144 終末の種と一杯のラーメン2
『レプト君、今大丈夫? 頼まれた調べ物、わかったわよ』
少し面倒な相手と戦う対価が、既に食べてしまったラーメン一杯だとわかり、衝撃を受けて居た僕にアニスからの思念が届く。
僕と一緒にラーメンを食べていたアニスとは、超能力者の襲撃を受けた直後に別行動をお願いしていた。
そしてその別行動とは、町を吹き飛ばして暴れ回る超能力者の、発生源となったであろう場所の調査である。
何故そんな事をアニスに頼んだかと言えば、襲撃を仕掛けて来た超能力者がまだ十にも満たないであろう幼い子供だったから。
『その子の名前は片瀬・翔。二年前から行方不明になってた筈の子供ね。攫ったのは別の国が管理してる、超能力者の研究所』
……?
何故、この場所に別の国が研究所を持ち、しかも子供を攫うなんて真似をしているのか。
少し不思議に思って首を傾げたが、その傾げた首に不可視の拳が直撃する。
痛くはない。
痛くはないんだけれど、少し腹が立つ。
『どうもこの国、防諜関係が全然駄目みたいで、件の国はリスクの高い研究を自国で行わず、他国民を使う為にこの国に研究所を構えてるみたいね』
成る程、つまり、この超能力者はそのリスクの高い研究とやらで、無理矢理に能力を高水準で引き出された実験体と言う訳か。
しかしならば猶更の事、彼が自らの能力の負荷で燃え尽きてしまわない事が不思議でならない。
単なる暴走だけでなく、研究で無理に能力を引き出されてるなら、その負荷は途轍もない物だろうに。
『暴走で破壊された研究所に残されてた資料によると、研究者達は翔君の心の中には、別の何かが存在すると考えていたらしいわ。とても強い破壊性を持った、何かが』
つまり研究者達はその何かの破壊性を刺激して、しかし制御し切れずに暴走を許し、こんな惨事に繋がったのか。
いやいや、だとするならば、彼等は実に運が良い。
もしかしたら既に研究者達は死んでいるかも知れないが、それでも彼等は幸運だった。
何せソレを下手に突いてこの程度の事態で済み、尚且つ対処可能な僕が近くに居たのだから。
敵の、と子供相手に言ってしまって良いのかどうかは不明だが、その正体は判明した。
「ならその子の心に居たのは、終末の魔獣の、その因子かな」
まぁもし違ったとしても、その類の物である事に違いはないだろう。
世界が滅ぶ時、その原因は無数にある。
悪魔が原因であったり、天使が原因であったり、もっと別の外敵に世界が喰い尽されたり、力を持ち過ぎた人間が世界を滅ぼしたり、神々の戦争で世界が吹き飛んだり、本当に色々だ。
そんな原因の一つに、世界を滅ぼす化け物の突然発生と言う物があった。
例えば世界を喰らう者。
そして終末の魔獣。
けれどもそんな世界を滅ぼす化け物も、生まれた時から完全体として誕生する事は滅多にない。
大抵の場合は弱き生き物として生まれ、環境の中で滅びの因子を発芽させ、異常な成長を遂げて世界の脅威となる。
育ち切る前に排除される事も多いし、育ち切ったからと言って確実に世界を滅ぼすとも限らなかった。
しかし世界を滅ぼし得る可能性を秘めると言うだけで、誰もがソレを脅威に思うのだ。
「親は?」
防御姿勢を取り、不可視の拳に対処しながら、僕は問う。
けれどもアニスの思念には少しの哀れみが混じってて、
『もう居ないわ。翔君の誘拐から一年後、事故で両親ともに他界してる。……本当に事故なのかどうかは、もっと時間をかけて調査しないとわからないけれど」
同時に静かな怒りも感じられる。
アニスはとても優しいから、片瀬・翔、終末の魔獣の因子を宿した子供に、同情するのも無理はない。
彼はこの世界の誰からも恐れられる因子を秘めているけれど、僕やアニス、世界の外に在る悪魔から見れば、単なる子供だ。
「あぁ、うん、成るべく傷付けない様に、取り押さえてみるよ」
僕はアニスの気持ちに配慮して、そう言葉を掛ける。
そろそろこちらから仕掛けるとしよう。
終末の魔獣の因子を宿すなら、力切れは期待出来ない。
寧ろ暴れれば暴れる程に、その力は増すだろう。
終末の魔獣が超能力を使うと言うのも珍しい話だが、それを使える事自体は別に不思議でも何でもない。
精神力の出力は、単なる人間とは比較にならない程に高いのだから。
勿論悪魔や天使だって、その気になれば超能力は習得出来るのだ。
但し魔力が見える悪魔や天使はほぼ間違いなく魔術が使えるし、更に修練を積めば魔素と霊子の操作も覚え、魔法が使える様になる。
圧倒的に便利で強い力である魔法が使えるのに、不便で効率の悪い超能力に手を出す理由が、普通の悪魔や天使にはないってだけの話だった。
例えるならば二本の手がちゃんとあるのに、わざわざ足で筆を握って絵を描こうとする位に、魔術や魔法に比べて超能力は使い勝手が悪い。
魔術や魔法の防御をすり抜けるメリットはあるけれど、超能力での攻撃は、そもそも悪魔や天使に対してダメージが入らないのだ。
だから、
「ん……っと、確かこうだっけ?」
殴り掛かって来る不可視の腕を、同じく不可視の腕で受け止めた僕の様に、超能力を使える悪魔と言うのは数少ない。
あぁ、いや、僕が使うのは超能力と言うか、生神力とか言う大きくアレンジが加わった代物だけれど。
随分と久しぶりに使ったが、生神力は問題なく発動してくれた。
暴走する終末の魔獣の因子を抑える方法は唯一つ。
相手と同じ土俵で、圧倒的な差を見せ付けて捻じ伏せて、戦意も破壊の意思も僕の前では無駄だと知らしめ、その心を圧し折るのみ。
謂わば猛獣の調教にも通じる所があるだろう。
しかし暴走を収め、大人しくさせてどうするのか。
終末の魔獣の因子はさて置いても、両親を失い、これだけの破壊をばら撒いた片瀬・翔に、この世界での居場所はない。
研究所を破壊された件の国か、或いはこの国の手は、確実に彼を捕らえるか排除しようとするだろう。
……でもまぁ、良いか。
それは何となく、僕が考えても無駄な気がする。
アニスは人間だった頃には孫まで育ててたからか、とても母性が強い。
そんなアニスが片瀬・翔に同情している以上、その行く末は彼女が決めるだろう。
僕があれこれ気を回しても、多分どうせ無駄になる。
だったら、そう、僕はアニスの機嫌を損ねない様、傷付けずに片瀬・翔を無力化し、あのラーメン屋を守るのみ。
それにしてもあのラーメン屋の店主、頼んだら何とか僕の魔界に来てくれないだろうか?
店だって用意するし、週に一度は食べに行くし、物凄く優遇するのだけれど、駄目かな?
そんな事を考えながら、僕は相手の不可視の腕を捻り潰して、片瀬・翔の無力化に取り掛かる。




