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15 新たな住人(前)


 僕がイーシャに召喚されて、もう一年半の時が経つ。

 地図は大分広がって、教会勢力の主要都市も半分位は門の魔法で飛べるようになっている。

 イーシャも大分肉が付き、ぐっと女の子らしくなって来た。

 そろそろ僕等以外にも、同じ年頃の子と接する事の出来る環境をあげたいと切に思う。

 女の子も、男の子も、どちらもだ。

 今のイーシャはきっと男の子にもモテるんじゃないだろうか。

 ……そうなったらそうなったで微妙に複雑な気分になりそうだが、育てた娘を誰かに取られる父親は、こんな気持ちになるのかも知れない。


 さてイーシャも、その母であるトリーも、魔術師としての腕は上達し続けている。

 流石にグラモンさんやアニー等、前の世界で僕の知る魔術師達には遠く及ばないけれど、でも狼や熊くらいなら、冷静に対処すれば追い払える腕はあるだろう。

 だからそう、そろそろ拠点に他の住人を増やしても良い頃合いだった。


 切っ掛けはとある主要都市で聞いた噂話。

 この世界にも主要都市の一部には学校、と言っても僕の持つイメージとしては大学に近い専門的な教育機関はあるのだが、そこの教師の一人が異端者として教会に捕まったのだ。

 何でも教会は思想や技術の発展を阻害し、私腹を肥やすばかりの存在であると学校内で批判を行ってしまったらしい。

 地域によって風習の違いがあるのと同じく、信仰にも差異は生じる。

 それを認めずに踏み躙って殺す今の教会こそが、人を生み出した神の愛を否定しているとまで言ったそうだ。

 ……良く今までこの世界で生きてられたなと思わなくもないが、恐らくずっと溜め込んでいた鬱憤が爆発したのだろう。


 捕まった教師の名前はカリス・ペーシ。

 その主要都市では有名な教師で慕う者も多いらしい。

 或いは、内心では彼と同じ事を思っている人が多いせいか、助命を願う届けが大量に教会に届いたそうだ。

 けれども、だからこそだろう。

 教会は断固としてカリスを公開処刑とする意思を崩さなかった。

 もし周囲に影響力を持つ人間が行った批判を許してしまえば、同じ事を口にする人間は後から後から湧いて出る。

 つまりは教会の権威の失墜だ。

 教会の上層部は愚か者が揃っているが、それでも自分の足元を揺るがす危機に関しては実に敏感だった。



 今回の件は訪れたばかりの主要都市での出来事であった為、得た情報の時間差は極僅かで、処刑には未だ少しの猶予がある。

 僕が動けば、カリスを助ける事は可能だろう。

「だからこそ聞きたいのだけど、イーシャにトリー、二人はこの件をどうしたい?」 

 夕食を終えたテーブルで、僕はイーシャとトリーに問う。

 僕は僕の考えを持つけれど、それでも最優先するべきは召喚主であるイーシャの身の安全。

 次にイーシャが大切に思う存在であるトリーの身の安全で、その次くらいに彼女達の意向だ。


 今ならイーシャもトリーも自分の身を守れるし、何よりも僕がいる。

 だから動く機ではあるんだけれど、逆に彼女達がそれを厭うなら今回の件は忘れて、いっそ教会の勢力範囲から脱出する事を視野に入れようと考えていた。

 

 しかし、彼女達は悩む様子を一切見せずに、

「助けられるなら助けてあげて。レプトなら出来るんでしょう?」

「悪魔様が助けてくれなければ、きっと私達はこの場所に居ません。ですからその御心のままに」

 カリスの救出に賛成する。

 いや、でも何だかトリーのはちょっと重いよ?

 今の生活が安全で安定しているから、リスクを抱え込む恐怖は確実にある筈なのに、其れでもイーシャとトリーは他人を助ける事に全く迷わなかった。

 なら僕は、彼女達の気持ちに応えよう。



 深夜の都市の裏道を歩いて目的地を目指す。

 今回カリスが囚われている大聖堂は、トリーを助けた村の教会とは比較にならない程大きく、中の人間も多い。

 当然ながら警備だって厳重だが、……でも多分侵入自体は楽勝だろう。

 何せあの時と違って、今日の僕は単身である。

 トリーを信用させるのに必要だったし、別にあの時のイーシャが足手纏いだったと言ってる訳じゃないのだけど、まあ一人の方が潜入の際に使える手段は圧倒的に多いのだ。


 大聖堂の扉を、僕は霊子操作で影の如く真っ黒で薄い姿に変じ、開ける事なく隙間から潜り込んで通る。

 我ながら化け物染みてると思わなくもないが、生き続ける為に人間を止めた僕は、紛れもない化け物なのだから仕方ない。

 建物内でも巡回の警邏とすれ違う度、僕は影に変じてやり過ごす。

 影の姿は便利だが、それでも移動に関しては流石に二本の足で歩いた方が早い為、こうやって何度も切り替えてる。

 聖堂内の構造は大体把握したが、この場所に神聖な力は感じなかった。

 カリスが囚われた牢屋はやっぱり地下にある様で、僕は警備と扉をすり抜けて、見付けた階段を下る。


 さて問題はこれからだ。

 だるそうにしている見張り、牢番を魔法で眠らせて、鉄格子をすり抜けて中へと入り、鎖に繋がれた男の前に立つ。

 拷問の後が痛々しい、40歳位の精悍な男。

 彼こそが今回助けるべき対象であるカリスだろう。

 この世界の学校は、軍事教練的な事も行うらしいから、この精悍さも頷ける。

 そう、今回の救出作戦で一番の難関は、主要都市の学校教師なんて安定した地位にありながら、教会に喧嘩を売ってしまう意思の強そうな男の説得だった。



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