。

 お爺さんは早くしろと言わんばかりの目で僕を見ている。

 えっ、生贄って、殺されたりする生贄?

 兎を殺すとかやった事ないっていうか、こんな可愛いのに殺すとか無理なんだけど……。

 いや、可愛くなくても殺すのとか無理だけど。

「あの、すいません。僕は一体、……どうすれば良いんでしょうか?」

 僕の新しい悪魔人生?は、どうやら第一歩目から躓いてしまったらしい。



 塔の屋上で、僕は夜空の月を眺める。

 結局あの後、僕は魔術師のお爺さん、後で教えて貰ったけどグラモン・パッフェルさんに問われるまま、覚えている経緯を全て話した。

 最初は難しい顔をしていたグラモンさんだけど、最終的には僕の心は人間なので、それに準じた扱いをすると約束してくれたのだ。

 俄かには信じがたい話であろう僕の事情をグラモンさんがあっさり信じたのには驚いたけど、聞けば契約の為のあの円形の模様、魔法陣の中では悪魔は嘘を付けないらしい。

 嘘を付けなくても上手く言葉を誤魔化して召喚主を騙そうとするのが悪魔だそうだが、僕の話にはそんな余地が皆無な位に荒唐無稽だったのだとか。


 元々グラモンさんはこの塔の警護や雑用をやらせる為に、下位の悪魔、そう、今の僕は下位悪魔に当たる。

 ……を召喚しようとしていて、僕にも雑用はこなして欲しいらしく、僕の扱いは彼の弟子という事に決まった。

 僕はグラモンさんに弟子として仕え、グラモンさんは生前は僕に知識を与え、死後には右手の小指を与えるとの契約だ。

 正直、他人の小指なんて欠片も欲しくないのだけれど、悪魔はそういった術師の肉体の一部や魂を取り込んで己の存在を強化、維持するので、後で絶対必要になるという。

 なんでも下位悪魔が強化されてランクアップすると中位悪魔、その次は高位悪魔となり、更に上には悪魔王って、悪魔を統べる主のような存在があるらしい。

 但し悪魔王になるには、ただ強くなるだけじゃなくて別の条件も必要らしいけれど、それに関してはグラモンさんも詳しくは知らないそうだ。

 とりあえず、悪魔王は特別とだけ覚えておけばいいだろうか。


 後一つ貰ったものが、悪魔に変わった事で思い出せなくなった人間だった頃の名前に代わる、今の僕の呼び名である。

 最初はグラモンさんは自分で考えろと言ってたのだけど、どうしても思い付かなく、どうやら僕という悪魔には自分の名前を決める機能がないのだと悟った。

 他人からの名付けを受け入れる事は、その者からの支配を受け入れる事と同義らしいが、どうせ今の僕にはグラモンさんに全てを預ける以外の選択肢はない。

 それに右も左もわからない僕に親身になってくれているこのお爺さんが考えてくれる名前なら、喜んで受け入れられる気がしたのだ。

 そして僕の名前はレプトに決まった。


「そんなに月が珍しいかの?」

 空を見て居た僕に、屋上への階段を登って来たグラモンさんが声をかけて来る。

 僕はその問いに、ほんの少し首を傾げて考えた。

 確かに病院に入ってからは月なんて見れなくなったから、珍しいと言えなくもないけど、でも僕が月を見ていた理由はそうじゃない。

「月が珍しいというか、空に七つも浮かんでるのが珍しくて……。全部大きいし、お互いにぶつかりそうですよね。重力とかどうなってるんだろうって」

 そう、空に浮かぶ七つの月が、もう少し正確に言えば地球とは別のこの世界こそが、今の僕には珍しかったのだ。

 僕の答えに、グラモンさんは得心したと頷く。


「悪魔は様々な世界に呼ばれるらしいからの。レプトの言う重力が何かは知らんが、月がぶつかる事はあったぞ? 神話にの、レノとユノの神が住む8番目と9番目の月がぶつかってこの地に落ちて来たと言われておる」

 ……グラモンさんが平然ととんでも無い事を言った。

 何で滅んでないのこの世界。

 愕然とした顔をする僕に、グラモンさんが呵々と笑う。

「この世界に住む全ての者が力を合わせて降って来る月を砕いたんじゃよ。竜も巨人も魔族も魔王も勇者も一丸になっての」

 竜、巨人、魔族、魔王、勇者、次々出て来る異世界ワードに、僕の胸が少し高鳴る。

 人間だった頃、特に何かに熱中しなかった僕だけど、でもゲームの類はそこそこにやっていた。

 特に好きだったのはRPG、ロールプレイングゲームである。

 まさにゲームの中のファンタジーな世界が、目の前には広がっているのだ。

 ……まあ悪魔になった僕の存在自体が、既に大分ファンタジーなのかも知れないけれど。


「まあ夜空も月も何時でも見れるのだから、今日は中に入って寝なさい。風邪はひかんじゃろうが、心が疲れはするからの」

 グラモンさんの言葉に、僕は素直に頷いておく。

 多分、軽い興奮状態になってるせいでわかりにくいが、こんなにも色々な出来事が起きたのだから疲労しない訳はない。

 僕は人型悪魔で、人型悪魔は人間と同じ様に睡眠も食事もとれるそうだ。

 本来悪魔が人型を取れるのは、もっと強くなった後らしいのだが、僕に存在を譲った彼、儂さんが恐らくかなりの高位悪魔だったのだろうとの事である。

 それこそ、新たな悪魔を生み出すのは、それを統べる悪魔王クラスじゃないと無理って話だから。



 与えられた寝床は病院のベッドよりも更に硬かったけど、それでも僕はこの身の幸運を噛み締めながら、穏やかな眠りに誘われた。


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