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#008「経験値」

「庭に池や温室があったり、お手伝いさんが居ったり、毎年欠かさず盛装して写真館に行って、家族写真を撮影したり。えぇトコのボンボンは、やっぱり庶民とは違うわ」

「紋付袴や燕尾服、家系図や書画骨董の目録がない御宅があると知ったときは、カルチャー・ショックでした」

「そもそも、蔵がないんやもん。白物家電以外で一家に一台あるんは、せいぜいピアノくらいのもんやわ」

「大阪のご家庭には、必ずタコ焼き器があると言いますが、茜さんのご実家は?」

「あるある。フライパンや卵焼き器みたいに直火で使うタイプと、ホット・プレートみたいに電気で加熱するタイプの二つがあるんよ」

「へぇ。さまざまな種類があるんですね」

「うちの家には無いけど、ガス・ボンベで加熱するタイプもあるんよ。ひょっとして、粉次や千枚通しや油引きなんかも、馴染みがないんと違う?」

「そうですね。どういう物かは知ってますけど、実物は見たことがありません」

「せやろなぁ。お好み焼きもタコ焼きも、専用ソースを売ってへんもんな」

「大型スーパーにでも行かない限り、ウスター・ソースだけですね」

「その隣で醤油が、アホみたいにギョウサン並んでるのにな。――あぁ、手がベッタベタやわ。ティッシュ、ティッシュ」

「調味料は、地域色が強いですよね。――はい、どうぞ。十字に切ってから剥いたんですね」

「おおきに。葉山さんは、いつもどないして剥いてるん?」

「僕の場合は、こうして、先のほうから林檎と同じ要領で、こう、回しながら」

「なるほど。それやったら皮と蔕にしか触れへんから、手が汚れへんのやね。賢いやりかたやわ」

  *

「和菓子を切り分けるのに使うアレは、クロモジって言うんやね」

「もともとは、材料となる植物の名前です」

「着物の構造に、色と柄の種類、家紋の読みかた、季節と歳時記。作家になろう思たら、何でも知っとかなアカンねんなぁ」

「名称は、モノやトキを大切にする気持ちの結晶ですから。どんな瑣末なものでも、名前を知ると愛着が湧くものです」

「言霊やね。長年愛されたモンには、神が宿るモンや」

「季節は巡り、想いは移ろい、形ある物は、いずれ無くなる。そんな儚い存在であるからこそ、いまの一瞬を大切にしなければなりません」

「何でも粗雑に扱う誰かさんに聞かしたげたい言葉やわ」

「フフッ。名前を知っておくと、資料集めをする上でも役立ちますよ。モノによっては、諺や慣用句の語源になっている語句もありますよね」

「箍は桶の金具、駄目は囲碁で、たしか図星は弓道やったよね?」

「そうです。的の中央にある黒丸のことですね。ちょっとクイズを出しましょうか。いくつか単語を書き出しますから、それが何かを説明してください」

「あんまり難しいんはやめてよ、葉山さん」

「そうですか? でも、簡単すぎると面白くありませんからねぇ……。はい、どうぞ」

「イケズやなぁ……。えぇっと。二番のスキットルは、お酒を入れて持ち運ぶ金属製の容器で、四番のはじかみは、焼き魚に添えてある酢漬けのことで、五番のオゴノリは、お刺身の下に敷いてある海草よね。ほんで、七番のらっきょう玉は、がま口の留め金で、八番のカルトンは、レジとか窓口においてあるトレー。十二番の警策は、坐禅を組んでる修行僧のうしろを歩いてる住職さんが持ってるアレやけど、あとは、てんで見当が付かへんわ」

「一番のエポーレットは、トレンチ・コートの肩にある布で、三番のガベルは、裁判官が法廷の静粛を促すのに使う木槌のこと。六番のちろりは、徳利を温めるのに使う道具で、九番の棹通しは、箪笥の両端上にある金具。そして十番の三方は、神様にお供えするときに使う器で、十一番の白豪は、仏様の額にある突起のことです」

「正答率は半分かぁ」

「ガッカリすることありませんよ。正直なところ、半分も当たるとは思っていませんでしたから。誰かさんなら、二、三問が関の山でしょう」

「せやね。生意気な誰かさんより、よっぽどマシやね」


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