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10 洗浄と契約、そしてビンタを繰り出す魔女の娘



 傷付けない契約を了承した彼女に、僕がまず最初にした事は丸洗いであった。

 手を伸ばした僕に、髪を取るのだろうと勘違いして頭を差し出す彼女を、僕は水魔法で生み出した無数の細かい水滴、要するにシャワーで汚れを洗い流して行く。

 もちろん熱を加える魔法も併用し、出て来る水滴は適温のお湯だ。

 思わぬ僕の行動に、咄嗟に逃げようとした彼女だけれど、逃がす筈がない。

 殺菌魔法を掛けるにしても、身に纏っていた服は余りに不衛生なので廃棄である。

 後で収納から予備の服を取り出そう。

 男物だが、襤褸切れの様な今の服より万倍はマシの筈だった。


 ちなみにこれが危害を加える行為に当たらないのかと言えば、実の所は結構なグレーゾーンなのだが、でも僕はまだ彼女から髪を貰っていない、つまり契約は成立していないのでセーフだ。

 悪魔に油断してはいけないと言う、良い教訓にもなるだろう。

 それに僕だってどうせ受け取るのなら、綺麗な髪の方が嬉しいし。

 泥やらの汚れを落とせば、身体の各所に刻まれた痛々しい痣がより目立つが、そんな物は治癒魔法で消して行く。

 それにしても貧相……、いやいや、痩せている。

 まともに食事も取ってないんじゃないだろうか。

 これも後で何とかするとしよう。

 収納の中には幾許か、当座を凌げる程度の食糧は入っていた筈。


 隅々まで綺麗に洗い終わり、次に風と熱の魔法を組み合わせて乾かしに入る頃には、僕に害意がないとわかったのか、或いは単に抵抗を諦めただけか、彼女はすっかり大人しくなっていた。

 なのでついでに、綺麗になった薄い金色の髪を数本抜きとって取り込んでおく。

 これで契約は成立だ。僕もこの世界への滞在が可能となる。

「さて、綺麗になったし、次はこの服を着てくれるかな。僕の予備だから男物で少し大きいけど、ちゃんと綺麗に洗ってあるから」

 収納から取り出した服と、僕の顔を交互に見、戸惑いの表情を浮かべる彼女。

 あれ、もしかして抵抗しなくなったのは害意がないと理解したんじゃなくて……。

「洗い終わったらそういう事されるって覚悟をしてた? ごめんね、怖がらせて。大丈夫、僕は悪魔だから、召喚者に望まれない限りはそう言う事をしな……、もしかして望んでる?」

 僕の問い掛けの返答は、思い切り振りかぶったビンタだった。

 うん、まぁ元気が出たみたいで何よりである。



 さて、綺麗になった彼女に収納から取り出した簡単な食事を与えながら、僕は召喚の理由を問う。

 彼女の名前はイーシャ。姓は持たない平民だ。

 イーシャは母と共にこの森の小屋で暮らし、付近の村に採取した薬草や、精製した薬を売りに行って生計を立てていたらしい。

 彼女曰く、イーシャの母は時折だが医者の真似事もしていたと言う。

 つまりは、そう、森の魔女という奴だった。


 しかし彼女達の生活は一週間ほど前、付近の村に教会から新しい司祭が派遣されて来た事で一変する。

 穏やかで地元の信仰にも理解のあった前の司祭とは違い、新しい司祭は古い信仰の形を認めず、異端を弾圧し、更にイーシャの母を人々を惑わす魔女として、村を訪れた時に捕らえてしまったのだ。

 当初はそれを否定していたイーシャの母だったが、自らのみならずイーシャにも暴行を加えられた事で、イーシャの解放を条件に罪を認めてしまったらしい。

 明日の昼、村の広場でイーシャの母は処刑、火炙りにされてしまうとの事だった。

「悪魔なら、母さんを助けられるでしょう。お願い、母さんを助けて。私に差し出せるものならなんだって差し出すから!」

 最後にそう言って話を締めくくるイーシャの頭を、僕は危害を加えたと判定されて、契約違反にならない程度の力でぺシリとはたく。


 この子は本当に危うい。

 悪魔を呼び出してしまった事もそうだが、仮に呼び出せなかったとしても突飛もない何かを仕出かして、咎人として処刑されてしまった可能性が非常に高いように思う。

「悪魔に対して何でもなんて言ったら駄目だよ。仮に魂を取られたなら、君はもう生まれ変わりすら出来なくなる。そうしたら君のお母さんは何の為に君を逃がしたのかわからなくなるでしょう?」

 ここまで関わって、今更見捨てる心算はもちろんない。

 それでも、この子の迂闊で無謀な発言や行動は、見逃す訳には行かなかった。

 だってまぐれにせよ悪魔を呼びだせてしまうのだから、イーシャが迂闊な行動を取れば、或いは大惨事に繋がる可能性だってある。

 だから僕は、少しばかり考えこむ。

 この状況では、何が最善なのだろうかと。


「わかった、明日の処刑からお母さんを助けるし、暫くの間は安全に過ごせる様にもしてあげる。ただし、もちろん対価は貰うよ」

 考えを纏め、僕はイーシャの瞳を覗き込む。

 表情に喜色を浮かべ、何事かを言おうとする彼女の口元に指を当て、僕はイーシャの発言を止める。

「対価は君がもっと慎重になる事。そして僕から魔術を学び、本物の魔術師になる事。そして成長して髪が伸び、魔術師としても成長したら、その髪を切って僕に差し出すんだ」

 僕の言葉に首を傾げて少し考えるイーシャだったが、やがて真剣な表情となり、大きく一つ頷いた。


 来たばかりでハッキリと断言はできないが、恐らくここは神秘と魔術が衰退しつつある世界なのだろう。

 もしかしたら僕が居た地球に少し近い世界なのかも知れない。

 宗教による異端者や異教徒の弾圧といった話は、僕も少しだけ聞いた記憶がある。

 そして何より問題なのは、恐らくイーシャの母は名ばかりではなく、本当に魔女であろうという事だ。

 だって悪魔の召喚方法が家に残されてるって、どう考えてもそれ以外にありえない。

 簡単に捕まったって事は大した力を持ってはいない様だが、だからこそ余計にこの世界には、少なくとも件の宗教の勢力範囲内には、イーシャとその母が安全に暮らせる場所はないだろう。


 だったらもう開き直って、自衛が可能な力を身に付けてしまった方が良い。

 人里離れて隠れ住むにしろ、どこか遠くを目指すにしろ、正しい使い方を理解してるならって前提だが、力と知識はあるに越した事がないのだから。




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