#005「家庭によりけり」
「一流シェフが厳選食材を使うた料理も、残り物を活用したシュフの料理も、どっちも予算と時間と技術に適したものやと思うわ。――並べかたは、こんな感じでえぇんやろうか?」
「そうでしょう。ですから、茜さん。出来ないなら無理せずに、すぐに出来ないと言ってくださいね。出来て当たり前だと思っていても、育った環境が違えば出来ないことは多いものですから。江戸時代の丁稚さんが、現代の日本で小学生として生活するのは難しいでしょうし、逆もまた然りでしょう? ――キレイに並べましたね。完璧です」
「そうやね。育つ時代や環境によって、必要とされるスキルが違うモンね。――お世辞を言うても、何も出ぇへんよ?」
「五人で支え合う大切さが、お分かり頂けたようですね。――本音ですよ」
「気が進まへんけど、あとで謝っとくわ」
「それが良いでしょう。そこで、僕からも頼みたいことがあるのですが」
「どんな?」
「おそらく、蒼太さんからは謝ってくれないでしょうけど、そのことを責めないであげてください」
「わかった。見返りを求めたらアカンのやね?」
「お願いします。茜さんには茜さんの事情があるように、蒼太さんには蒼太さんの事情あるんです。僕の口からは、そのことをお話できませんが、いずれ蒼太さん本人の口から聞けるときが来ると思いますので、何卒」
「よぅわかったから、もう頭下げんといてください」
「話が通じて助かります。ありがとうございます」
「こちらこそ、おおきに。……いつになるやろう」
*
「芸術は、常人には理解に苦しむものです。現代アートは悪戯書きに見えますし、ファッション・ショーは仮装行列に見えますよね?」
「罰ゲームか何かと思うてまうような格好でランウェイを歩いてるんを見てたら、吹き出さずには居られへんモンよ」
「キャットウォークを歩くモデルさんの服装は横に置くとして、あの歩きかたは参考になりますよ。内股にも蟹股にもなってませんから」
「着眼点がちゃうね。うちは、どうしても髪型やファッションの構造に目が行ってしまうんよ」
「それは茜さんがイラストレーターで、僕が小説家だからかもしれません」
「そうかもしれんね。作家さんは、何でも言葉にして表現せんとアカンもんね」
「絵にしてしまえば一目でわかることに、十行も百行も費やさなければならない場合がありますからね。でも逆に、文字にしてしまえば一行で表せることでも、何百枚、何千枚もの絵を描かなければ済まないこともあるでしょう?」
「そうなんよ。――ここ最近は、どんな作品を執筆してはるん、葉山先生?」
「よしてください。先生と呼ばれるほどの者ではありませんよ。いま書いているのは、閑古鳥が鳴く画廊の受付係と、入り口に飾られた喋るモニュメント彫刻のお話です」
「へぇ。面白そうな話やね。ファンタジー? ミステリー?」
「エス・エフです」
「エス・エフか。彫刻が変身したり、キャンバスの裏に秘密基地があったりするん?」
「フフッ。それも面白そうですが、残念ながら違います。サイエンス・フィクションではなく、少し・不思議な話です」
「少し・不思議な話か。どんな話なん?」
「それは、書き上げてみないと分かりません。プロットはありますけど、キャラクターが勝手に動き出すと、よく脱線するので」
「筆が乗ってる証拠やね。細工は流々、仕上げをご覧じろ。――あ! タイマーが鳴ってる」
「それでは、パイ包みの焼き加減を確かめましょうか」